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(……私はどんな姿を見られたの…?でも一線を越えてはいないのなら…問題は無い…?訳では無いわよ!…それより…何か飲まされ……って取り敢えず…目の前のこれが、何もしなければこんな事にはなっていないのよ!!)
大きな心配事を一つ減らし、代わりにより深い悩み事を置いていったスヘスティー公将家家長がいなくなった控室。
ボイティは纏まらない悩みに頭を抱えたが、直ぐに顔を上げ、控室で二人きりになったそもそもの元凶を、睨みつける。
「…あなた本当に何なの?先程のお義父上様が疑問に思っていた通り私に何か飲ませたの?!」
「父にも言ったけれどそんな物は使って無いよ。余りにも君が魅力的で、少し長く塞ぎすぎたのが悪かったのかな?次からは気をつけるよ。」
「……でも口の中が」
「それに、お互い隠して想い合っていたと言って婚姻を早めたけれど、今来ている列席者は半信半疑だろう?今の君の姿を見たら皆嫌でも納得するだろうし、問題はないと思うけれどね。」
事実は知りようもないが、物語でも初めては、甘いや、辛いや、酸っぱいやら様々な味で例えられてはいた。
しかし、むせ返るほどとは書かれていたことはなかったと思い直し、違和感の正体を突き止めようと問いかけようとしたが、言葉はファーレによって遮られた。
「………納得も何も、婚姻前になんて逆にお互いに変な噂が立つだけよ!そうなったら私よりも、貴方の方が信用を失うと思うけれど?」
「ボイティは僕を心配してくれるの?だけど僕はそんなこと気にしないよ。寧ろ婚姻後、君に嫌がらせをしてくるかもしれない奴らが、これで黙るかも知れないじゃないか。」
「………。」
今後の自分達が置かれるだろう現状を余りにも無視した身勝手な言い分に腹が立ち、少し声を荒げてしまう。
しかし、自分が心配されていると都合よく解釈したファーレは、全くどうでも良い問題が解決されたとばかりに、嬉しそうな表情を浮かべた。
(これは一体何を心配しているの?……。)
自らの行動を正当化し、いつも通り悪びれる様子も見せずに平然としているファーレのその態度に、ボイティは言葉を無くし、ただ唖然とするしかなかった。
『済まなかった……。』
ふと、正式な婚姻の申し込みが家に届いた時に父が見せた悲壮な表情が頭を過ると、憤っていた感情は勢いを失い、急激に冷めていく。
「……貴方や公将家はそれで良くても…格下の子将家である我が家はそうはいかないわ。私には伝えなくても私の家族に何か言う人達はいるでしょう?そんな事になったら私は…辛いわ…。」
(もしかしたらオクラドヴァニア様の侯将家にだって……。)
「………。」
こんな状態で人前に出れば、思い合っていたとは考えず、オクラドヴァニアとの婚約期間中にもなどと勘繰る人達は出てくるだろう。
そんな口さがない人々から、いらない誹謗中傷を浴びるかもしれない家族のことを私が心配していると、ファーレはようやく少し渋い顔を見せた。
(こんな事になるならあの時モイヒェルの名を口にすれば良かった…。)
彼ならば、黙って殴られはしないだろうが、あの父を怒らせるだけで、ここまで悲しませるような結果にはなっていなかっただろうと想像する。
胸に突き刺さった大きな後悔は、取り付ける大きさを間違えた錨のように、落ち込んだ私の心を奥底へと引きずり込み、沈没させていく。
「ところで、さっきの質問だけれど、最初から知っていたよ。」
「…へぁ?」
相変わらず自分の話したいことばかりで、いきなり話題を変えるファーレに、沈む気持ちから浮上しきれずについていけない感情が、思わず間の抜けた声となって口から零れ出た。
「ねぇ、ボイティ。君は可怪しいと思わなかった?」




