⑦
(はぁ……。今日で終わりますように。)
ーー“カンッカンッ!!”
「……入れ。」
良く知る部屋の前、焦げ茶色の扉に取り付けられているドアノッカーを祈る様な気持ちで叩く。
中から溜息混じりの返事が聞こえてくるのをいつものように待ち、ドアノブへと手を掛けた。
「失礼致します。」
「…………。」
扉を開け室内に入ると、こちらに視線は向けない父に微笑みかける。
父は、金色の短い癖毛に隠れた眉間に皺を寄せ、執務机に積み上げられた大量の書類に目を通し続けている。
「お父様、本日のお相手の方にもお断りのご連絡をお願い致します。」
「…………。」
あの日から2年が経った今も、顔合わせのお茶会は開かれ続け、あまりの回数の多さにいつしか相手の名前すら覚えることもしなくなった。
そして、顔合わせを終えて馬車に乗り込む相手を見送った後は、縁談を断る為に父の執務室へ向かう流れが出来上がっていた。
「……そうか。……次のお相手との日程は侍女に伝えてある。他に用件がなければ下がれ。」
「…………はい。」
この流れに慣れきった父も、こちらを一瞥してから一方的に話を終わらせ、視線を再び書類に戻す。
その変わり映えのない対応に今日も不満を感じつつ、この場で何を伝えてもすぐにつまみだされた経験から、ひと言告げて執務室を後にした。
(顔を潰す訳にもいかないから取敢えず逃げ出さないけれど、お父様もそろそろ諦めて下されば良いのに……!)
窓から覗く陽気な空を眺めて、すでに父との我慢比べの様になっている顔合わせのお茶会がまた開かれる事に憂鬱を感じながら、部屋へと続く通路を歩き戻る。
角を曲がり遠く見えた部屋の前には、大きなカバーが被せられたカートと共に侍女が待っていた。
「お嬢様、お茶のご準備のついでに、次回開かれるお茶会の日程を、お伝えに参りました。」
「…………。」
「その様なお顔をなさらないで下さい。」
嫋やかに笑う侍女に扉を開けられ、更に疲れが倍増しそうな話題に表情が無くなってしまっているのだろう、窘められながら自室へと入る。
白を基調とした部屋に置かれている常磐色の柔らかな長椅子に腰を掛け、お茶の準備を始めた侍女に、静かに視線を向ける。
(今回は頷いてくれるかしら……。)
「……ラヴーシュカ。」
「はい。」
「貴女、次のお茶会は代わりに出席しない?」
そう微笑み見つめると、いつも通り困った表情で、準備したお茶を目の前のテーブルに置いてくれた。
「お嬢様、毎回とても面白い提案ですが、今回もお断りさせて頂きます。」
「……そう、とても残念だわ……。」
「その様に気落ちなさらないで下さい。では旦那様からお伝えするようにと言われた次のお相手の詳細と日程ですが……」
ラヴーシュカはいつも通り慰めのような言葉を掛けてきたが、直ぐに淡々と聞きたくもない話を始めた。
(本気なのだけれど、どうも伝わらないわね……。)
今回も身代わり作戦を断られ少し肩を落とすと、部屋をぼんやり見つめながら、用意されたお茶を口にして話を聞き流した。
「……これで以上です。衣装については後程、他の者が参りますので私はこれで下がらせて頂きます。」
「……ラヴーシュカ!」
「はい、お嬢様。何かご質問がございましたか?」
「……貴女の気が変わったら、教えて頂戴。」
「……失礼致します。」
日程を伝え下がろうとした少し年上の侍女の背に、何故か分からないが急に胸騒ぎを覚え、今回は縋るように声を掛けた。
すると、驚いた表情を浮かべた侍女は、返答することなく苦笑いを浮かべ、部屋を出て行ってしまう。
「はぁ……。本当に限界なのだけれど……。この無意味なお茶会はいつまで続くのかしらね……。」
一人になった部屋の中で、先程まで顔合わせ相手に繋がれていた、まだ少し強張っている自分の手を見つめ、どうにもならない現実に溜息混じりの呟きが漏れる。
上を向き、天井に描かれた緻密なダマスクの模様が、まだ日が高く明るい室内では鮮明に映り、余計に感じる疲れにゆっくりと、瞼を閉じた。




