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淡い月明かり下バルコニーで蜜酒を飲んでいると、屋敷を出ていく人影が映り、その方角にどの部屋から出て来たかの察しが付き、苦笑が漏れる。
「エレミタ?貴方がその様に笑う姿は久し振りですね。」
「母上……。」
ランタンを持ちバルコニーに独り訪れた母は、朱色の瞳を瞬かせ意外そうな顔をしながら、向かい側の椅子に腰を掛けた。
「もう連絡は入れましたか?」
「はい。決まった直後に、伝書バトにて相手国には連絡を入れております。」
「そう……。受けてくれれば良いけれど……。」
今日で随分と疲れたのだろう、睫毛を伏せて出来た陰が、より一層色の悪い顔を目立たせる。
「しかし父上には困ったものですね。忠告を忘れて、母上に相談もされずにあの様な……。」
「貴方にもだけれど、子供への愛情が深い方なのよ、そんな風に言わないであげて頂戴。」
「お分かりだと思いますが、私達と言うより、母上への、だと思いますけれど。」
「………。」
元公将家の令嬢だった母は、どんな理由からかは分からないが下の家格である父の元に嫁いだ。
気質がよく似ているからと、小さな頃から色々と教えて貰ったが、似ているということは、だだ自分で出来る自由を求めただけなのかもしれない。
「十日以内には連絡が来るでしょうけれど、私が到着する前に訪ねて来たら対応をお願いね。」
「はい……。」
そう言うと、母は立ち上がり、バルコニーを後にした。
(どんな状況になるのだろうな……。)
ランタンの明かりが無くなったバルコニーは、また淡い月明かりのみの静かな空間に戻り、独り物思いに耽る場に変わる。
(本当にバカだ…。)
結ぶ筈が無かった相手との婚姻が決まってしまった妹の、今後を想像すれば何とも言えない気持ちになり、蜜酒を飲む手は止まらなかった。
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「お嬢様昨日の件で旦那様がお呼びでございます。」
「…そう…分かったわ。」
話し合いの翌日、お昼を過ぎ庭園でお茶をしていると、ヴァルターが呼びに来たが、態々“昨日の件”を付けた事に予想が付き、力なく了承を伝え、重い足を引き摺るようにして執務室へと向かった。
「スヘスティー公将家から正式な婚姻の申し込みが届いた。」
「……はい。」
「それでだが…申し込み以外にもこちらが同封されていた。」
予想通りの件に落胆が隠せず、ため息混じりに返事をすると、父は困った様な顔で書面を二枚取り出し、テーブルに乗せた。
(時間が無いのは分かっていたけれど、流石にもう少し後だと思っていたわね…。日程を延長は…はぁ??!!。)
一枚は婚姻の申し込みについて書かれ、もう一枚には婚姻式の日取りが立てられた書面だった。
その日程は一月後のオクラドヴァニアへ嫁ぐ筈の日と同じだった。
「こちらはまだ決定では無い。日を延ばす事も可能だ。ボイティ、お前がどうしたいか意見を聞かせてもらえるか?」
(以前のオクラドヴァニアと挙げる予定だった日に、決まって間もない期間で挙げる事に驚いたけれど、此処でまた延長を求めても…。はぁ…。)
指を組んだ手を顎につけ、困った顔のままの父に尋ねられたが、答えは既に決まった。
「…先延ばしにしても結果は変わらないでしょうから、元から嫁ぐ予定だった、その日程で構いません。」
一瞬延長を考えたが、脳裏に浮かんだ顔に諦め、既に決まっていた日程に相手がただ変わるだけだと、表面上拒否する事無く父に承諾を伝える。
「そうか、分かった。スヘスティー公将家にはそう伝えておこう……。ボイティ……本当にすまない。」
「………。」
そう最後に辛そうに呟いた一言に、父の後悔が詰まっているのが分かったが、この婚姻から逃れようとまだ足掻いてる自分が、その言葉に何と返したら良いか分からずにただ困り、黙って眉を下げて微笑み返すと、執務室を後にした。
(本当に婚姻が決まってしまったわね。…お兄様は私が何かしようとしている事は気が付いていたようだけれど、邪魔をする気はなさそうだったわ……。)
婚姻の正式な決定に意気消沈してしまい、部屋に戻ろうと屋敷の通路を歩いている途中、ふと窓から覗く屋敷前に伸びている馬車道が見え、今朝早くに見送った兄のことを思い出す。
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『お前本当に色々と下手くそだな。ただ、スヘスティー公将家との縁が出来た事と、ヴィルカーチ侯将家に恩を売れた事は素晴らしい働きだったと思う。妹よ偉い。』




