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(今はどの辺りなのかしらね……。)
抵抗の末に痺れ始めた指から視線を外し、運ばれている先を確認するために首を巡らせると、項へ鋭い痛みが走り、思わず顔を歪める。
(あれは……。)
気がつけば大勢の列席者が集まっている広間までもう僅かな距離になっていた。
そして、真っ白な白亜の壁面に取り付けられた大きな窓から陽光が差し込む扉前で心配そうにこちらを見つめる父と目が合った。
(お父様……お父様!!やはり嫌です!逃がして下さい!!)
父の顔を見た瞬間、様々な感情が込み上げてくると、瞳が潤み視界が揺れた。
今直ぐにファーレの腕を振り払い、子供の頃のように手を伸ばして父の胸に縋りつきたくなった。
「……ファーレ殿ここまでありがとうございます。ボイティ、おいで。」
「はい。……もう大丈夫よ?先に中に入って待ってるでしょ?降ろして頂戴。」
「僕も一緒に中に入るよ。」
「「………。」」
手を伸ばす父の前まで到着し、ようやく腕から解放されると思った。
しかし、離す気配のないファーレに、落ち着きを装いながらゆっくりと声を掛けると、相変わらず理解しがたい彼の返答に、私と父の二人が訝しげな視線を向ける。
「………あなたは何を言っているの?この儀式のことは知っているわよね?」
父が娘を嫁ぐ相手に送り出す神聖な儀式に、なぜ花婿が加わろうとするのか、その行動の真意に疑問しか湧かなかった。
「もし…君が入って来なかったら大変じゃないか?」
「……父も一緒なのよ?そんなことあるはずがないでしょ?」
ファーレが入り次第父に泣き付こうとは思っていたが、良しとしない限りは、この場からは逃げ出そう等とは考えていなかった。
しかし、何故か入って来ない事を確信しているような、真剣な表情を彼は向けてきた。
「どんな事も、分からないよ。」
「……ファーレ殿先程忠告致しましたが?」
割って入ってきた父がファーレを鋭い視線で睨みつける。
「ええ、だから先程とは違い大人しくしておりますよ。」
(………お父様先程っていつのことですか………?)
私の頭の中はもうそれどころでは無かった。
会って会話をするのはあの時以来で、今日が二回目のはずの父が、教会に到着してからファーレに何か伝えていた記憶はなかった。
(……お父様も気を失った後あの場にいたの?……もう考えたくない……)
父とファーレの会話の裏を読もうとすればするほどに頭が重くなる。
そして、こうしている間にも項の痛みが酷くなる一方で、もう何もかもが嫌になり、全てを諦め、ファーレの腕の中で一度瞼を閉じて開いた。
「……何を言ってもあなたには無駄なようね。」
「ああ、僕は君と一緒になる事を夢見ていたんだ、片時も離したくない。」
「お父様、もう諦めて参りましょう。始まらなければ終われませんから。」
「……ッ!ボイティ……だが!」
「……お父様。」
「………。そうか……分かった。」
破顔するファーレから視線を外し、父に微笑んで片方だけ手を伸ばして見せれば、もう既に泣き出しそうな顔をしながらも、重ねてきたその手で‘’グッ‘’と力強く握ってきた。
(はぁ……。逃げ出せなかったわね……。)
花婿、花嫁、花嫁の父、三人が扉前に並んだことで、教会職員達は戸惑っていたが、ファーレが職員に促すと、列席者達が待つ会場の扉を開いた。
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(……式にまつわる全ての記憶を今直ぐに消してしまいたい……。)
ボイティは、入場時同様抱えられた姿で、込み上げてくる深い溜息を幾度となく飲み込み続けながら、つい先程ようやく幕を閉じたばかりの、生涯忘れられないだろう最悪な式を思い返した。




