⑮
（あぁ、後もう少しね……。）
葉百合が咲いていた花壇を過ぎ少し進むと、開けた風景が広がり、向かい側に大きな庭が見え始め、手前の辺は池の中に咲いた桃源花によって草花がキラキラと輝いていた。
”サアァーザアァー”
「ーーーっ！」
トンネルから出た所で少し強めの風が吹き反射的に目を瞑り被っていた帽子が飛ばされないように手で押さえるが、長い髪は風に捕まり舞い上がった。
（！？）
「驚いたわ…凄い風ね。」
強風が収まるのを感じ目を開くと、まだ緩やかに吹く風により靡く髪を目で追い、池の反対側の葉が茂る木々が枝を小さく揺らし合わせた爽やかな音を響かせる様子に意識が向き、目を遣りつつ再び歩き始める。
（あれは…？何かしら？）
庭との距離が近づいていくと、向かい側の木の幹で揺れ動くはずのない影に疑問を覚え、その場で立ち止まり、遠く目を凝らし見えたのはよく知る人物達だった。
（？？…オクラドヴァニア？と…ラヴーシュカ…？あんな所で何をしているのかしら…？）
それは父と話し合いをしている筈のオクラドヴァニアと部屋を整えている筈の自分付きの侍女の一人であるラヴーシュカだった。
（二人だけなの……？え……！？……えええええぇぇ？？！）
向かい側は風が強かったのか、木の幹の下で身体を寄せ合っていた二人がお互いに見つめ合うと、抱きしめ合い口吻を交わし始めた。
（…何が？いつから？！いえ！！そんな事よりも取り敢えずこの場から離れないと！！）
あまりにも衝撃的な場面を目撃してしまい驚きと困惑から立ち竦みかけたが思考が身体を動かし、急いでその場を離れると来た小道を少し速めに戻り始めた。
（取り敢えず此処まで来れ……）
「お嬢様そんなに急いでどうかなさいましたか？」
「？！……リアン…。」
（あぁ、お茶の事をすっかり忘れていたわ…どうにかしないと…。）
ボイティが小道を半分程戻ると侍女のリアンと出会し、何故東屋に向かっていたのかを思い出したが再び戻ることは出来ない事態に何か適当な理由は無いか考え始めた。
「ええと…少し体調が悪くなってしまったのよ。お茶は中止して部屋に戻るから貴方も屋敷に戻って頂戴！」
「……かしこまりました。」
然し慌てた思考では良い理由は思い浮かぶはずも無く、その上一刻も早く部屋に戻りたい気持ちが勝ると、ボイティは元気よく体調不良によるお茶の中止を伝え、怪訝そうな顔をしたリアンをその場に人り残し再び小道を戻って行く。
（何も思い浮かばなくて押し切るしか無かったけれど今はそれどころじゃないのよ！！）
ひたすら目指した部屋に到着して直ぐに寝室に入り、勢いよくベットに倒れ込むと枕に顔を埋めた。
（どうしましょうあの2人が付き合っていたなんて誰かに知られたら大変なことになって………あれ？でも知られたら私から婚約解消でき……いえ！待って？もしこのまま知られなかったら？……知られなければこのままでも？…そうよ！！寧ろその方が良いわ！婚姻式を迎えた後、ラヴーシュカを伴ってヴィルカーチ侯将家に嫁げば、彼の相手をする必要は無いし、私は彼の隣に立つだけの婚姻生活が送れるかもしれない！そうなれば逃げる理由も無くなるのよ！）
混乱した頭が冷静になるにつれて落ち着いて彼ら2人の関係を考え始めると、このまま表沙汰にならずに続いていけば大変都合の良い状況が出来上がる事に気がつき世界が一変した。
（……もしそうなったらなんて素敵なの！！！）
先程まで顔を埋めていた枕を胸元に抱きしめ直すと嬉しさのあまりだろう興奮して左右の足を動かしベッドの上で弾ませだした。
（あの時は自分を呪ったけど、今はあの時の自分を褒めてあげたい！！）
ある理由から元々誰とも婚姻する気が無く様々な人達との顔合わせも父の手前仕方が無く無視せずこなしていたボイティだが、オクラドヴァニアとなら婚姻出来るのかもしれないと無意識に小声で呟いた声を聞いた家令が父に伝えた事により、両家同士は直ぐに婚約を決めたらしい。
（あぁ、心配事の無い婚姻を結べるかもしれないなんて…これ以上の幸せはないわね！）
正式に決まった後に理由を尋ね聞かされた、思い当たるが自分の記憶にないうっかりに落ち込みもしたボイティだが、そのお陰で今は、態々勘当同然で婚姻後直ぐに飛び出さなくても済む未来が見え始め、乗り気になれなかった婚約相手との婚姻生活が輝かしいものに見えだした。
（こうなったら私が絶対に他の人達から2人を護ってみせる！！）
自分と彼らの幸せの為に密かに応援し護る事を勝手に心に決め、枕から離した片手を前に突き出し握りしめて拳に変えるとギュッと力を込めた。
