3話【贖罪】
――科学部隊・研究棟・隊長室――
白い光が、容赦なく差し込んでいた。
窓の外――光の鉄塔が白濁した空を支え、影を許さぬ都を維持している。
その光は、優しさではない。
逃げ場を奪う光だった。
まるで――罪を暴くように。
窓辺に座る白衣の男は、目を閉じる。
思考の中で、あの言葉が何度も繰り返される。
『光が強ければ強いほど、影は濃くなります』
否定されなかった。
だが、受け入れられもしなかった。
ただ――踏み潰された。
彼は、幼い頃から科学が好きだった。
壊れた玩具を分解し、構造を理解し、直す。
元通りに動いた時。
周囲は驚き、褒めた。
その笑顔が、嬉しかった。
――人の役に立ちたい。
その想いだけで、彼は科学部隊に入った。
電子刀。
ホバーブーツ。
自動追尾の矢。
ジェットパック。
多種多様なものを開発した。
彼の手で生み出された技術は、確かに人を救った。
称賛された。
表彰された。
誇りだった。
だが――
その裏で。
彼は、怪人を解体していた。
バイオ技術との融合。
秘薬。
増強剤。
人体への応用。
そのすべてが、“素材”の上に成り立っていた。
怪人は危険な存在。
人類の敵。
だから――犠牲は正当化される。
そう教えられてきた。
そう信じていた。
だから。
罪悪感は、なかった。
――あの時までは。
――回想――
対怪人部隊に捕らえられた怪人は、
虐待、拷問、壊される。
そして、
利用価値のある者だけが、研究棟へ送られる。
その日。
彼は、雨の怪人――雫の研究をしていた。
対怪人部隊によって、焼かれた両手。
薬品に侵され、皮膚が崩れた指。
その皮膚を採取する。
焦げた肉の臭いが、雫の黒髪にこびりつく。
雫は叫ばなかった。
声を上げることすら、許されていないように。
そこへ――
結月が運ばれてきた。
潰れた眼球。
血の涙。
憔悴した顔。
雫と同じ牢獄へと投げ込まれる。
総代からの直令。
「未来予知の神通力を解明しろ」
彼は、雫の研究を中断した。
迷いなく。
当然のように。
組織の歯車として。
――検査中。
結月の手に触れた。
その時。
「……貴方。娘を授かるわ」
唐突だった。
あまりにも静かな声。
それでも、確信に満ちた声だった。
彼は苦笑した。
非科学的だ、と。
そう切り捨てた。
だが。
「私は……成長した我が子を見たかった……」
続く、弱々しく、絶望した声。
空気が重くなる。
項垂れる。
その時は、理解できなかった。
だが。
帰宅した夜。
妻が震える声で言った。
「……できたの」
妊娠。
現実が、言葉に追いついた。
胸の奥。
あの言葉が突き刺さる。
抜けない。
消えない。
――事件の日――
研究棟は、混乱していた。
「結月が脱走しました!」
報告が飛び込む。
彼は走った。
牢獄へ。
そこにあったのは――
黒い染み。
そして、雫。
結月はいない。
雫と目が合った。
ひび割れた顔の悲しげな目。
逃げ場のない視線。
その瞬間。
彼の中で、何かが崩れた。
……沈黙。
彼は、決断した。
混乱に乗じて。
雫を連れ出す。
出口で、振り返らない。
ただ、秘薬を渡した。
「強く生きろ」
それだけ言った。
それ以上は、言えなかった。
――数ヶ月後――
娘が生まれた。
小さな手。
かすかな呼吸。
指を握る、弱い力。
涙が溢れた。
妻と笑った。
だが――
『成長した我が子を見たかった』
その言葉だけが、消えなかった。
胸を抉る言葉。
自分は見ることができる。
しかし、
結月は――奪われた。
自分たちが奪った。
――現在――
窓の外。
白い光。
影を許さぬ都。
だが。
胸の奥には、濃い影がある。
消えない。
消せない。
「光と影は表裏一体……」
静かに呟く。
「切り離すことは、できない」
それは理論ではない。
実感だった。
机の引き出しを開ける。
娘の写真。
笑っている。
未来を信じている顔。
それを見つめる。
――結月は、見られなかった。
その現実が、指先を震わせる。
写真を、鞄に入れる。
秘薬も数本。
そして。
未公開の防具。
高性能忍装束に、袖を通す。
カチッ。
ホバーブーツを装着。
最後に――
二本の刀を手に取る。
神通力を宿す試作品。
あの日以来、人知れず開発したもの。
自分にしかできない"贖罪"の形。
もう、目を逸らせない……
キュイーン――
起動音が静かに響く。
彼は立ち上がる。
もう戻れないことを、理解したまま。
窓から。
白い光の中へと、飛び立つ。
舞い上がる風。
赤光を引いて滑り去る。
そして――
組織の歯車は外れた。
彼は、光統院から姿を消した。




