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【幸せは一日しかならず】
ーーそんな煽情的な見出しから始まったシュランゲの記事は、ボイティが亡くなった翌日の昼過ぎには発行された。
スヘスティー公将家とエクソルツィスムス子将家の婚姻は、恙無く執り行われた。
身分差ゆえに結ばれぬ運命を悟り、互いの婚約者の目を盗んで密かに愛を育んできたという二人の婚姻式は、好奇の視線を向ける列席者達の記憶に焼き付くほど、睦まじいものだったという。
花婿のあまりの溺愛ぶりに、花嫁へ同情を寄せる声も上がったようだが、スヘスティー家の威光を恐れてか、式の詳細が語られることはなく、真偽は闇に沈んだままである。
しかし、式に続く顔見世の儀は圧巻であった。
二人の乗った神輿が街路を巡る間、惜しみなく撒かれた桜銭が上空を埋め尽くし、街道を淡く染め上げ続けた。
それは、かつて上空に浮かびこの国に彩りを与えた幻桜花が咲き誇っていた頃を彷彿とさせ、民衆は惜しみない祝福を捧げたのである。
だが、人々は許しても天は許さなかったのだろう。
教会へと戻り、列席者達の投じる桜銭が舞い散る庭園にて、花嫁は急逝した。
教会で検められた花嫁の身体には、新郎の手によって付けられた無数の鬱血痕と、首筋に深く刻まれた噛み跡が残されていたという。
しかし、それ以外の外傷はどこにも見当たらず、証拠も皆無であったことから、事態は自然死として処理される公算が大きい。
だが、果たしてそうだろうか。
これは、その場にいた誰もが異変に気づかぬほどの鮮やかな手際で実行された、暗殺の可能性が極めて高いと睨んでいる。
筆者がなぜ暗殺の仮説を立てたのか。
その理由は、式を欠席したはずのパフィーレン姫君の不可解な動向にある。
彼女はスピーア国より密使として訪れていた国王の使いに対し、涙ながらに婚姻の白紙を嘆願したという。
さらに、姫君は光家の家長へ直訴し、亡き花嫁の遺体をスピーア国へ移送することを承諾させた。
姫君が何を語ったかは不明だが、もしスピーア国にのみ伝わる秘毒が用いられたのだとすれば、この不可解な経緯にも説明がつく。
狙われたのは躍進著しいスヘスティー家の新郎であり、花嫁は何も知らぬまま、大国の権力争いに巻き込まれた哀れな犠牲者だったのではないだろうか。
スピーア国へ移送される花嫁の遺体は二度と戻らぬという光家からの非情な通告に、エクソルツィスムス子将家家長の怒りは凄まじく、一時は反旗を翻しかねない情勢であったが、夫人の諫めにより、力なく矛を納めたという。
そして急逝した花嫁の葬儀はその後直ぐに親族のみで静かに執り行われた。
その棺には、父からは短剣が、兄からは封書が納められ、そしてなぜか元婚約者であるヴェルトロース侯将家の子息までもが、高価な宝飾品をその手に託したとの話だ。
また、泣き崩れる夫を支えながら、最後に夫人が棺に納めたのは、家族と花嫁が描かれた小さな肖像画であったらしい。
本来、生者の肖像を棺に納めることは、死者が生者を冥府へと連れ去ることを意味する忌むべき禁忌であり、通例であれば、案内人となる先に逝った者の絵を納めるはずだ。
それを知りながらも夫人が禁忌を犯したのは、耐え難い悲しみゆえなのだろう。
愛する者を失った新郎の狂乱もまた、筆舌に尽くしがたいものであった。
その場で自害を図ろうと暴れ狂う彼を、屈強な列席者達がようやく抑え込み、医師の投薬によって眠らされた彼は、そのままスヘスティー家の馬車で運び去られた。
この恋物語は、蕾が開く前に天の嵐によって散らされた。
かつて空を染めた、あの美しくも儚い幻桜花のように、人々の心に癒えぬ傷跡を残して終焉を迎えたーー。
〜シュランゲ〜
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「……だとしても、すでに嗅ぎつけているはずですが?」
「だからこそ、君の家にお願いしているよ。」
それはシュランゲの記事が発行された日、別の国のとある場所。
明るい日の光が差し込む部屋の中は、その光景に不釣り合いなほど重苦しい雰囲気に包まれていた。




