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(緊張したわ……。)
その数日後、ボイティは学院の入学式を迎えていた。
天井の高い広間に案内された新入生達は、保護者達と学院の全生徒が見守る前で、一人ずつ広間中央に出て挨拶を終えると、登校後に全員が集まる講堂に移動して、カリキュラムの説明が始まった。
(皆お披露目は終わっているからもう仲がいい人達で集まっているし、そもそもどんな話題で話し掛けて良いのかわからないのよね……。)
集まった同級生達の中には茶会をした相手も居たが、特にその後会う仲でも無かったため、何処となく肩身の狭い思いをしながら説明を聞き続けた。
この後は、懇親会の為に別の会場に移動するとの話でカリキュラムの説明は終わった。
「そう言えば最近は……」
「我が家の……」
「ご存知です?……」
「……。」
案内をする教師の後を付いて前を歩く同級生達の会話が聞こえてくる。
耳にするつもりはないが入ってくる内容の分からない会話に黙り込んだまま最後尾を歩いていた。
(最悪別室の椅子に座り続けるか、壁際に寄っていれば終わるもの!始まったら急いで向かえばいいわよね。)
「こちらのお部屋です。皆様中に入りましたら奥の方までお進み下さい。」
(……凄い…。)
案内された部屋の壁は温かみのある茶色の銅黄琥珀で造られ、弦のような模様が刻まれていた。
下に引かれた赤い絨毯は、小さくふわふわとした長い毛を持つ、飛ぶことのない鳥の仲間であるソン鷄の毛皮で作られているのだろう、とても柔らかく歩み進めると足元がふかふかして心地よかった。
「こちらはビルネの果汁でございます。」
「あ、ありがとうございます……。」
給仕に手渡されたこの果物特有の甘い香りがするグラスを手に持つと、年配の男性がにこやかに壇上に立ち周囲を見渡した。
グラスが行き渡ったのか、静かにするよう教師に声をかけられ、皆口を閉ざし壇上を見つめる。
「この度は皆様ご入学おめでとうございます。学院長として皆様が学びのある、より良い学院生活を過ごせる事を祈っております。乾杯!!」
「「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」」
優しく語りかけるような声で学院長が短い挨拶を述べた後、グラスを上げたのを見て、一様にグラスを前に出し始まりの挨拶を終えた。
(早く休憩用の隣の部屋に移動を……?)
急いで此処から離れるために、用意された別室に向かおうとしたが何故か私は同級生達に囲まれた。
「エクソルツィスムス子将家って、貴方があのヴィルカーチ侯将家ご子息の婚約者?」
「どうしてあの方と婚約することになったの?」
「あっあの……螺巣雲……」
「お話はどちらから出たの?」
「それは……その……、」
(え?な……何故知られているの?!!!。)
婚約していることは既に知られ、周りを囲われている手遅れな状況に、自分の考えの甘さをこの時、後悔した。
(思っているより、情報の流れは早いのね……。)
同級生達に引き攣る笑顔を作り、婚約に至った経緯や、身に覚えのない馴れ初め話への質問攻めを必死に受け流す。
そんな思いも寄らない懇親会からボイティの学院生活は幕を開けた。
「「「「「「「おかえりなさいませ。」」」」」」」
(今日も……疲れたわ……。)
いつか飽きるだろうと考えていた婚約者との関係は今も聞かれ続け、内容も自分の知らない噂話のようなもので、毎回困惑しか浮かばなかった。
社交から逃げ回っていたのもあり、笑って流す以外に対処する術も思い浮かばず、そんな学院生活に楽しさを見いだせずに、淡々と特に何も変わらない日々を過ごした。
「お嬢様。お茶をお持ち致しました。それと、ヴィルカーチ侯将家家長ご夫人から今年もお誕生日の贈り物が届いております。」
「……味が変わる気は全くしないわ。」
「何のお話しですか?」
「何でも無いわ。」
部屋に戻り着替えながら聞かされる話に、埋められている外堀が頑丈な材質で作り直されていくような感覚に、思わずお茶の味を思い出した。
「そう言えばお嬢様、同級生の方からご招待の案内が今まで一通も届いていないと旦那様と奥様がまた嘆いておりましたよ?」
度々出るその話題は主に父が溢しているのだろうと想像がつき、余計に疲れが増した。
「アンキラ、……皆様オクラドヴァニア様とのお話が聞きたいようなの。余り失礼があってはいけないからお断りしていると、次嘆いていたらまた伝えて頂戴。」
「……もう学院に通って何年経ったかご存じですか?」
「…………。」
(私だってこんな筈ではなかったわよ!!)
歯に衣着せぬアンキラのその言葉に言い返したい言葉を心の中で叫んだ。
その後も当たり前のように婚約は解消されず、学年が上がる度に刻々と近づいてくる婚姻式への焦りは積もり続けていく。
そして、婚約者との話を聞きたがる同級生とは挨拶を交わす程度の希薄な関係しか築けないまま、ボイティの日々は変わらぬまま過ぎていった。
(きっとこのまま卒業して、すぐに……はぁ。)
だがやはり、日常というものはある日を境に、劇的に変化する事になるのだ。




