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まだ遠い、教会の中へと続く神輿に乗って出てきた、開け放たれたままになっている裏口の扉を遠目から眺めると、スヘスティー公将家の面々と、父と母と兄、そして何故かオクラドヴァニアもその場で籠を持ち待っている姿が目に映った。
(……あの場に行けば本当に……。)
見てしまえば甘えてしまうのだろう、張り詰め無理をしていた筋肉が一瞬緩み眉が下がってしまう。
急いで表情を取り繕ったが、今にも泣きだしそうな表情を浮かべた私に、家長として立つのを辞めた両家の家族達は、心配そうな表情でこちらを見つめた。
(お父様達の表情を曇らせてしまったわ…………。)
他の列席者達に手を振りながら、まだ少し距離のある未だ複雑そうな表情で待つ、家族達の元へと神輿が近付いていく度に瞳が潤み溢れだしそうになる目元に手を当てる。
(これで終わりね……。)
もう少しで両家が待つ場所に到着する距離迄近づくと、両家の面々が歩道を空け、挟むようにして立っているその先で、開いている裏口の扉から見える昼光さえ吸い込まれていくような教会内部に目を取られる。
その何処迄も続く底の見えない暗闇の世界が、これから過ごす日々を暗示しているのかとつい勘繰ってしまう。
(……嘘を付いて、丸め込まれて、逃げ出せなくて、ずっとこれが隣にいる生活……本当にこの先は真っ暗ね…………。)
ようやく両家の前に到着すると、何故かその場に留まって動こうとしない神輿に不思議に思い下を向く。
視線が合った担ぎ手の教会職員達が困ったように目を泳がせる姿に、先程から潤み続けている瞳を見られ、こちらにも気を使わせてしまったのかと、自嘲気味な笑みを漏らしてしまう。
「ボイティ……。」
「義娘よ……。」
「………。」
心配そうな父とお義父上様がそれぞれ発した不安そうな声に、二人の顔を見つめた。
(はぁ……このままでは駄目ね……。)
気を張らなければすぐにそんな考えが湧いてしまう自分に、一度瞳を閉じて強く握られた手に意識を向け息を吐く。
(……街路に出た時にこの手を跳ね除けて一人逃げる事も出来た。……でもそれをしなかったのが自分の意思だった。……嫌だと言いながらもこれと生きて行く道を何度も想像した自分が、今更後悔した所でそれは自分の責任だわ……それなら……)
最後まで逃げる事を諦めきれなかった情けない顔をしている自分に別れを告げる為に、隣で微笑むファーレを見据えると、父に向かって笑顔を作り直す。
(選んだ未来で、何とか笑ってみせるしかないわ。)
「お父様……大丈夫です。お義父上様……これから宜しくお願い致します。」
顔見せの儀式で声を発するのは禁止されていたが、どうしても自分と同じ様に潤んだ瞳で渋い顔をしている父に道を決めた事を伝えたかった。
「ッボイティ……そうか……分かった……幸せにな……。」
ーーバチンッ。
(あれ………?)
複雑そうな顔になりながらも困ったように頷き、笑いかけたはずの父の顔が、突如として真っ暗に染まり、見えなくなった。
(今の……は……、……?)
不思議に思ったのも束の間、再び家族達の姿が映ると今度は全てが‘’グニャリ‘’歪みだした。
身体からは力が抜け、体勢も意識も保つことができないまま、私はその場に倒れ込んでいく。
「「「ッ!ボイティ!!!!」」」
「「「「キャーーーーーーーーーー!!!!」」」
ファーレの他にも名前を呼ぶ声と様々な人達の大きな悲鳴が聞こえてきたが、目の前に広がっていく暗闇が視界全てを覆い尽くすと、呼ばれていた声も、叫んでいた声も何かに塞がれていくように聞こえなくなり、握られて強張っていた手の感触も爽やかな花の香りも感じない、ただの静かな光のない淵に落とされた。
(……決めた瞬間になんて……色々と限界だったのね……何も見えないし聞こえない、感覚もない……ずっと後悔していた気持ちも身体の気持ち悪さも……何て幸せ……な……少しだけこのま……)
その瞬間思考は停止した。
ボイティは抗うことなく只々幸せを感じながら、虚無の世界へとその身を任せた。




