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指先と手の甲に擽ったい感触を感じ、声が漏れ左手で口元を抑え我慢していると、ファーレがいつもと変わらない表情を向けてきた。その後続く言葉に衝撃を受ける。
「ボイティ、僕と婚姻を結んで欲しい。」
(ん?………え?ぇ゛…え゛…え゛え゛えええええええーーーー!!!????)
あまりの衝撃に、左手で隠した口が勝手に開き、頭が真っ白になる。
私と同様にこの場の約1名を除く全員が最後の思い出を語り互いの道を進み行く為の挨拶が始まると思っていたのだろう、兄は深い笑みをそのままに、父は驚きにより目を丸くしてファーレを見やり、オクラドヴァニアは声を失くし私を見たまま固まり、母は額に開いた扇を当て表情を隠しながら頭を抱えていた。
「君が僕との身分を気にしていたなんて思いもよらなかった、だからいつもあんなに寂しそうに笑っていたんだね。」
「………。」
(サビシソウニワラッテイタ?誰の話し?)
あまりにも身に覚えが無さすぎる話しに別人の話しを聞いているようだったが、ファーレの視線はしっかりこちらを向いて、どうやらこの作り話を真実に変える気だと気が付き嫌な汗が全身から流れてきた。
「僕の心は1年より前からずっと君だけのものだよ。
今回の件は僕が早く行動していなかったから起きてしまった不幸な事故だったのだから全てスヘスティー公将家で責任を取る。だから安心して僕の隣に来て欲しい。」
(そんな事望んでませんからーーーーー!!)
「……ボイティ。」
(いきなりの事にお父様も困っているじゃない!何て事をしてくれるのよ!)
今回の話の手前、口から出そうになる叫びを飲み込み、手を振り払いたい衝動に耐え腹が立ち打ち震える身体を何とか抑えたが、自分を呼ぶ父の声にこの申し込みによる家への心配が感じ取れ余計にファーレに怒りが湧いてきた。
「ファーレ・テン・スヘスティー様……今回の件をヘスティー公将家で責任を取るとはどう言う事かお聞かせ願えますかな?」
この状況に困惑しているであろう父が婚姻に触れることなく今回のエクソルツィスムス子将家とヴィルカーチ侯将家の問題に何故関係が無いスへティー公将家で責任を取ると言い出したのか問いかけるとファーレは私の手を放すことなく立ち上がり父に向き直る。
「エクソルツィスムス子将家家長様、今回のヴィルカーチ侯将家ご子息様が不貞を働いたとの事ですが、想い合っている相手がお互いにいる状況では不貞とは言えません。」
「まあ、そうですな。」
「そして今回の件は、1年前彼女に救われた時すぐに僕がボイティに跪いていれば、もっと早くに違約金という形で婚約は解消され、お互い問題無く愛し合えていた筈です。しかしながら僕が彼女と漸く繋いだ一本の細い糸を断ち切ることになるのではと臆病になり行動が出来なかった事が原因ですので責任は全て僕にあります。」
(いや全くそんな話しは無いし今回の事だってそもそも……そもそも著名の手紙が届かなかったらファーレは?え??今得をしている……気はしないけど!?でも!何とかこの申し込みは無かったことにしなければ…。)
まだ決まった訳ではないが、もしかしたら今回この訳の分からない茶番が始まった原因がこれならば、何とか作り話とは感づかれずに終わらせなければならないと焦りを覚える。
「成る程、確かにそうかも知れませんね父上。」




