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白夜の都 ~処刑の光でも死ななかった怪人は、世界の境界を書き換える~  作者: もろ
第5章【天岩戸】

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17話【違和感】

「一鉄さん……彼は人間よ……」


結月は、ゆっくりと立ち上がった。


肩が荒く上下している。


左腕はだらりと垂れ下がったまま。


それでも、気持ちで折れない。




「反逆者を処罰したまでだ」


綱が振り向く。


その眼差しは冷たい。


感情ではなく、規律だけで動いているような目だった。




「もう……奪わせない……」


結月はライトを構える。


唇を強く噛み締める。


怒りに飲まれれば終わる。


だから、押し殺す。


悲鳴も、憎しみも、焼けつくような過去も――すべて。




「弱くては、何も守れぬ」


綱が一歩、踏み出す。


空気が沈む。


白い光の中に、見えない重圧が満ちていく。


次の“執行”が始まる。




ギュイン!


空気を裂くホバーブーツの音が、外から響いた。


「!?」


綱の眉が、わずかに動く。


『まだ自分は動いていない。ならば、この音は何だ』


視線を鋭く走らせる。


砕け散った硝子片。


血溜まり。


その中心にあったはずの一鉄の姿が――消えていた。


巻き上がる砂塵だけが、そこに残っている。


『確かにホバーブーツの音がした』


綱の視線が周囲を探る。


血の跡が建物の裏へと続いていた。




結月は構えを崩さない。


『……音が、増えた……』


状況は分からない。


だが空気が変わった。


綱から僅かに焦りのにおいがする。




ザッ――!


結月がライトを横薙ぎに振るう。


キュイン。


綱は滑るようにそれを躱した。


だが――反撃がこない。




『ホバーブーツは、私の専用装具のはずだ』


綱の意識が明らかに揺れている。


違和感が頭から離れない。


結月を処分するべきか。


それとも、まず異常の正体を追うべきか。


その一瞬の迷いが、反撃を忘れさせた。




――建物の裏――




「まずい……」


朧は、一鉄の大きな身体を抱えたまま、膝をついた。


光統院の隊服は、血で重く濡れている。


潰れたヘルメットの顎紐を外す。


気道を確保する。


息がない。


意識もない。


だが――まだ温もりがある。


朧は首筋に指を当てた。


辛うじて。


本当に辛うじて、脈が打っている。


「……生きている」


すぐに鞄を開け、秘薬を取り出す。


瓶口を一鉄の口へ押し当てた。


ズズズ……


緑の液体が、まるで意思を持つかのように流れ込んでいく。


粘りつき、這い、喉の奥へ吸い込まれていく。


それは、薬というより生物に近かった。


続けて体に刺さった大きなガラス片を抜く。


血が溢れる。




手持ちの秘薬は残り二本。


ここで出し惜しみはできない。


朧は、秘薬を一鉄の傷口へ流す。


アメーバのように、傷へ染み込む。


プツッ。

プツッ。


細かなガラス片が体表へ押し出される。


グジュ……と肉が蠢き、裂けた傷を塞いでいく。


まるで、ミクロの医者が体内で働いているかのようだった。




「……あとは精神力だ」


朧は、一鉄をそっと地面へ横たえる。


「帰ってこい」


届かなくてもいい。


それでも、言わずにはいられなかった。




立ち上がる朧。


深く息を吸う。


『相手は綱……』


理解している。


油断も情けも通じない相手だ。


それでも。


朧はもう一度、覚悟を固めた。




――監視室――




迷いを断ち切るように、綱が意識を切り替える。


キュイン――


床を擦るような滑走音。


次の瞬間、綱は消えていた。


「――っ」


巻き起こる風に、結月は咄嗟に横へ跳ぶ。


だが、遅い。


ドゴッ!


左肩に拳がめり込んだ。


「うっ……!」


鈍い衝撃。


骨が軋む。


視界が白く弾ける。


そのまま――


バリンッ!!


結月の身体が、ひび割れたガラスを突き破った。


ガラス片が弾け飛ぶ。


監視室の外へ放り出される。


ドガンッ!!


給油機に叩きつけられる。


肺の奥の空気が一気に押し出された。




「軽い」


綱が吐き捨てる。


ガシャン。


窓枠を蹴破り、自らも外へ出る。


「怪人は確実に排除する」


柄へ手をかける。


ザッ――


引き抜かれた電子刀が赤熱を帯びる。


刃の周囲で空気が揺らいだ。




『熱気……』


結月は立ち上がれない。


全身に痛みが走る。


左腕は痺れ、感覚が鈍い。


「動いて!」


それでも、

立ち上がろうと、両足を必死に叩く。




ギュイィィ――ン!


ホバーブーツが唸り、一気に距離を詰める綱。


その瞬間、視界の端に影が飛び込む。


ギュインッ――!


「!?」


違和感の綱。


また音が重なった。


ホバーブーツが、二つ。




ガキンッ!!


綱の目が見開かれる。


振り下ろされた電子刀を――

黒鋼のクナイが受け止めた。


火花が散る。


空気が震える。


一瞬、時間が止まる。


綱の目前。


黒い忍装束。


ホバーブーツを履いた忍が、結月と綱の間に割って入ってきた。




ジュグ……


電子刀の熱で、クナイが熔け始める。


忍は即座に刃を払う。


前蹴り。


綱はキュインと短く滑って躱し、後方へ退いた。




「何奴!」


綱の怒号。


そこに、初めてはっきりとした焦りが混じる。


黒い装束。


黒い頭巾。


目元しか見えない。




忍は答えない。


代わりに、変形したクナイを綱に投げた。


キンッ!


綱が刀でそれを薙ぎ払う。




忍は新たなクナイを取り出す。


綱を見据えたまま、腰へ手を回し掴む。


黒地に金の鞘。


金の鍔。


脇差。


それが、後方の結月へと差し出される。




結月の額に、冷たい金属が触れた。


呼吸が一瞬止まる。


敵か。


味方か。


払うべきか。


受け取るべきか。




結月は感じ取る。


敵意のない人間のにおい。


静かだが強い意思。


迷いを抱えながらも、前へ進む者の気配。


恐る恐る柄を握る。


「……刀」


微かに呟く。




結月は顔を上げる。


「……あなたは?」


疲弊した声で尋ねる。


だが、その問いの答えは返らない。




ギュインッ――!


二つのホバーブーツが同時に唸った。


赤いスラスター光が交錯する。


ガキンッ!


バキンッ!


火花。


疾風。


高速の戦いが始まる。




刃が交わる音。


風を裂く圧。


踏み込む衝撃。


空気の乱れ。


結月は、視覚の代わりにそれらすべてを拾う。


『……綱に善戦!? 何者なの……』




ドゴンッ!


忍が地面へ叩きつけられる。


すぐに立ち上がる。


だが呼吸は荒い。


やはり相手は綱。


武人。


執行者。


光統院最強。




キュインッ!


再び激突。


熱風が渦巻く。




結月はふらつきながら、ようやく立ち上がった。


満身創痍の顔。


左腕は垂れたまま。


右手に脇差。


鞘を口に咥える。


『もう……私にできることは――』


ゆっくりと引き抜く。


スゥ――


刃が現れる。


カラン。


鞘が口から落ちた。


柄が手に馴染む。


初めて触れたはずなのに違和感がない。




地鉄には痣のような紋様。


月のようでもあり、目のようにも見える紋様。


濡れた闇のような光沢。


ギラリ。


脇差が妖しく光った。


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