15
皆さんに楽しんでいただければ幸いです♪
目を覚ます。
「おはよう、真木……」
私は返事を期待せずに言った。
きっと何回も言うのだろう、目覚めて何もかも終わってから、おはようって。
だから今は返事はいい。
だが私の考えの遥か斜めに真木はいた。
真木が寝ていた筈のベッドが蛻の殻だった。
しかもご丁寧に私に布団を粗っぽくだが掛けてくれている。
「真木!?」
私はようやく状況を理解して飛び起き、ベッドを手で触る。
――――もう、冷たい。
いつ出発したのだろうか?
どんな方法を使って私の装置から逃れたのだろうか?
言いたい事はいっぱいある。
恨みたいこともたくさんある。
でも今はどうでもいいんだ。
真木が動いたって事はね、それはつまり一つの可能性を見つけたからだ。
そう、“天界”に行き、グレイを助けるためのね♪
私は起き上がり机を確認する。
もしもの時の為に置いていた料理がごっそり無くなっている。
顔が綻ぶ、このご飯さえ食べていてくれれば打つ手はあるのだから。
「全部終わったら聞くからね、真木。私の料理が美味しかったかどうかをね!」
迷わず電話を手に取る。
程なくして繋がった。
「幸お嬢様、こんな早朝にどのようなご用事で?」
「ちょっと捜して欲しい人がいるんだけど、この前貰った小型発信機の行方を全力で追ってくれない?」
「現在水脈様のご依頼をしている最中なのですが……?」
向こうが渋い声を出す。
だが私は退かない。
「それは余程重要な事なの?」
「はい……お金にして一億円程を左右します」
「その程度か、なら私を優先しなさい。
私からお父様には言っておくから」
「……かしこまりました、分かりましたらこの電話にかければ宜しいのですか?」
「いえ、携帯電話に頼みます。
私は移動しますから、なるべく早く情報をお願いしますね?」
かしこまりました、そう言って電話は切れた。
私は残った材料を使ってご飯を作り、それを食べてからまた電話する。
今度は家にだ。
電話はすぐに繋がった。
「真木か?」
出たのは何故かお父さんだった。
しかし今の私はそんな細かいことどうでもよかった。
「ううん、お父さん、私だよ」
「幸か、どうした?」
「お父さん、諜報部使わせて貰うね」
「……何故?」
やはりお父さんはお父さんだ。
自分が何か頼んでいるのに、それはおいて理由を聞いてきた。
つまり。
自分の仕事を後回しにさせるほどの事なのか? それを聞いてきている。
「真木を捜す為」
「真木をか? それほど重要な事なのか?」
「……お父さん、私は真木に二回救われたけど、まだ一回も返した事が無いんだ。
だから真木の事を捜したい」
「……分かった、いいだろう。
真木を見つけたら伝言を頼めるか?」
「ありがとう、お父さん♪ 何て伝言するの?」
「ありがとう、と」
「分かった、じゃあ切るね♪」
電話を切り、更に電話を繋げる。
「ヘリコプター用意して」
本当にそれだけを言う。
早く、早く真木を見つけないと!
どうやら私の心は私が思っている以上に焦っているみたいだ。
数分後、外にヘリコプターが到着した。
――――――――――
電話が切れると自然と笑みがこぼれてきた。
娘が、自分の考えに基づいて行動している。これのどれほど嬉しい事か。
「水脈さん、そんなに喜ばれて、どうしたんですか?」
嬉しすぎるのが顔に出ていたのか、不思議そうな顔で妻、母衣が覗き込んでくる。
俺は興奮気味にその理由を話す。
「おぉ、母衣。聞いてくれ、幸が久しぶりに我が儘を言ってくれたぞ!」
「まぁ! 珍しいですね……何年ぶりでしょう?」
母衣が考えるような仕草をするが、俺は覚えている。前、初めて娘が我が儘を言った時の事を。
「あの時さ、婚約発表の日の時から一週間後の日、俺の家に小さな子供が突撃してきた時さ。今でも忘れない♪ あの時俺は初めてあんなに一途な奴を見たからな」
「あ……真木さんですか♪ そういえばこの頃来てませんね? どうしたんでしょう?」
母衣も自然と顔が綻んでいる。
俺はそれが溜まらなく嬉しい。
夫婦がここまで共通した楽しみを持てる事は珍しいからだ。
当時はこれがまた破局寸前の状態だったのだ。
二人で趣味も違えば考えも違う、何もかも対立してしまい、一時期俺は母衣の両親の組と決戦をする手前にまで発展した。
だけど、そんな時に提案されたのが、娘との結婚という内容。
俺は自分の組の被害を減らす為だけにそれを了承したのだ。
娘が抜け出したと聞いた時は本当に焦った、三日間は睨み合いが続いた。
四日目になってようやく娘の事が心配になって母衣に頼んで停戦して貰い、娘を捜す事に躍起になった。母衣のその時は娘の事を心配だったので素早く対応してくれた。
五日経って流石にあせりが頂点に達してきた、そんな時支えてくれたのが母衣だった。
母衣も心配だっただろうに、俺の事が見ていられないという理由をつけて俺の側に居てくれた。
俺はそれが嬉しかった。
六日経って一本の電話がきた。
若い、というよりまだ幼い声が電話越しに聞こえた。
初めは間違い電話かと思ったが違った、その電話の主は娘を確保したと言っていた。
七日目、疑い半分でその子の言う場所に母衣と二人で行って見ると、娘と娘と同じくらいの少女が並んでいた。
しかし様子が変だった。
娘の目がまるで違う、一瞬自分の娘かと疑う程の憎悪に満ちていた。
「サッチーのお父さん?」
「そうだ、娘が世話になったね」
俺が謝礼を出そうとした時、少女は手で制した。
周りがざわつくが、俺は制止して理由を問うた。
なら少女は何を当然の事を聞くのかと言いたげに、
「だって、サッチーはそこに居て幸せにならないといけないもん」
と言ってのけた。
俺はそうか、と呟くだけで精一杯だった。
娘が幸せでは無いのは一体誰のせいか、それを知っていたから。
俺達は屋敷に戻った。
娘は部屋に閉じこもり、いろいろと何かを画策していた。
本人が嫌がったお金持ちのやり方というモノだった。
しかし俺達はそれに気付く事が出来なかった。
俺は母衣と話し合い、少しずつお互いの事を知ろうと話し、母衣はそれを快く了承してくれた。母衣も同じ事を考えていたのだ。
この時俺と母衣は初めて“夫婦”になれたんだと思っている。
次の日、事件は起こった。
俺の家に暴れて入って来る子供がいるというのだ。
「さっさと追い出さんか!」
「いえ、それが! 返しても返しても意味が分からない事を叫びながら入ろうとしてくるんです!」
「どういう事だ!?」
俺は監視室に行った。
そこでは屋敷中に仕掛けられた監視カメラを見る事が出来る。
俺はすぐに騒ぎがあるという玄関を映し出させた。
するとそこにいたのは、娘を助けてくれた少女だった。
正直訳が分からなかった、何故少女が暴れているのかが分からなかった。
それでも、その少女の姿に心を打たれた。
何か、忘れている事を思い出させるように。
「音声……出せるか?」
「はい、少々お待ちを」
オペレーターが音声を繋げるまで、少女はずっとずっと何かを叫ぶように、リコーダーを振り回していた。
警棒を持つ警備員にそんなもので挑む筈がないのに、事実としてリコーダーは半分に折られていた。
でも少女だけは止まらない。
音声が繋がった。
途端に大音量の少女の泣き声に近い枯れた声が響いた。
「サッチーは私の嫁だああああああああああ!!!」
「…………はい?」
耳を疑った。
そもそも結婚できる訳がない、だって少女は……。
そこで私は気が付いた。
少女が何をしたいのか、何故ここに来たのか、泣きながら、武器を折られながら挑み続けるのは何故なのか、その理由が分かる気がした。