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「ボイティ、こちらはアルカルデ子将家ご子息のエンプレアード君だ。彼の父上とは懇意の仲で、今日は彼の父君であるアルカルデ子将家家長が話があると我が家に来ているのだが、届け物も兼ねて一緒に来られたそうだ。」
「………?」
「………。」
「……!!!!!」
(……これは!?お父様に嵌められた!!!)
父の長い言い訳のような言い回しの言葉に、一瞬固まったが、直ぐに状況を察し、急いで引き返そうとするが、執事に引かれた椅子から相手が立ち上がる方が、ボイティが踵を返すより早かった。
「ボイティ嬢初めまして。」
「……エンプレアード様初めまして。」
暗めな赤紫の髪を撫でつけ、艶のあるネイビーの礼服を着用したエンプレアードと言う少年から名を呼ばれ挨拶と礼を受けた。
もう無視ができない状況に、引き攣りそうな顔を抑え込み、相手へ精一杯の笑顔で挨拶と礼を返すと、父は力強い手を肩に乗せてきた。
「ボイティ本来ならば父もこの場に同席したいのだが、先程伝えた通りこれから彼の父上と話をする為に応接室に向かわなければならない。終わるまでエンプレアード君の話し相手になって欲しい。頼めるか?」
(お父様ったら……、この期に及んでなんて分かり易い嘘を吐くのかしら。……嫌です!!!)
ボイティは、眼光鋭い笑顔を向けてくる父に、言葉にすることなく拒否を伝えるために、生温かい瞳を向けて応戦する。
「…………。」
「…………。……?」
しかし数秒後、ボイティは自分の身体から急激に血の気が引いていく感覚に襲われ、困惑した。
(?何かしら身体が急に寒気を感じ始めた気が……あぁ……自己防衛かしら……ね。……確かにここで逃げても……でも!……話し相手も!!……あぁどうしたら!!!。)
ボイティは、幼少期により植え付けられた、この場から逃げた場合待ち受けるだろう、謝っても許してもらえない兄の小言を無意識に思い出し、彼の相手をするか小言を耐えるかを、頭に浮かんだ天秤に其々乗せ始めるーー。
(いえ……まぁ……そうよね……鬼ぃ様よりはこちらの相手をする方がまだ耐えられる……気がするものね……。)
結果は目の前にいる相手へと瞬時に傾き、父に向けていた生温かな笑顔を渋々頬を上げて作り直すと、この戦いから身を引いた。
「お父様、分かりましたわ。」
「……そうか。ではボイティ、エンプレアード君を頼むぞ。」
安心した表情になった父が視線を外し、エンプレアードに向き直るのを見て、ボイティは頬に手を当て困ったような表情でエンプレアードに微笑んだ。
「エンプレアード様、私あまり世情に詳しくありませんのでお話に付いていけるか分かりませんが、それでも宜しければお相手を務めさせていただきます。」
「ボイティ嬢、僕もそんなに詳しくありません。それに本日はエクソルツィスムス子将家家長様が探されていた牙持蘭を、父と共にお持ち致しましたので、何処に植えるかをご相談させていただけませんか?」
(?!……すっかり忘れていたけれど…新しい植物に関して、お父様は嘘を吐いた訳ではなかったのね。)
持って来たと言う植物は、丸みのある白い花が咲き始めると、花弁の先端二ヶ所が斑入りの赤色に変化して伸び、まるで捕食後の牙が生えているかのように見えると本に書いてあった。
その珍しい花が庭園に植えられるのかと思えば、お茶会は兎も角、その話だけはとても魅力的で、緩む顔を抑えられなかった。
「それは是非!とても楽しみですわ。」
「そ……そうですね……。」
(……どこか具合でも悪いのかしら?)
「では、後は任せたぞ。」
何故か顔を赤らめた相手を不思議に思いながら見つめていると、後ろからカートを引いて到着した侍女達に一言告げた父は何やら含みのある顔をして屋敷に戻って行った。
「お嬢様どうぞおかけください。」
「……ありがとう。」
侍女により引かれた思惑が透けて見える席に着くと、既に用意されている庭園の図面を見ながら牙持蘭を植え替える場所について話し始めた。
「ボイティ嬢はどの辺りに植え替えたいなど希望はありますか?」
目の前に座るエンプレアードがお茶を飲みながら優しげに微笑み、広げた図面に掌を上げて指し示しながらボイティに尋ねる。
(やはり鬼ぃ様の小言の方が良かったかしら……。)
少年の横に見える丸みのある白い蕾を携えた牙持蘭に視線を向けると、ボイティは心の中で溜息を吐いた。




