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「私の頃とは変わっているかも知れないが、学院は様々な事が学べる素晴らしい場所だ。きっと君も通う内に楽しくなると思う。」
(婚約者と決まってからもう何年かしら?毎週欠かさずにお茶をしに来るけれどこんなニコリともしない婚約者に良い加減嫌気を感じないのかしらね?)
正式に婚約が決まり、作戦を実行に移して2年程過ぎたが、特に憤る様子も不満を伝えてくる気配もなく、話しをするのは得意では無いようだが、毎週淡々とどんな日々を過ごしたか語る相手との婚約は、解消されること無く学院に入学する年齢になっていた。
「………。」
「………。」
(話しは終わったのかしらね?後は何時ものように庭を眺める時間だわ。)
今日は職務や領地といったいつも話す内容とは違い、学院に通っていた頃の思い出話を語っていた向かい側に座る婚約者が黙り込みいつもの様にお茶を飲み始めたのを横目で確認すると、様々な色の細かい花を咲かせ始めた塵栖に視線を向けて眺め始める。
(可愛いわね…。)
花を見つめ微笑みを浮かべているボイティの横顔を、優しげな表情で見つめている婚約者に今日も気付かないままお茶の時間が過ぎて行く。
(あぁ、今日も駄目だったわ…やはりはっきり!!……伝えられたらこんなにも長い間苦労してないわよね。まぁ…、社交界のお披露目には出てはいないのだから誰も婚約の事は知りようが無いもの、学院に入学してからでも遅くは無いわよね…。)
ーーカンッ!カンッ!
入学祝いに婚約者から贈られたカランコエの花束と学院で必要になるだろうからと真新しい紙が何十枚も纏められた冊子を眺め、予想よりも続いている優しい相手との婚約期間に脱力を感じつつ、学院と言う初めて人が集まる場所に足を踏み入れる事への緊張と高揚を感じ、何とも言えない感覚に包まれていると、部屋の扉を叩く音がした。
「お嬢様、お茶をお持ちしました。」
入って来たのはカートにお茶のセットを乗せた侍女のリアンだった。
「リアン…、この香りまたあのお茶かしら?」
「ええ、そんなお顔の時にこそ必要な茶葉でお淹れしております。」
嫌だと、隠しきれない気持ちが表情に出ただけだったが、この長年仕えてくれている侍女にも伝わらないらしい。
「…これは、余り好みの味じゃないのよね。」
「可怪しいですね?これはお嬢様が良く飲まれるお茶と似たようなベースで配合しているのですが…?」
本当に不可解そうな顔でリアンは深緑の瞳で茶葉を見つめていたが、沈んだ気分になった時にいつも出されるこのお茶は余り好みのものでは無かった。
「あ!もしかしたら、嫌な記憶とこのお茶が結び付いてしまったのかもしれませんね。今後は少し茶葉の配合を変えてお出し致しますね。」
「記憶と結び付いた?」
「はい、何か一定の良くない時に出されるものとして記憶され、本来の味が分からなくなっているのかもしれません。安らぎを与える効能から毎回お出ししておりましたが配慮が足りませんでした。」
リアンは眉を下げながら謝罪を口にしたが、記憶によって味が変わるという不思議な事象が起こり得るのかと、疑問に感じてしまった。
「そう、なのかしら?そんな事があるのかしらね。」
「お嬢様が憂いている心配事が解決しましたら、このお茶本来の味が分かるかと思いますよ。」
「そう……それなら」
(一生、分からないかも知れないわね。)
解決するには婚約の解消しか無いがもしかしたらこのまま婚姻を結ぶのでは無いかと何故か偶に頭を過ぎる考えにハッとした。
「お嬢様?」
「何でも無いわ。リアン茶葉の配合はこのままで構わないわ、何時か本来の味が分かるのかも知れないのでしょう?」
「ふふ、お嬢様がそう仰るのならこのままに致しますね。」
リアンは苦笑しながら薄い桃色の髪を纏めた頭を下げると部屋から出ていった。
「安らぐって思考が落ち着くって事よね…、なら効能事態は合っているものね。」
ボイティは婚姻の文字が頭を過ぎるのは何時もこのお茶を飲んだ時だと気が付いた。
効能により何処か冷静になった思考が、着実に進んでいる道を目の前に映してくるのであれば、今は夢みたいな道に進めた時はリアンの言う通り違う味になるのかもしれないと苦味を感じ、飲んだ後に口の中が冷えるような気がする目の前のお茶を一気に飲み干す。
「……やはり口に合わないわね…。悩みが解決したらこのお茶はどんな味がするのかしら。」
いつもより早く飲み終わったお茶の苦味に顔を顰めカップを戻した。
それは何処か願掛けに近いものだった。




