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(プトゥも戻らない、相手も見つからない、…もうどうにもならないのか?)
プトゥを向かわせてから日々は過ぎ、薄暗い薬瓶が並ぶ部屋の中で、不思議な花が描かれた陶器を見つめていたモイヒェルは、深く溜息を吐くと、座っていた簡易的な黒い長椅子に横たわった。
(今の状況では自分で試す事も出来ないが、必要なものは作り終えて用意は終わっている…連絡を待たずに…動く訳にはいかないしな……。)
「戻ったぞ。」
「?!どうだった?」
相変わらずの記号ばかりが届く相手探しにも、準備を終えても動くことが出来ない自分にも気が滅入り、指を組んだ両手を顔の上に乗せ長椅子に寝そべっていた所に、戻って来たプトゥの声に弾かれるように身体を起こし、声を掛ける。
「分かった。好きにしていいって。」
「っ!!そうか。」
手紙で送った内容の返事を聞き、二日後に迫っていた婚姻式までに、依頼相手との話を纏めなければと、クローゼットを開け、黒の仕事着を取り出す。
「今から会いに行くのか?」
「ああ!もう時間が無いからな。」
テーブルに置いていた依頼が書かれた便箋二枚を手に取り聞いてきたプトゥに着替える手を休めず返事した。
「まぁ、この依頼はもしかしたら相手の方が納得出来ずに断ってくるかも知れないしな。そうなったら話が変わるだろ?どうすんだ?」
「……さぁな、どうにかするさ。お前等にだって関係無い話じゃないだろう?じゃあな!」
身支度を整えプトゥの手から手紙を取り上げると、急いで部屋から飛び出した。
「まぁ、……でも全ての条件じゃあないみたいだけどな。」
部屋に残ったプトゥが、含み笑いを浮かべながら発した言葉は、モイヒェルの耳には届かなかった。
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(全然眠れないわ……。)
暗闇が空を覆い、もう皆が寝静まった時刻に、部屋のランタンの灯りを消す事なくボイティはベッドの上で天井を見つめていた。
(秘香枯も既に全部無くなっていたし…リアンったらいつ片付けていたのかしら…。)
準備が始まってから、お茶の時間もままならない程に怒涛の日程が組まれ、只々こなしていく日々が続き、漸く今日を終えて、少し空いた時間に庭へと向かったが、既に花は全て無くなっていた。
(はぁ……。とうとうね。)
明日を控え、いつもより早く寝るようにと部屋に押し込められたが、全く眠気が起こらず、嫌な事を忘れるように、違う事に意識を向ければ、また思い出してを繰り返し、頭の中が休まらず、いつもよりも遅い時間まで目が冴えてしまい、気が付けば婚姻式前日はもう後数分と僅かな時間になっていた。
(そういえばモイヒェルから1度も連絡が来なかったわ。何かあったのかしら……。)
ベッドの上で久々に暇を持て余していると、外から差し込む月の光が、あの時の光景に良く似た室内にモイヒェルから、未だに何の連絡もない事を思い出し、気にかかった。
「今日はいつもより夜更かしか?」
「?!……モイヒェル……。遅いじゃない!」
いつの間にか来たモイヒェルに安堵を覚えながらも、思い浮かべていた恥ずかしさに憎まれ口を叩き、ベットから半身を起こして彼に向き直れば、いつもと変わらない雰囲気だが、何処となく疲れきっているように見えた。
「ギリギリまで聞けるだけ声を掛けていたんだよ。まあ全滅だったがな。」
「…そう。」
声はいつもと変わら無いが、その色の悪い顔に今まで無理をさせてしまったのかと思い、最後の相手に聞いて、もうこの婚姻からは逃げる事を諦めようと、気持ちを落ち着かせる。
「あのご子息の仕事の速さには目を見張るよ。」
「……どういうこと?」
呆れた声で肩を竦めるモイヒェルに、何処か演じているような違和感を覚えたが、ファーレが起こした奇妙な行動に、モイヒェルがあてられただけなのかもしれないと思い直し、続きを促す。
「ビッダウ国外の貴族に声を掛けている筈なのに、お前の名前を出すと、スヘスティー公将家を敵に回す気は無いと、誰も彼も名前を確認した途端に、泣く泣く断ってくる。余りの手の回し様に、感心しか湧かなかったな。」
「そう…なの…。」
冷静を装い頷いたが、背中に冷たいものが伝う。
外交に出ることのない他国の人間の名が諸外国の貴族に知られている、その異常な事態に、最初から逃げ場は無かったのだと突きつけられたようで、心が冷えていくのが分かる。
「……。」
それでも最後の望みをかけ、目の前で眉を寄せた表情を見せる相手に、ベッドの上から真剣な視線を向けた。
(…告ればこの関係が終わってしまうのかしらね……。)
拒否され、二度と会えなくなるかもしれないと少し怖気づいたが、毛布の端を握りしめ覚悟を決めた。
「モイヒェル、私の貯金を全部渡す。受けてくれたら土下座もするから…、私と白い婚姻を結んでくれない?」




