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「ああ、そうかも知れないな。」
兄に促され父が何かに悩むように考え始めそれが何となくファーレとの婚姻についてのような気がして、握られていた手を放すと父に向って言えない言葉を心の中で叫びながら左右に首を振る。
(お兄さま!分かっていて頭で算盤を弾くのはやめて下さい!お父様違うのよ!!良く分からない言い分に丸め込まれないで!全部嘘だったの!)
それを見ていた父とオクラドヴァニアは何かを感じ取ったのか神妙な顔になり、母は扇で隠した真剣な表情のまま動かず、兄は鼻で嗤っていた。
其々の表情に気が付いてくれたと安心したのも束の間だった。
「ですので、ヴィルカーチ侯将家ご子息様へは、違約金と言う形でエクソルツィスムス子将家からお渡しする筈だった金額の倍は、当家からお渡ししたいと考えております。」
「え?」
「「………。」」
突然ファーレがオクラドヴァニアに破格の金額を渡すことを告げ、驚きにより声を出してしまう。父とオクラドヴァニアは声を出すことは無かったがその顔はとても驚いていた
「本来ならエクソルツィスムス子将家で提示されている金額のままでも良いかと思いましたが、僕とボイティは今日までお互いに想い合っていた事を確認することも無く清い関係のままでしたが、本当に愛し合っていたお二人がいたお陰で、こうして互いの気持ちを学院卒業の日に確かめる事が出来ました。私からの感謝の気持ちとしてお渡し致しますので、倍以上でも構いません。どうぞお好きな金額をご提示下さい。」
(……流石公将家は桁が違うわね。)
何やら嫌味のような事を告げていたが、ファーレが提示しようとしている金額は倍でもフリーデンの総売り上げ一年分程にもなる。
金額を知らないまま、それ以上でも構わないと平然と告げるその財力には感心しつつ、オクラドヴァニアが頷くのは目に見えた状況に助けを求めることを諦め視線を下げた。
「………オクラドヴァニア、スヘスティー公将家ご子息がこう言ってくれているがどうだ?」
父も同じ考えのようで、心は決まっているだろうと
確認の為に一応聞いているようだった。
「あまりにも寛大な心遣いに何と申し上げれば良いのか分かりませんが、お話しを聞いていて受け取るべきでは無い物だと思いますし、…何より今回の件が真実だったならこのまま私に嫁ぎたいと言ってくれている彼女、ボイティの言葉を無視する事になってしまいます。」
(…オクラドヴァニア……様?)
オクラドヴァニアの話しを聞き、反射的に彼へ視線を向ける。
「それに、もし自分が助かる事が出来たなら、持参金は頂かず是非我が家、…いえ私の隣に並ぶ唯一の妻として嫁いで頂きたいと、エクソルツィスムス子将家家長様に進言するつもりでいました。」
「?!……。」
ファーレの申し出を断るとは思わず驚いたのもあったが、嫁ぐにあたって我が家から出される持参金もいらないといった彼の言葉に大きな衝撃が走った。
そして深い笑みを少し弛めた兄はどちらに舵を切るか悩んでいるのが伺えた。
「確かにそうだったな……、しかしそれではヴィルカーチ侯将家には厳しいのではないか?」
何処か断った事に納得を示した父だったが持参金無しとの話に心配するような眼差しをオクラドヴァニア向けたが彼はその眼差しを正面から受け止め強い意志が籠る瞳を父向けた。
「ご心配には及びません。エクソルツィスムス子将家家長ファトゥ・ダデ・エクソルツィスムス様、必ず家を建て直し、ボイティを幸せにしてみせます。」
「オクラドヴァニア様……。」
父の名を呼び言い切ったオクラドヴァニアに、今まで感じた事が無かった胸への温かみを感じたが、そのなんと言って良いか分からない感覚に、只々彼の横顔を眺めていると口が自然と彼の名を呟いだ。
「ボイティ…。」




