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入場と同時に広間には高い管楽器の音色が響き渡る。
そしてそこから始まったのは、近年類を見ないというよりは、誰も経験したことがないであろう、とんでもない式だった。
(私はやっていけるのかしらね……?)
花婿が来ないと騒めく列席者達は花嫁を抱えたまま三人で入場してきた花婿に目を丸くして驚き、黙り込んだまま、訝しげな視線だけを私達に向けてきた。
そして、その視線の中をゆっくりと祭壇前迄続く赤い絨毯の上を歩き、金糸で織り込まれた唯一の模様である、幅広な横線の手前まで到着すると、一度私達は歩みを止めた。
(あの視線の中歩くのは……辛かったわ……。)
ここで手を離すはずの父は、花嫁の手を力強く握ったまま離そうとせず、困った花嫁が手を添えると眉を下げた顔で諦めるように力無く手を離した。
(婚姻式って言うより供儀式みたいだったわよね……。)
誓いの儀式の直前まで花嫁を抱きかかえたまま式は続けられ、白一色の教会内はお目出度い式のはずが、誰一人の祝福の声もなく、ただステンドグラスを叩く風の音と神父の声だけが虚しく響き、ファーレの婚姻だというのに、卒業式で聞こえていた同級生達の嘆き啜り泣く声も聞こえる事無く続いた。
(彼女達も流石にこの式には悲しむ間もなく困惑して、感情が追いつかなかったのかしら……。)
そしてようやく腕から降ろされたかと思えば、項に手を添えられ、激痛により潤み始めた瞳は更に力を込められ顔を顰めた瞬間、頬を濡らし伝う感触と共に口を塞がれた。
長く濃厚な誓いと頭に響く痛みによりまた足に力が入らなくなった身体を壇上で抱き留められると、列席者からは得も言えぬ視線を向けられた。
(どう考えても、とんでもない所に来たなって、ここにいる人達……約一名を除いては思っているわよね。)
力の入らない身体を再び横に抱きかかえられると、ファーレは、その場で他の将を頂く家と光家にとても良い笑顔を向け口を開き、長々と回りくどい言葉を使いながらーーどんな弱みを握っているかは知らないがーー要約すれば‘’奪おうとしたら潰す‘’と、突然脅し始めた。
(お祝いに来ているのに脅されるなんて、誰も想像できないわよ……。)
お祝いに来ていた筈の列席者の顔色は一斉に青くなり、色とりどりのステンドグラスの光が注ぐ混迷を極めた会場の雰囲気を寒々しいものへと、変貌を遂げさせた。
(承認した上で見ているだろう神様も、この様子にはきっと絶句しているわね……。)
そして父と母と兄はあまりの事に一瞬目を丸くして困惑していたが、直ぐにファーレに刺すような冷ややかな視線を向け、スヘスティー公将家一同は頭を抱え、顔色を失っていた。
(あのお母様とお兄様が一瞬だけでも、こんな大勢の前で感情を表したのを久々に見たわ。両家ともファーレの被害者ね……。お父様とお義父様のこれからが心配だけれど、今はこの場をどう収めるかきっと悩んでいるに違いないわ……。)
「これで誰も君を奪いには来ないね。」
「………元からそんな怖いもの知らず居ないわよ。」
周りが静寂に包まれた広間で、花婿と花嫁だけが歩くことが許される白色に敷き直された絨毯の上を、運ばれるように開かれた扉に向かって進んでいく。
(顔以外に、この心の強さもこれの取り柄ね……。)
ファーレには顔色が悪く、まるで悪魔の生贄のような花嫁に向けられている、憐れみが込められた同情の視線には全く気付いていないのだろう。
周りの雰囲気とは正反対に幸せそうな表情のまま歩き続け、ようやく混沌とした広間から出た。
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(これはどう対処したら良いんだ…。)
ファーレとボイティが居なくなった広間でスヘスティー公将家家長は深い絶望を感じていた。
「どういう事だ!」
「何故式でこんなことが許される!」
「公将家だとしても許される発言ではないだろう!」
「「「「「「「………。」」」」」」」
集まった列席者から突きつけられる当たり前の正論に、スヘスティー公将家一同は黙り込んだまま、ひたすら糾弾の嵐を耐え忍ぶしかなかった。




