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『………お兄様私今頭が痛くなってきました。そしてお兄様の事が嫌いです。』
兄を見送る為に、父と母と、数名の家令達と共に玄関口に並ぶと、相変わらず表面上人の良さそうな笑顔で近づいてくると、力一杯抱きしめ、褒められた内容は、自分の行動により大変有り難くない状況に追い詰められている深い傷へ塩を塗り付けてくるようなものだった。
『はいはい、分かった分かった!【それと、次に何かするのならもう少しまともに考えろよ。昨日の夜お前の部屋から出ていった誰かにも、そう忠告しておけ。】』
『………はい。』
小声でモイヒェルの事だと分かる呟きに、相変わらずの恐ろしい慧眼に、言い訳しても無駄だと、ただ黙って了承を伝える。
『よし!』
すると抱き締めてきた腕を離し、次は大きな手でグリグリと頭を撫で始めた。
『はぁ〜。これからお前の軽口が聞けなくなるかと思うと、少し寂しいがな…。』
『いい加減……。』
兄の乱雑すぎる扱いに文句を告げようと手を払い顔を上げて見遣れば、幼い時に一度だけ見た、眉を下げた懐かしい表情に言葉が詰まる。
その顔から、もう二度と会えない想像をしているのが分かり、何処まで知っているのかと只々恐ろしくなった。
(他国に嫁ごうとしていることも知っている…の?でも、白い婚姻だもの、たまには帰って来るわよ…。)
『【まだ……分かりませんわ。】』
『馬鹿だな…。』
大きな声で文句は付けられず、小さな声で不満気に呟いて下を向いて呟くと、今度は二度頭を優しく叩かれ、表情は何時もの食えない笑顔に戻っていた。
『では、父上、母上、今度は妹の婚姻式の日に戻ります。』
『ああ、分かった。決まり次第連絡を入れよう。道中気を付けてな。』
『怪我をしないよう、気をつけて帰りなさい。母も後で参りますからね。』
『はい、父上、母上、ありがとうございます。母上に指摘されない程度にはアイチーと努めておきます。じゃあな愚妹!本当困ったら助けてやるよ。今回の働きに免じてタダでな〜。』
「はい、鬼ぃ様その時は宜しくお願いします。さよ〜なら〜。」
早く領地で待つ義姉に会いたいからと馬車を置き去りにし、颯爽と一頭の馬で駆けていく兄の背に、力なく手を振り見送った。
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(………相変わらずの守銭奴ぶりだし!何もかも見通されているし、一生勝てる気がしないわ……。でも、嫌いなんて言い過ぎたかしらね?)
身内にも色々と容赦の無い兄だとしても、本気で困った時に頼れば、何としても助けようとしてくれる心強い一面もあり、本当の意味で嫌いにはならなかった。
(色々あり過ぎて頭が重いわね……今日は予定が空いていたわよね。久々に外に出ようかしら?)
部屋迄もう少しの所で、昨日からの慌ただしい現実の移り変わりに疲れ、珍しい植物を物色しに街へ出かけようかと今日居たお付の侍女を思い浮かべた。
「リアン…は、今日はお休みだし、ラヴーシュカは辞めてしまったし…、今日はアンキラ、ストメート、カマリエ、ディーンスの顔ぶれだわ……無理ね。」
しかし、街に行きたいと言って付いて来てくれそうにない顔ぶれに諦め、庭の散策に出かける事にした。
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「貴方は…分かっていてこんな事をしたのかしらね?……ラヴーシュカ?」
本日休暇の筈のリアンは、桃色の髪を一つに纏め、普段着だろう首元までレースがあしらわれた長袖のブラウスに、足首まで長さのある薄茶の長いタイトなスカートで桃源花が見頃を終え、池が薄い青色に戻った東屋の向かい側から見える、森の様な庭園にいた。
そして、その手にはどの国からも禁忌とされる唇状の白い萼を持つ薄青の花が握られていた。




