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白夜の都 ~処刑の光でも死ななかった怪人は、世界の境界を書き換える~  作者: もろ
第6章【過去】

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4話【報い】

――農村――




ゴロゴロ――


空が低く唸る。


さっきまでの青は、もうどこにもなかった。


暗雲が音もなく垂れ込めている。


雲の奥で――

何かが蠢いた。


見てはいけないものが、そこに居るような気配。




「……?」


畑仕事をしていた人間達が、次々に顔を上げる。


風が止む。


虫の声が消える。




ビカ――!!


閃光が空を裂いた。


空そのものが、ひび割れたように見えた。


遅れて――

ドゴォォォォン……!!


腹の奥を揺らす轟音。


それは、雷鳴ではなかった。


何かが、叫んだ音に近かった。


それは、怒りだったのか。


それとも、悲鳴だったのか。




次の瞬間――


ドンッ!!


大木が縦に割れた。


まるで、上から叩き潰されたように――

そのまま畑へと倒れ込む。




「ひぇっ……!」


近くに居た初老の男が尻餅をつく。


震える手で地面を押さえる。


大木は根元から抉り取られていた。


裂けた断面から火が上がる。


焦げた匂い。


焼けた土。


湿った空気の中に、異質な熱が混じる。




「な、なんだ今のは……!」


若い男が駆け寄る。


視線の先――

黒く焼け焦げた大地。


その中心に、ぽっかりと口を開けた穴。


パチ……パチ……


まだ、微かに電気が弾けていた。


人間達が集まる。




「……雷だ……」


誰かが呟く。


だが――違う。


ただの雷ではない。


狙われたような落雷。


「……怪異の……仕業か……?」




沈黙。


誰も否定できない。


それが何を意味するのか――

理解してしまったからだ。




「……ふざけるな……」


ぽつりと、零れる声。


消し炭になった作物を見下ろしながら、壮年の男が歯を食いしばる。


鍬を地面に打ち付ける。


「畑を……潰しやがって……」


喉の奥で、怒りが軋む。




「こっちは……生きるために必死なのよ……!」


「子供たちを、育てていかなきゃならんのじゃ……!」


「……あんたらみたいに、長く生きられるわけじゃねぇ!」


やがて、村人たちが空に向かって怒りを飛ばす。


だが、その叫びは、虚しく、空に吸い込まれるだけだった。




――その時。


「……警告」


手拭いを被る老婆が、低く呟いた。


鎌を握っていた手を下ろす。


「山の木を、切りすぎたかもしれん……」


誰にも届かないほど小さな声。


禿げ山を見る。


「……あれほど切る必要が、あったのか……」


ぽつりと、零れる後悔。




「馬鹿言うな!」


すぐに、誰かの怒鳴り声が被さる。




「獣を狩りすぎたかも……」


別の男も、迷うように言葉を落とす。




「そんなもんで、こんなことになるか!」


大勢の声が重なる。


そうだ!

そうだ!


怒りが、波のように膨らむ。


後悔も。


違和感も。


すべてを――飲み込むように。




もう一度、空を見上げる。


返事はない。


ただ――

焦げた大地だけが、そこに残っていた。


黒い雲が、なにも語らず、ゆっくりと散っていく。




事態を聞きつけ、野次馬が続々と集まってきた。




「おい!晴明!」


無精髭の鎌を待った男の声。


野次馬の中に居た、白袴の少年を呼ぶ。


晴明――宮司の家に生まれ、怪異の母を持つ、怪人の少年。


渋々、前に出る晴明。


行き場の無い、怒りの捌け口にされる。


「お前の母親――葛の葉は、怪異だろうが!俺たちの邪魔をするなと、伝えておけ!」


鎌を晴明に向けながら、怒鳴る無精髭の男。




「はぁ……」


反論を飲み込む晴明。


「……分かりました」


そう言うしか、なかった。


否定すれば――

この場に居場所が、なくなる。


自分の血を否定されても、"今は"我慢する。




晴明は、わしらと同じ、

人間でもあり、怪異でもあった。


だからこそ、

どちらの怒りも、真正面から受けるしかなかったのじゃ。




――山奥の祠――




「雷獣殿! 気を静めてくだされ!」


焔が必死に宥める。


雷獣の後を追う。




「話し合いは、平行線で終わったではないか!」


怒りが滲む声。


振り向きもしない。




「だからといって……あのようなことは……」


言いかけて、止める焔。




「人間のせいで、蛟が死にかけているんだぞ! あれは、人間が招いた――報いだ」


雷獣の声は、低く、硬い。




焔は、その前に回り込む。


「違います」


短く、断ち切るように言った。


「それを“報い”と呼んだ時点で――」


一歩、踏み込む。


「対話は、終わります」




沈黙。


雷獣の毛並みに電気が走る。


バリ……と、小さく音がした。


「……では、焔ならどうする。このまま、奪われ続けろと?」


圧し殺した低い問い。


雷獣が焔を睨む。




「まだ……やり直せます」


焔の声は静かだった。


……そうでなければ、ならない。


わずかに呼吸が浅い。


「根気強く、話し合えば……必ず――」


一瞬、言葉が詰まる。


――必ず。


その言葉だけが、重く沈む。


確信は、ない。


それでも。


「……そうでなければならぬ」


それは説得ではなく。


祈りだった。




――山里――




夕焼けが影を長く伸ばしていた。


少し冷たい風が、

二人の間を通り抜ける。




「もう……くっちゃんと遊んじゃ……駄目だって……」


下を向く人間の男児。


涙を堪えている。




「どうして?」


寂しそうに尋ねる朽木。




「……怪異の血が……混じってるからって……お母ちゃんが……」


男児の言葉が、途切れる。


視線が揺れる。


踵を返して、走り去る。


同時に――


「ごめんね!うわぁ――ん!」


泣き声が響く。


それでも、振り返らない男児。




呼び止める声は、出なかった。


ぽつんと、取り残される朽木。


影だけが伸びていく。


さっきまで聞こえていた笑い声は、

もうどこにもなかった。


ただ一人、

立ち尽くす。




――それが、最初の断絶だったのじゃ。


あの時、確かにあったはずの世界は――

もう、同じ形では戻らなかったのじゃ。




その日を境に、似たような言葉は、少しずつ増えていった。


怪異の血を持つ者を見る目が、変わっていった。


祭りの輪から、怪人の子が外された。


井戸端の会話が、怪人が近づくと止まるようになった。


そして――数年が過ぎた。




――八百万神社――




その年は酷い凶作だった。


自然崇拝の神社である、八百万神社。


拝殿に集まる帝からの遣い。


国の民は外から話を聞く。


誰もが声を潜めていた。


――誰が何を言うかで、

立場が変わる空気だった。




「このままでは、大勢の民が飢え死にしてしまいます。怪異たちに……もっと自然の恩恵を、人間に譲るように言ってくださらぬか?」


頬が痩けた右大臣の切実な声。




「自然は、時に厳しいものです。だからこそ、敬意と畏怖の念が必要なのです。人間は、そこを忘れてはいけません。恩恵だけよこせ、と言うのは……」


右大臣を真っ直ぐ見詰め、焔が静かに答える。




「子供を間引く親……姥を捨てる息子……そのようなものは、誰も見たくないのです」


最後まで聞かず、

言葉を被せる右大臣。


切羽詰まった様子で語る。


痩けた頬に涙が伝う。


「帝が……民を救うためなら、怪異討伐も辞さないと……申しております。自然は人間のものだと……」


帝の過激な思想を伝える右大臣。


焔の割りきれない想いが、思考を鈍らせる。




「私も……怪異と遊んだ思い出が……ありますゆえ……どうか」


心苦しい声の右大臣。


頭を深々と下げ懇願する。


その姿から、最悪の事態を阻止したい思いが滲む。




「やつらが日照りにして、我らを苦しめているんじゃねぇのか!」


聴衆が怒声を浴びせる。


「どうなんだ――宮司!」


どよめき立つ人間たち。


宮司の保名と巫女の環に詰め寄る。




「お静かに」


落ち着いた声の保名。


民衆を宥める。


「怪異たちが、そのようなことをするとは思いません」


優しい声だが、はっきりとした口調の環。


焔たちを信じて疑わない目。





――現在――




「くっちゃん……か」


ふと、思いに更ける朽木。


囲炉裏の火で、

皺だらけの顔が、赤く揺らいだ。


「あの時の言葉が……すべての始まりだったのじゃな……」


小さな一言が、

気づかぬうちに、世界を分けた。


そして――

それは、止まらなかった。


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