㉛
「七年前、ラヴーシュカから届く定期報告に、君の婚約が決まったと書かれてあったのを見て……俺がどんな気持ちになったか……分かる?」
「っ!…分からないわよ!」
私は急いで身体に力を込めた。
耳元に唇を寄せて話すファーレから逃れるために、口元を塞いでいた両手を離すと、震える声で言い返した。
「それよりも離してっ…」
そして背後に感じる熱への嫌悪感から逃れようと手でファーレの脚を押し返す。
「ックック。そうだよね……。」
しかし、私を拘束する脚は微動だにせず、むしろその行動を楽しんでいるかのように、喉を鳴らす彼への嫌悪感は更に増していく。
「でも……君が、決まった相手との婚約を望んでいないと知り、彼を……君と俺の手を汚すことなく消えてもらう方法を閃いて、モイヒェルを君の屋敷に送り込んだんだ……。」
髪を通して肌を擽る感覚に耐えながら、未だ逃れようと藻掻いていると、ファーレは物騒な話を愉しそうに語りだした。
(なら…あの時の傷は……。)
「…っ!……!?。」
その話に、至る所から血を流し、突然入って来たモイヒェルの姿が脳裏に浮かび、藻掻く手を止めてしまう。
すると、生暖かいものが首筋を這うような感触に声が漏れかけ、急いで両手を口に当てた。
今声を上げれば、どんな音声が飛び出すか分からず、もう疑問を口に出すことも出来なかった。
「……そうしたらまさか、婚姻後直ぐに隣国へ渡るために、偽装用の身分を要求するとは思わなかったよ。聞いた時は驚いたけど、モイヒェルが君に協力した後に報告をしに来たのには、もっと驚いたよ。」
「………。」
鳥肌が立つ感覚に耐えながら聞くモイヒェルの話に、彼の本心がどんどん分からなくなる。
「仕方が無いから計画を変更して、オクラドヴァニアを籠絡させる事に決めたんだ。そうしたら君は直ぐに婚約を破棄できると思った。けれど君は、嬉々として婚姻に乗り気になってしまった。」
(それは……。)
「君はこの体質のせいで誰とも結ばれずに済む白い婚姻を望んでいるようだけど、俺は全てを知っていて、君に婚姻を申し込んでいる。」
「そうだとしても、私は貴方との婚姻は望んでいないわ!!」
髪を梳く手が止まり後ろから包み込むように身体を抱きしめられると、同時に左肩に重みを感じた。
その横目に映る、重みの原因であるファーレの頭を手で押し返すが、抱かれる腕に‘’グッ‘’と更に力を込められる。
「はぁ………。」
肩に息がかかりファーレが頭を上げると重みは消え、瞳はファーレの冷めた視線とぶつかった。
「……モイヒェルに俺以外の優良な相手を探していると言われた時に、何となく信じられなくて色々と訳ありな相手にも声を掛けておいて本当に良かったよ……。」
(モイヒェルは一体…)
「?!……っ!!…。」
思考に耽る余裕は与えられず、抱きしめていた右手を離すと、私の首を掴み力を込める。
空気が上手く取り込めない息苦しさに、顔を歪める。
「君は……あいつに何を差し出したの?」
「っ!何も……渡した……事……なんて……無いわ……ょっ!!」
「……そう、何だ…安心したよ。」
首を圧迫され、上手く出せない掠れる声で否定すれば、首を圧迫していた手を離し、また何事も無かったかのように髪を弄り始めた。
「っはぁ、はぁ、はぁ…そうよ!もういい加減身体を離して!!!」
流れていた横髪を耳に掛けた彼は、両肩に手を置くと、ようやく背後の熱が身体から離れていく。
(このままでは、何をされるか分からないわ!!)
肩に置かれる手に恐怖を感じ、まだ息が整わない身体を無理矢理動かし、ファーレの脚から逃れようと再び手で押し返し藻掻いた。
「ボイティ……後、……もう少しだよ。」
「っっ!!」




