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執事に通され入って来た彼は、今日の式に呼ばれているのだろう、髪を後ろに流し固め、シワ一つない光沢感のある黒の礼服姿で登場した。
「いきなり来てすまない。どうしても話をしておきたくてな。」
「時間はあまりとれませんが、どうぞおかけください。」
オクラドヴァニアに向かい側の椅子を勧めると、カートを引いてやって来た侍女が、お茶の準備を始める。
「それは気にしなくて大丈夫だ。家長殿に先に連絡を入れて、会うとしても今日のこの短い時間しか取れないだろうと返事を頂いている。」
「父から、……そうだったのですね。」
オクラドヴァニアは向かいの席に腰かけると、今日の訪問は、既に父の了承を得ていたものだと説明してくれた。
親族ではない男性を婚姻式直前に何故家令たちが案内したのか、その話を聞いて納得した。
「君に助けてもらった感謝と、不本意な婚姻を結ばせてしまった事を直接会って謝罪したかったのだ。」
「……お気になさらないで下さい。その後ラヴーシュカとは如何ですか?」
あの作り話は、途中からは兎も角、殆ど自分の為に口から出たものだった。
それについて礼を言われる事に何処か後ろめたさを感じ、その後のラヴーシュカとの関係に話題を変えた。
「……あの直後に、お互いの意思で、それぞれ別の道を進むと決めてな。もう……会うことはないのかもしれない。」
「え…?それは…あの件が原因でしょうか?」
すると、なぜか複雑そうな表情を見せたオクラドヴァニアから、ラヴーシュカと別れたという話を聞かされ驚いた。
まさか助けた2人が別れていたとは思ってもいなかったが、あの父の剣幕にラヴーシュカに思うところが出来たのかもしれないと考えれば、申し訳なくなる。
「そうとも言えるが、もしかしたらこの件が無くともいつかは別の道を選んでいたのかもしれない…。」
「そうですか……。」
オクラドヴァニアの歯切れの悪い物言いに、何と答えて良いのか分からず、その先の話を続けられず、視線をテーブルの何もないところに下げた。
「こんな雰囲気にする為に来た訳では無いのにすまない…。」
「いいえ、私から聞いた事です。こちらこそ何も知らず、申し訳ございません。」
「っはは。」
「っふふ。」
申し訳なさそうに謝るオクラドヴァニアに、謝罪を返すと、視線が重なり二人で苦笑してしまう。
「…今日は君に贈ろうと思っていた茶葉を持ってきている。落ち着く効果があるらしくてな、最後に一緒に飲んではくれないだろうか?」
「それは、ぜひ頂きます。」
オクラドヴァニアが私の返事を聞き侍女に向かって手を挙げるのを不思議に思ったが、もう家令に渡していたのだろう、侍女は新しいカップを用意し、見慣れない可愛らしい陶器から取り出した茶葉でお茶を淹れ始めた。
(昨夜の香とよく似た香りだわ…、どこの国の品なのかしらね?)
忽ち辺りには昨日モイヒェルが焚いた香のように爽やかな甘い香りが漂い、同じ国で作られているに違いないと思ったが、今それを聞くのは雰囲気的に憚られ、お茶を注ぎ入れる侍女の手元を見つめた。
「お嬢様、お待たせ致しました。」
目の前に置かれたお茶を一口飲むと香りは甘いが味はすっきりとしていてとても飲みやすく、どこか強張っていた身体が芯から緩み、落ち着くと言っていた効果が実感出来た。
「…口に合っただろうか?」
「ええ、仰る通りとても気持ちが軽くなるお茶ですね。」
何故か心配そうに問われたが、本心からの気持ちを伝えれば安堵した表情を見せた。
「そう言って貰えて良かった。」
(今なら何処の国の茶葉か聞いても問題なさそうね。)
香りと入れ物が気になっただけのお茶だったが、飲んでみて味も気に入り、どこで手に入るのか教えてもらおうと思った。
けれど、続く言葉に私は黙り込んでしまう。
「婚姻式後に君と飲もうと用意していたものだ、叶わなかったが二人で飲むことが出来て良かった。」




