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様々な薬品が置かれた薄暗い部屋に一人居たモイヒェルは、やって来た伝書ガラスの足に巻かれた金属に書かれた「✕」の記号を見て落胆した。
(ここまでとはね…。本当参るよ。)
あの夜の後直ぐに各大陸に人を向かわせ、地位はあっても懐の内情が苦しい家に声を掛け続けていた。
最初は乗り気で話を聞いていても、探している娘の国名を伝えただけで、その後沈んだ面持ちになり、ボイティの名を相手の口から問われた後、首を横に振られると、毎日数十通同じような内容が伝書で届き、報告を読むのも気が滅入り、是非を記号だけに変えていた。
(それだけスヘスティー公将家がってことか……。然し、アイツ全大陸で有名になってるな……。)
ーーパタッパタッ
ボイティに渡した伝書バトが目の前を横切り、手の平を上に向けると“ちょこん”とくりくりした瞳を向けて上に乗った。
(……緊急か?)
ついこの間婚姻の日程を書いた紙を括り付けてやって来たこいつに、訝しげな視線を向けるが、黒目がちな瞳でじーっと見続けてくるバトに毒気が抜かれ、足に括り付けてある金属を外すと、中にある紙を引き抜き短い文を読む。
「何だこれ!もう日が無いじゃないか?!」
紙に書かれていた内容に驚愕し、焦りが口をつく。
「おいおい…、さすがに、どうすんだこれ?」
黒装束を纏い、気配も無く隣にいたプトゥは、横から手紙を覗くと苦笑し、銀の様な白の様な降り積もった新雪によく似た色合いの短髪を揺らす。
「…クソッ!!…予定変更だ。お前これ持って一度国に戻ってくれ。」
「……。」
薬瓶が並ぶ簡素な机の引き出しから、急いで最後の手段にと用意をしていた、自国の王への嘆願書が入った封筒を取り出すと、プトゥに渡した。
(確実にこれで助けられるが…アイツが望む両親の様な生活は望めないな……。)
お互いを尊重し、自由だけを求める夢みたいな婚約を手に入れたいと願うアイツに、今の婚姻相手との生活よりも更に自由のない牢獄に入るような婚姻を結ばせて良いのか悩んでいたが、届いた変更の日付に、もうそんな悠長な事を言ってはいられないと、縋らわざるを得ない状況に気分は落ち込んでいく。
「それで?他の奴らには撤収で声を掛けるか?」
プトゥは渡された金に縁取られた緑色の一樹模様が刻印された封筒を面倒臭そうな表情で扇の様に振り、今回出した指示について聞いてきた。
「いや、そのままギリギリまで声を掛け続けて貰う。但し日程が変わった事だけ急いで連絡を入れてくれ。」
「はいはい、分かった分かった。」
「あぁ!!!!もうここまできて本っ当に!!」
何処か呆れたような声を出すプトゥに気を使われている事がわかるが、もう少しで終わる筈だった任務が、最後の最後に全てをひっくり返されると思ってもみなかったやり場のない怒りを声に出し、頭を掻き毟る。
「ああそれと、急ぎで二つ別の依頼が届いてるけど……、これ、どうする?」
そんな俺に意地の悪そうな笑みを浮かべたプトゥは、目の前に黒色の封筒を二枚差し出してきた。
「あっ?こんな時にどうするってなんだよ!取敢えず見せろ!!…………」
「で?どうする?」
そこに書かれていた依頼内容を確認して固まった。
そんな俺を、意地の悪い顔をしながら眺めていたプトゥは、分かりきった答えを待っていた。
「………プトゥお前性格悪いな。今それを書き直すから少し待ってろ。」
「ッフ!ああ。」
(難しいかも知れないが上手くいけば、あいつの希望を叶える事が出来るかも知れない。)
ーカッ、カッ、カッ、カッカッカッ、カツ……シュッ!
「出来た!今渡すから、あと少し待ってくれ。」
(何か変な視線が、…何だコイツの顔?)
「どうした?」
「さっさと持って行って、さっさと戻って来い!!」
急いで書き直した嘆願書を、新しく黄のような金のような不思議な色をした一樹の模様が刻印された封筒に入れていると、書いている時には集中して気づけなかった、ニヤけたプトゥの視線に、最後に封蝋を押して出来上がった手紙を投げつけるようにして渡した。
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「皆頼んだぞ。では、準備に取り掛かってくれ!」




