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それは見頃を迎えた白麗鈴が白い大きな膨くらみのある花を咲かせ屋敷の庭園でばかりお茶の時間を過ごしていた頃だった。
「今日はいつもの庭園ではなく池近くの東屋でお茶をしたいの。先に行っているから用意ができたら持ってきて頂戴。」
「かしこまりました。」
久々に桃源花が咲き始めた東屋でお茶の時間を過ごそうと思い立ち、侍女のリアンに場所の変更を伝え向かった先での事だった。
「う゛ぅ゛…それにしても暑いわ…。」
(取敢えずあの中に入れば……。)
日除けの帽子を被っただけでは少し歩くだけで汗が吹き出してくる、まだまだ暑さが引かない季節に、目指すには遠すぎる東屋に向かう為屋敷の庭を過ぎ、漸く青々と茂る手入れのされた緑色のトンネルが見えて来た。
「ふぅ〜、思った通り此処は涼しいわ〜。」
歩みを早め急いで小道の中に入れば、肌を刺していた日差しは柔らかな木漏れ日に変わり、先程までかいていた汗は嘘のように引き始め、ゆっくり目的地を目指し歩いていけば、辺りから響き渡る今日限定の虫たちの奏でる音色に耳を傾け、先程迄とは別の世界に入り込んだ様な雰囲気に気分は酔いしれ、至る所にある季節によって植え変えが行われる花壇を眺めながら更に気分は高揚していた。
(この花は……。)
然し、暫く進んだ先で咲いていた花に現実に引き戻されると急激に気分は落ち込みだした。
『一生変わらぬ気持ちを君に捧げたい。俺と婚約してくれないか?』
(私はあの時なんと返事をしたのかしら…?)
お茶会で決まりはしたが約束通り翌日正式に婚約を申し込みに来た相手から贈られた花束に使用されていた葉百合の咲いている花壇が目に留まり、今日は父を尋ねて屋敷に来ていた事を思い出した。
「は〜ぁ。」
(オクラドヴァニアが屋敷に来ているのはきっと父に新たな事業の融資を頼むためね…、この話しが決まればどんなに冷たく当たっても彼との婚約を解消する事は無いのだわ…。)
婚約者として決まった7歳年上のオクラドヴァニアを思い出し気分が沈んでしまうのは、何か嫌な所も悪い噂がある訳でもなく、寧ろその逆で精悍と言えなくもない顔立ちと真面目な性格に、婚姻を結ぶなら彼ほどの人物はいないだろうと周囲の人が口々に告げる程素晴らしい人物だからだ。
(余りの家格差の婚約に何故と疑問しかな湧かなかったけれど理由は簡単だったわね…。)
婚姻を誰とも結ぶ気が無ければどれほどの人物だろうと関係無いが、相手が優しければ優しい程、会う度に只々良心が痛み憂鬱になる存在になっていった。
(オクラドヴァニアがもう少し嫌味な人だったら良かったのに…。)
花から茎まで緑一色の下を向いたまま咲いている切り込みが入っているかのような柔らかな花弁を撫でる。
(はぁ…。融資が決まったとしても私も色々準備しているのだし、此処で落ち込んでなんていられないわ!)
未だに婚約解消を目指していたボイティだが、世の中そんなに上手くいかない事を学院入学時の失敗により学び、婚姻が決定した場合の為に立て始めた計画が既に動き出している事を思い出すと、緑百合を見つめ、下がっていた頭を上げて沈んだ気分を振り払い、小道をまた歩き出した。
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(これは夢なのだろうか?)
ここが何処なのか、何をしていたのかボヤけた思考は全てを遮断し、ただ目の前に映る年齢を重ねた同じ年頃の婚約者がこちらに視線を向け、微笑みを浮かべて見つめられている状況に満たされていた。
“オクラドヴァニア様…こちらに咲いております、いらして下さい。”
そう差し出された彼女の手を取ろうとした瞬間、木々の間を吹き抜けていく強い風から彼女を守ろうと、その細い身体に覆い被さる。




