㊺
「お姫様こちらでございます。」
「お足元にお気をつけ下さい。」
「……。」
前を歩く、面布を着けた白装束の一人が手に持つランタンは、心許なく揺れながら淡い光を灯し続ける。
その光によって足元を照らされながら、目的の場所である屋敷地下の一室に、ようやく到着した。
「こちらでございます。」
「ありがとう。貴方達二人はここで待っていてちょうだい。」
明日送り出される彼女に会うために、目の前の扉を開けると、一人部屋の中へ入り、被っていた面布をゆっくり外していく。
(ここは、寒いわね……。)
長襦袢一枚に彼らの衣装を借りてここまで来たが、石造りで日の当たらない室内は思いの外冷え込んでいて、自らの装いを後悔した。
だが、あの部屋から抜け出す機会を伺い、ようやく巡ってきた刻に、着替える時間など微塵も無かった。
ーーカツン……カツン……カツン…………
薄暗く冷え込んだ室内に自分の足音だけが木霊する、静寂の中で横たわる彼女の下へ一歩ずつ近づいていく。
「それにしても……占い通りの……結末になったのね……。」
目の前に映る少し高い祭壇上に置かれた、蓋が閉じられていない艶のある黒塗りの箱を眺め、一人呟くその声は室内に反響することなく私の耳にのみ留まる。
「……初めまして、……貴女の事はファーレ様から聞いていたわ。」
ようやく祭壇の階段を上り終え、話で聞くだけだった彼女の顔を初めて見つめる。
金色の髪をした、自分より少し年上の彼女が安堵して眠るその表情に、どこか懐かしさを感じながら、反響し始めた自分の声が耳に残る。
「とても、……冷たいのね。」
(……漸く会えた……。)
「!?……あの部屋でなくても……私は喋るのね……。」
床に両膝を付いて箱の中を覗き込み、大量の白い花の中に浮かぶ少女の、その血色の良さそうな頬を触り‘‘キィーン…’’と、熱の伝わらない冷たさに微笑むと、いつの頃からか特定の場所だけ聞こえるようになった別の自分の声が、頭の中で響く。
その声に、少し乱され感情は表面へと浮かび上がり、眉間に皺を寄せさせる。
「……どんな人かと会うのを楽しみにしていたけれど……もう話も出来ないわね。」
(……貴女と話をしてみたかった……。)
いつもなら泣くか慰めるだけの別の自分に、苛立ちが募るだけだが、どうやら今日は違うらしいその声に、何処となく気分は落ち着いた。
「……この色は嫌いよ……。」
(……話を聞いて欲しかった……。)
少し空いている、彼女の冷たい唇にそっと触れ、その縛り付けてくる色を剥ぎ取るために、触れている人差し指に少し力を込めて、下唇だけをなぞれば、その指先は自分の瞳と同じ色に染まる。
「…………。」
色を失って現れた、血色の無いざらついた下唇の感触を、上唇からも色を外している中指で感じれば、動いていた頃の彼女に触れているような不思議な感覚に、何かが満たされる。
「……本当はこんな形で無くても良かったのだけれど。……諦めの悪い方に想いを寄せられた事を恨んでちょうだい。」
(……重たい想いは押し潰してくるだけで、身動きを取れなくさせる……。)
「………。」
彼女へ懺悔のような言葉を紡ぎながら、どんな時に聞こえるのかと問われ、答えた所で状況を変えられない、無駄な存在だと無視し続けた私の声に耳を傾ける。
「抵抗したの……?酷く……痛い思いをしたのね。でも……血が薄い相手なだけ幸せだったのかしら……。」
襦袢を脱がなければ決して見える事のない、冷たく固い彼女の身体に残る同じ赤い跡を、唇から移動させた指で胸元からなぞり始める。
首筋に到達すると、首裏の数ヶ所に窪む違和感を指先に感じ、それが身体の奥へと深く刻まれた所有欲だと思い当たれば、彼女への同情と羨望が心の中で混ざり合わずに渦巻いた。
(辛かった……?貴方を助けたかった……?)
「!!!???」
何故か、決して口にしてはならない相手との秘め事を彼女の前で口にしたが、もう一人の自分が告げてきたその言葉中に、今回の件を肯定し、まるで美談にしようとする都合の良い響きを感じると、無性に腹が立ち、そして同時に空虚の中へと引きずり込まれていく自分に嗤えてくる。
「何が……?助け!!……ハハハハハッ!!アハハハハハハハッ!!!違う!!助けたかった訳じゃ無い!逃げるあの人を生きたまま壊す為に利用しただけじゃない!!!」
(……どうしたら良いのか分からなかった。)
「……分かってるわ!だから……!!」
あの国にそんな高尚な想いで依頼をした訳では無く、只々自分の為に犠牲にしたのだと私を否定すれば、弱々しい声で悩んでいた時に発した自分の言葉を返され、更に空いた心は乱される……。
「……逃げ出すだけではあの人は……また……そう……判断したから……」
(……貴女の自由が羨ましい……私も一緒に……。)
私の言葉で、何度も手を伸ばし身体を浮かせては、あの手摺の向こう側に広がる何も浮かばない青い奈落を目指そうとしている自分が頭に浮かぶ。
「うるさい……。」
その度に“漸く……。”と言って、泣きながら抱き締めて笑ったあの人の顔が頭を過り、未だ継ぎを育めていない私が、超えては行けない境界線として、触れている手摺の存在が自分の中で変化し、伸ばした手を引いては元の場所で佇み、只々狂わされていく日々に戻ってしまう。
(誰も……わたしを……助けてくれない……。)
「……やめて!うるさい!!……変わったあの日に……私は……もう……あの人だけで良いのよ。……だからあの人に愛されている貴女が憎くてッ!嫌いよ!!」
ただ黙って受け入れている自分の行動を私に責められているような気がして、遣る瀬無い気持ちが湧いてくると、安らかに眠る彼女への怒りに変わってくる。
(嫌いになんてなれない……だって……。)
「……でも……貴方のお陰で、あの人は完全に壊れて……いえ……本当に壊れているの?……確実に……動けないように……するために……貴方の顔を首から切り離して……贈れば……?」
(………贈れば……此処まで……堕ちてきて……くれる……。)
ーーッバチン……
「そうね……。ふふふふふアハハハハハ!!」
お互いの望みが一致した瞬間、反響し続ける自分の声を聞き続けていた耳の奥深くで、聞こえるはずのない心の中の何かが壊れる音がした。
そして眠る彼女の傍らに納められていた短剣を手に取り白い花を落として鞘から抜くと、込み上げてくる嗤いと共に彼女の首目がけて振り下ろした。
ーーダンッ!!
映像が浮かび上がるような言葉を模索してますが、どうでしょう?
まだまだ未熟ですが楽しんでいただけてましたら幸いです。
投稿し終えているお話の誤字脱字や抜けなど、言葉がおかしいところを見つけて修正していたら、前より映像が浮かんで楽しいと、友人に言われて嬉しくなり、考えては訂正してます。
少し更新が遅くなってますが、2月中には3章の投稿を始めますので、もう少しお付き合いくださると嬉しいです。
反応を貰えると嬉しくなります。
よろしければ皆様の反応も気になりますので気分が向いたらよろしくお願いします。




