2話【天照計画】
――光統院・幹部会議――
白い。
壁も、床も、天井も。
すべてが塗り潰されたような純白。
影を許さぬ光が、円卓を包み込んでいる。
そこにあるのは清潔さではない。
――徹底された“排除”だった。
「昨今、闇の浸食報告が増加しています」
隊員の淡々とした声。
モニターに映るグラフが、緩やかに右肩上がりを描いている。
確実に、しかし静かに――侵食は進んでいた。
「魍魎の出現数も比例して増加傾向。また、“辻斬り”なる存在も確認されています」
室内に、小さなどよめきが走る。
抑え込まれた反応。
だが、その名は無視できない。
「魍魎の解明は進んでいるのか?」
短く、鋭い問い。
視線が一斉に集まる。
「捕縛した個体を調査していますが……未だ“闇の塊”としか判別できていません」
対魍魎部隊隊長が言葉を選ぶ。
「現時点で判明しているのは三点のみです」
一拍。
「人間のみを襲うこと。光に弱いこと。影に潜むこと」
それだけだった。
それ以上は――何も分からない。
「辻斬りは、魍魎や常闇の主と関係があるのか?」
資源部隊隊長の問い。
低く、重い声。
そこには恐怖ではなく――現実があった。
「不明です。しかし、都外に派遣した部隊の……」
一瞬、言い淀む。
「行方不明が相次いでいます」
空気が沈む。
誰も口にしない。
だが、全員が理解している。
戻らない理由を。
「採掘中、坑道の光が消失。その直後、黒い刀を持つ者が現れた。との報告もあります」
別の隊員が続ける。
「……黒い刀……」
上座から、言葉が落ちる。
「光を吸い込む、闇のような刀身だそうです」
「……闇……」
白夜では、忌み嫌われる言葉。
その響きが、静かに伝播する。
重く。
確実に。
沈黙。
千年前。
戦いの記憶が、淀む空気の底から浮かび上がる。
誰も動かない。
だが、全員が“知っている”。
教育されてきた。
――人間が“勝者”であるという物語を。
「……封印から千年か」
低く、乾いた声。
上座の男――光統院総代・赫斎。
千年前を“見ている”男。
「屠れなかったことが、今も悔やまれる」
白光を反射する機械の左腕。
微かな駆動音。
人ではない音が、静かに鳴る。
「闇から民を守るためにも、光の鉄塔を増設すべきです」
対魍魎部隊隊長が進言する。
即断に近い声音。
「しかし資源がな……」
即座に返る懸念。
現実が、理想を押し止める。
その時――
「資源なら問題ありません!」
資源部隊隊長が声を強める。
「プレミアムアースの鉱脈を確認しました。実用化できれば――白夜の拡大も可能です」
空気が変わる。
「……プレミアムアース」
誰かが、息を呑む。
赫斎が、ゆっくりと立ち上がる。
赤く光る右目が、円卓を見渡す。
「ならば――この都だけでは足りぬ」
その一言で、空気が塗り替わる。
「国全土から闇夜を消す」
一歩、踏み出す。
「白夜を――拡大する時だ」
ざわめき。
そして、それはすぐに歓声へと変わる。
誰も、否定しない。
だが――
「お待ちください」
ただ一人、立ち上がる影。
科学部隊隊長。
「お言葉ですが……光が強ければ強いほど、影は濃くなります」
静寂。
「それは……右肩上がりのグラフが証明しています」
モニターに視線が集まる。
誰も、言葉を返さない。
科学部隊隊長は続ける。
「影を消すことはできません」
一拍。
「それは――光がある限り、必ず生まれるものです」
正論。
否定しようのない事実。
沈黙が落ちる。
視線が、赫斎へと集まる。
赫斎は無言のまま、左腕を掲げた。
「常闇との戦いで、この腕を失い、右目を潰された」
ベリ――
皮膚が、音を立てて剥がれる。
下から覗く、人工装甲。
無機質な光。
ざわめきが走る。
「仲間の無念と、この恨みを晴らすまでは――死ねぬ」
それは誓いではない。
――呪いだった。
「ならば」
ゆっくりと、腕を広げる。
「無影灯のように、全方位から照らせばよい」
赤い瞳が、燃える。
「闇は――存在してはならぬものだ」
静寂。
「光の下に立てぬものは――この世界に不要だ」
誰も、息をしない。
「闇の居場所を、一片も残さず奪う」
沈黙。
誰も、止めない。
止められない。
そして――
「これぞ」
赫斎が、静かに告げる。
「天照計画」
拍手が起こる。
感情のない、整った拍手。
まるで“正解を与えられたかのような”音だった。
白い光が、わずかに揺らぐ。
だが――その揺らぎは、すぐに消えた。
「資源部隊を即時派遣せよ。場所は」
モニターに地図が映る。
赤く点滅する一点。
「第9輸送道の補給所より西北西30㎞。廃鉱山の麓です」
「承知しました。ただ……」
資源部隊隊長が、わずかに言葉を選ぶ。
「辻斬りや魍魎の脅威から、我々を守っていただけると」
静かな間。
視線が交差する。
ゆっくりと――手が挙がる。
「でしたら、我々が護衛いたしましょう」
対怪人部隊隊長――頼光。
その口元に、微かな笑みが浮かぶ。
「最近は“処理する対象”も減りましてね」
一拍。
「部下の腕が鈍るのも、困りますから」
白い部屋に――
不釣り合いな“愉悦”が、滲んだ。




