㉒
侍女達により最終確認と準備を進められ、いつも通りの朝にはまだ早い時間に全て終わり、花嫁衣装よりは質素に見える白のドレスで一階の庭園が見える休憩室に移動すると、其処には昨晩遅くに屋敷に到着したという兄がいた。
「おはよう。愚妹。」
「…おはようございます。鬼い様。」
礼服のジャケットを羽織らず、詰襟のシャツ姿で紅茶を手に庭を見つめていた兄は、私に気が付くと手を挙げてきた。
こんな日でも変わらない態度と笑顔に、私は気が抜けるのを感じた。
「もっと酷い顔かと思ったが、案外まともで安心したよ。」
「……、そう言えばお一人で来られたと聞きました。お義姉様は後からいらっしゃるのですか?」
茶化すようなその発言に、リアンの言葉が重なり、兄も心配してくれたのだろうと少しその態度に思う所もあったが押し黙った。
そして、領地から戻った母から手渡された義姉からの手紙に、“婚姻式には絶対に出席します。”と力強く書いてあった一文に今日会えるのを楽しみにしていたが、どうやら一緒に来ていないと聞きその疑問を口にする。
「ああ、最近体調が悪いと言っていたんだが、どうやら懐妊していたらしい。」
「……えっ!?」
「だから今日の婚姻式には大事を取って連れて来なかったが、絶対に行くと聞かなくて、昨日は屋敷への到着が遅れたよ。」
「……そうですか。ふふ。」
あまりにも急な話に驚いたが、困ったように義姉の話をする兄の表情には優しさが滲み出ていて、込み上げてきた喜びに顔がほころぶ。
「お兄様!おめでとうございます。」
「あぁ。……ありがとう。母には伝えていたが、行くと聞かないアイチーに、当日まで様子を見ることを話し合って決めていたから、母上もお前に伝えられなかったのだと思う。」
「きっとそうですね。それよりも、産まれたら何を贈りましょう。やはり服や装飾品でしょうか?それとも何か玩具の方が宜しいですか?」
「………。」
「お兄様?」
「……いや、祝いはこちらで好きに買うからこれで良いぞ。」
お祝いの贈り物について話を振ったが、ただ黙って頬に手を当て、人の顔を見つめてくる兄に問いかけると、突然手を親指と人差し指だけ立て、らしいお祝いを求められた。
「……お兄様は、こんなお祝いごとの時にも現金を要求されるおつもりですか?贈る側の気持ちと言うものも……。」
「……ボイティ、身内だからに決まっているだろう。それに金はな、こんな時にもどんな時にも必要だ。それは教えていた筈だが、お前は最後まで何も分かっていないのか?何かある度にそう金を馬鹿にする奴らは本質を理解できていないんだ……」
そんなブレる事のない兄の思考に呆れた視線を向ければ、笑みを深くしてお金がいかに素晴らしいものなのかを淡々と語り始めた。
(あぁ…失敗したわ。こんな日にお兄様の前でなんてことを…。)
小さい頃から何かあれば兄の部屋に連れて行かれ、笑顔で嫌という程教え込まれ続けるお金の話は、泣いても喚いても暴れても続けられた。
そして、最後はいつも、どんな風に家が無くなるかという末路を聞かされ、その後はただひたすらに謝り続け、ようやく部屋から出してもらえたのだ。
(今もよく行くお店の店主と知り合った時が一番酷かったわ…あそこまでは続かないと思うけれど……)
その中でも、かつて市に行った際“龍涎弦”と“アーヒャッヒャッヒャッ”を購入したいと屋敷に戻ってから伝えた時には、二度と部屋から出して貰えないのかと思うほどに話は長く続けられ、黙って話を聞くことに限界を迎えた私は、恐る恐る涙も枯れ果てた乾いた目を向け、購入したい相手が当時はまだ店を持っていないことを伝えると、ふと目を細めて少し熟考した後で、ようやくいつも通り家が無くなる話をされ、謝り続けて解放された。
(家を出る日までも説教されて終わるなんて……。)
「……それと幸せは買えないと言うが、持っていればいざという時に、……必要な誰かを守ってやれる。金は偉大だろう?」
憂鬱な日に更に憂鬱になってくる話を聞き続ければ、最後には優しく語りかけるように話を終わらせた。
「お兄…」
「だから気にせずに、来れる時に好きなだけ持ってきて良いぞ。」
「………はい。」
家が潰れる話を待っていたが、いつもとは違う締めくくりに、家を出る今日まで兄の本質を勘違いしていたのかと思ったが、最後の言葉でやはり何も勘違いをしていないのだと顔を見て納得した。
そして、明確な金額を提示されない兄夫婦へのお祝いに、幾ら包めばいいのか分からないまま、私は返事をした。
ーーーーー
ーーーー
ーーー
ーー
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」




