⑤
ボイティの父ファトゥはガゼボから戻ると応接室へ入っていく。
「アルカルデ子将家家長殿戻るのが遅くなり申し訳ない。」
「とんでもない。ここから見渡せる景色を楽しんでおりましたよ。」
応接室の窓辺に立っていた相手は柔和に笑い、テーブルに置かれたカップの前に座った。
ーーカンッカンッ
相手が座るのを確認してファトゥが向かい側に座ると、同時に部屋をノックする音が響く。
「入れ。」
相手の予想がついているのだろうファトゥは自然と外の相手に声をかける。
「失礼致します。」
扉が開くと執事長のヴァルターがお茶のセット持って入って来た。
用意された二つのカップにポットからお茶を注ぎ淹れると、ファトゥとアルカルデ子将家家長の前に置き、先に用意してあったカップを下げた。
「……その後茶会の様子はどうだ?」
ヴァルターがお茶の用意を終えると、ファトゥはヴァルターに少し緊張した面持ちで現在のガゼボの様子を尋ねる。
その問いかけの内容にアルカルデ子将家家長も少し表情を強張らせた。
「受けた報告では順調との事です。」
「そうか……。」
答えを聞いたファトゥとアルカルデ子将家家長は、それぞれ湯気の立つカップに手を伸ばすと、互いに一口お茶を含む。
「他に何かございますか?」
「いや…大丈夫だ。ありがとう。」
「では、失礼します。」
執事長のヴァルターが部屋から出て行くと、二人は互いに安堵した表情を浮かべ、応接室の雰囲気は自然と柔らかいものになった。
「ご懸念されていた状況にならずに良かったですね。」
「ええ、本当に。アルカルデ子将家家長殿…今回は無理を言ってしまい申し訳ない…感謝致します。」
「お気になさらず。一度もお披露目の場に出て来ない、エクソルツィスムス子将家のクリプタントゥス。」
「………。」
「想像以上にお可愛らしいご息女を、エクソルツィスムス子将家家長様がご心配されるお気持ちは同じ男親として理解出来ました。」
「ハハハ…。然し向こうの子将家とはほぼ話し合いで決まっていたのですよね?」
ファトゥは、初めて聞く娘の二つ名に何とも言えない乾いた笑いが口から漏れると、今回話しを引き受けてくれた相手への懸念を口にした。
「そう言った話は確かにあります。ただ、あちらは年齢的な問題がありませんので、今回ご息女との話が纏まっても、我が家にはまだ息子がおりますから。」
「そうですか…。そう言って頂けると少し肩が軽くなる気がします。」
「ハハハ!そう言えばエクソルツィスムス子将家家長様は何故同年代でご息女のお相手をお探しに?その条件さえなければどの子将家も縁を結びたいと仰られたのではないですか?」
苦笑しながらファトゥは肩を下げて見せるとアルカルデ子将家家長は高らかに笑い、思っていたのだろう疑問を口にした。
「それは…お恥ずかしい話、今まで屋敷から出したことの無い娘は社交に不安を残してまして、出来れば同じ年位の方と…まぁ過保護が過ぎるかもしれませんが。」
「なるほど…。確かにどの家共縁が無いまま、いきなりご息女が社交の場に出れば、色々と屋敷が大変な事になるかもしれませんしね…。」
「ハハハ…。我が家の娘よりも寧ろそちらのご子息の……
それとない理由を伝えたファトゥは、先程からのアルカルデ子将家家長が娘に向ける評価に何とも言えない気持ちが過ぎりながら、その後も些細な会話を続けていく。
ただ頭の隅には最愛の妻が見せた凍えるような微笑みと何度となく送られて来ていた頭の痛くなるような家名からの手紙が浮かんでいた。




