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「お嬢様入っても宜しいでしょうか。」
「どうぞ。」
ヴァルターに扉の外から声を掛けられ入室の許可を出すと、扉を開け恭しく礼を取りながら入ってきた。
「スヘスティー公将家ご子息ファーレ・テン・スヘスティー様が到着なさいましたのでお呼びに参りました。皆様既に応接室に集まってお出でです。」
「わかりました。」
座っていた椅子から立ち上がると口元に笑みを携え部屋から出て応接室に向かって歩いて行く。
もう既に私以外は応接室に集まっているのは父が裏で話を合わせない様に警戒しての事だろうが、元々人の話を聞かない相手に、端からその考えは捨てていた。そんな事よりあの新人の家令が何と伝えて連れ出してきたのか知らないが、スヘスティー公将家がファーレを寄越したということは、きっと何か大きな話を伝えたのだろう。考えるだけで胃が痛みだしてくる。
(やっぱり逃げ出していれば良かったわね…。)
どう転ぶか分からない話し合いの場へと向かう足取りは、表情に作った明るく軽い物では無く、まるで足枷でも嵌められているのかと思う程重く、その歩みは遅いものだった。
「ファーレ・テン・スヘスティー様急な呼び出しに応じて下さり感謝する。」
応接室の扉前に到着するとヴァルターにより開けられ、中の様子から話し合いは始まったばかりのようだった。
重厚な作りの応接室はいつにも増して空気が重い気がしたが直ぐに奥正面に座っている父と母に礼をすると四面席の空いている右側の椅子に腰を掛けた。
正面に座る青い顔のオクラドヴァニアの後ろに控えていたのは領地から急いで戻って来たのだろう、とてもいい笑顔で何か言いたげな兄だった。
(……これは相当怒っていらっしゃるわね。)
目が合った兄からそっと視線を逸らし、青い顔色のオクラドヴァニアを安心させるように微笑んで見せた。
「エクソルツィスムス子将家家長様、一体どうしたのでしょうか?僕がボイティ嬢をどう想っていたか聞きたいとの伝言を受け、我がスヘスティー公将家の家令達は大層驚いておりました。」
父と母の正面私の左手側に座っていたファーレは少し困った顔をしながら今回の件を父に訊ねていたが、どうやら家令は話を作ることもなく、父の言いつけ通りただ私をどう想っていたか聞きたいと、この場に呼び出したらしい。
「それは、この度は我が家の家令が不躾なお願いを口にし、公将家を混乱させてしまい大変申し訳ない。それにも関わらず呼び出しに応じて下さったファーレ殿には感謝しかないが、その内容の件でどうしても確認を取りたい事があるのですが宜しいかな?」
「何でしょうか?」
我が家の家令の心の強さと、何故そんな理由だけでスヘスティー公将家はファーレが我が家に来る事を許したのかと、今のこのあり得ない事態に頭を抱えたくなったのは家族も同じだったようで、各々少し眉を寄せると、迎えに行った家令の態度への詫びを父が告げ、本題に入り始めた。
「この度、娘の婚約者であるヴィルカーチ侯将家子息オクラドヴァニアが不貞を働きまして、処罰をしようとした所、娘も貴方と1年程前からお互い口には出す事は無かったが、想い合っていた事を隠していたから彼を許し、このまま婚姻を認めて欲しいと申したのです。」
「婚姻を?」




