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(とりあえず、この腕からはようやく解放されるのね……。)
先程から気を張り続け、気分が悪くなり始めた身体を、腕から降ろされることにボイティは安堵した。
「この儀式が終われば、ようやく僕の物だね。」
「………。」
神輿の前まで到着すると、花嫁を壊れ物でも扱うようにゆっくり神輿に乗せてから呟く声を、忌々しげに無視をする。
そんな私の様子を気にすることもなく、あれは反対側から乗り込むと、私の指の間に自分の指を絡ませ、強く握りしめてきた。
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ーーカザッ、ガザッ、ガザッ、……ッバッサー。
ーーーバサッバサッ!!
「……お姫様、まだ始まらないかと存じます。そちらはお寒ぅございますので、中でお待ち下さい。」
「!!!」
青い空に溶け込む髪を靡かせ、露台に腰掛けながら静かな街並みを一人眺めていると、下の樹海から鳥が羽ばたいて行った。
翳していた手を手摺に投げ出したところで、突然後ろから女の声が聞こえた。
「……来ていたの……。」
いつの間にか控えていた、白色の綿布で顔を隠し、白い装束に、濃桃色の帯を腰に巻いた、誰かも分からない数人。
彼らに声を掛けながら、振り返った部屋の様子に何とも言えない物悲しい気持ちになる。
(とうとう……。)
「ハハハハッ……下がって大丈夫よ。あの人みたいに此処から散ったりしないわ。」
この部屋に来るまでに幾つもある襖がすべて開け放たれているのが見え、全く気配に気づけなかった自分に、乾いた笑いが漏れる。
「!!そのような意味では……。それに…そのような事は無いと視えておりますから。」
「「「「「はい、その通りでございます。」」」」」
確信を持つ男の声が聞こえると、全員頭を下げて同意を示していた。
「………。」
(それならば何故……あの人は……?)
脳裏を過ぎる光景に激しい腹立たしさが湧き上がり、露台の手摺に爪を立てた指に、力を込める。
(全員鬱陶しいわ……。)
「そう。なら特別な今日と言う日は1人で居たいのよ。分かるのでしょう?」
そう言って冷たく微笑んで見せれば、後ろに控える白装束の人間達の間に緊張感が漂い始めた。
やがて別の男が、退出を促す声を無視して話を始め、その声に不快感が増していたが、内容により気分は一転した。
「……畏まりました。機嫌を損ねる様な発言をしてしまいまして申し訳ございません。……本日お伺い致しましたのは、例の件についての報告でございます。今日が終われば内部の者達が手筈通り遂行し、ご希望のものは明日の朝には向かいの塔に到着致します。」
「まぁ!!それは嬉しい報告だわ!!ふふ、ありがとう!」
「「「「「っ!!」」」」」
ようやく手に入る嬉しさに、花が綻ぶような笑顔を向けて礼を伝えると、控えていた人々の息を呑む音が響き、まるで時が止まったかのように部屋は静寂に包まれた。
「……その様に喜んで頂けて我々は……報われます。全てはファン・ホア・グレーヌ……貴方様の為でございます。」
「「「「「全てはファン・ホア・グレーヌ。貴方様の為でございます。」」」」」
その静寂を歓喜に震えた女の声が壊すと、それに続き、白装束の人々が声を合わせ平伏した。
「明日を楽しみにしているわね。」
「はい、お待ちしております。」
全員が立ち上がり、部屋から退出していく。
開け放たれた襖が“シャラン、シャラン、シャラン”と鈴の音を響かせながら閉じられた。
(私のために……ね。)
その様子を見届けながら、毎回言い聞かすように吐き出す人々の言葉は、呪縛のように私を蝕んでいく。
遠く響く鈴の音が止むのを待ち、また視線を外に戻すと、誰に聞かせる訳でもない話を独り呟く。
「…………フフフフフハハハッ!何も……ッフフフ!……分かっていないのね…………二度と自分から離れないように翼をもいでも……足を落としても……アハハハハハハハハハハ!!!!……ハァ…ハァ…ハァ……。鳥は自分を傷付けた相手を決して許さず……どんな事をしても……もう決して手に入らないのにね……。」
露台に寝転んで涙が浮かぶほど嗤った。
しかし、先程までの愉快だった感情が引き、横を向くと、いつも見つめていた部屋の隅の一点をぼんやりと見つめた。
「そう……確実に手に入れたいのなら、ちゃんと動かないように壊さなければならないのよ……。」
露台から見える上空に手を翳し‘’ニタァ‘’と笑みを浮かべる。
「本当……ナンテクダラナイ……。」
………!!!…………!
!………!!…………!
「……。」
市街が騒がしくなり、ヒラヒラと何かが舞う様子が横目に映る。
起き上がろうと露台に手をつくと、指先に‘’ピリリ‘’とした違和感を覚えた。
しかし、それよりも今は市街の方が気になり、能面のような無表情でその光景を眺める。
「【……あ〜あ……何事も無く始まってしまったのね……残念だわ……。】」
風に舞う、祝の紙吹雪。
空に浮かぶ自分の瞳に似た色に冷めた視線を向けると、つまらない風景に小さく呟く。
(いつ見ても信じられないのよね……。)
「……濃い血を求める者達が望む花の色が……あんなに幸せそうな色のはずが無いわ……。赤黒い……この血のような色が似合いよね……。」
先程違和感を覚えた手を見つめる。
手摺に力を込めた時に傷つけたのだろう、自分の人差し指に滲む血を、何の感情も湧かないまま眺める。
「フフ……ようやく捕まえた鳥が逃げるのと、二度と動かなくなるのと、それとも……。」
街中の喧騒に興味を失い、手摺の上に両腕を置き、片頬を乗せる。
「報告が愉しみだわ……。」
風の音さえ遠のく静寂に包まれ、少女は行方がどうなるのか、深い暗闇に落ちながら、ゆっくりと瞼を閉じると、その結末を待った。
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(本物はもっと、綺麗なのでしょうね……。)
そんな感想が湧く程に、ボイティの目に映る、陽光を浴びて透けるステンドグラスで表現された風景は美しかった。




