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「……こんな方法しか考えつかなくて、ごめんな……。」
何度か見たことのあるその穏やかな表情を浮かべた顔は‘‘ヒヤァ……’’と、芯まで凍えてしまいそうな、よく知る慣れきってしまった温度と固い感触に変わり果て、湧き上がってくる後悔は撫でるように滑らせる掌を、小刻みに震えさせる。
「言った通り……忘れられないくらい、綺麗な姿だったな。」
彼女の温もりを探すように、今日見つめた、舞い散る花弁のような紙吹雪が舞う中、現れた姿が脳裏に蘇る。
白の衣装に身を包み、いつもより彩られ、身体にも赤い花を散らされた彼女が神輿の上で驚くような表情を見せた後、幸せそうな微笑みに変わり、ぎこちなく腕を持ち上げーー。
(ああ……そう言えば……)
細かく鮮明に浮かんだ情景の中、その時に覚えた違和感を思い出し、その正体を探すため、顔から首周りへと掌を移動させる。
確認するようにゆっくりなぞっていけば、首裏に感じた何かに、傷をつけないよう注意を払い、彼女の身体を横へと少し動かした。
(!?……これは……。)
微かに見えた噛まれたものだと分かる痛々しい傷口を目の当たりにし、顔は反射的に歪む。
その跡に触れないよう、そっと手で覆いながら再び隠すように彼女の身体を正面へと向ける。
そして何とも言えない感情と彼女への疑問が湧き上がった。
「……痛くなかったのか?」
通常なら痛みに悶えて蹲ってもおかしくない傷口へ、返ってくる答えが無い事は分かっていても、あまりの酷さに問い掛ける。
「お前……本当に……なんであんな風に笑っていられたんだ?」
首裏に残る傷口だけでなく、映らなかった場所にも浮かぶ鬱血跡に、また独り言を繰り返した。
泣き叫んだのだろうか、それとも諦め力無く委ねたのだろうか、どちらにしても身体にも心にも残る傷をつけられながらも、浮かべていたあの笑みは、彼女の強さを物語り、初めて会った日の姿を思い出させた。
『出来ない事は無いのよね?それに何もなくただ行きたいと言っているわけじゃないわ。私はね隣国に行ったら新しいタイプの服飾店を開きたいのよ、これを見てちょうだい!!』
暗闇の中こちらを見据えるようにぶつけてきた赤ともオレンジとも言い難い力強い眼差し。
怖がることなく、欲しいもののために真剣に説明を始めた彼女に、呆気に取られたあの日、自分でも思いもよらない言葉を口にした。
『俺と手を組んで損はないと言う話だけど?どうだ?』
相手を紹介して裏から手を貸すのが一番良い方法なのは分かっていたが、なぜか別の誰かが彼女のことを深く知っていくのが、嫌だった。
そして、身体の中に流れ込み続けていた鉛が冷え固まり、蓄積された毒に侵された心は、彼女と過ごす日々の中で、面白さというものを知っていき、少しずつ鉛が溶け落ちると、毒もまた薄れていき、その度に自分の中の人としての感覚も戻ってくるようだった。
ーーカタッ……
「………?」
浮かぶ鬱血跡の箇所を触って確かめていると、真っ白な花が敷き詰められた足元で、何か固いものが手に当たり、物思いに耽っていた思考が現実へと引き戻される。
「……こんな顔を見せるんだな……。」
取り出して見つめたそれは、家族と描かれた肖像画だった。
見たことのない、幸せそうに笑う姿で描かれた彼女に、何とも言えない気持ちが湧いてくる。
(もし……俺が隣に……。)
「……ハッ!」
感傷に浸り過ぎていたのか、ありもしない未来を考えた自分に自嘲する。
目を細めるほど眩しく瞳に映る肖像画を裏返し、元の場所に戻すと、自分が取りに行った流水晶と燈楼瑪瑙を身に着け、この世から存在しなくなった彼女に覆い被さる。
「……俺は……お前の事を……。」
仮面を外し、今この一瞬だけは許されると、気づかないふりを続けてきた想いを、氷のようなその肌へ刻みつける。
そして、別れの言葉は告げず、再び仮面で心を隠すと、彼女に背を向け音もなくその場を後にするーー。
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ーー
「相変わらずシュランゲは情報が早いねぇ。」
「この式私見に行ったわよ!」
「あんなに幸せそうだったのにな……。」




