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「それは本当か?!」
「はい。そのように呟いたと報告がありました。」
「……そうか、……分かった。」
応接室に居たファトゥに驚きの報告が届いたのは、ボイティが相手と庭の散策を始めたと報告を受けて暫く経ってからだった。
「こちらは、このままお話を進めても良さそうです。」
「分かりました。息子が気に入ったかどうかは伝えれば直ぐに分かります。もし否を伝えてきましたら、こちらに非があったとの話で全て対処致します。」
「宜しくお願い致します。」
「……お互い意志の強い子を持つと苦労しますね。」
「ハハハ、本当ですね……。では、参りましょう。」
「ええ。」
どこか切羽詰まった雰囲気の部屋の緊張感は解かれ、ファトゥともう一人の年配の男性は座っていたソファからゆっくりと立ち上がった。
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「ホールに長椅子がございますので、馬車を回す間そちらでお待ち下さい。」
「……分かりました。」
「?!」
屋敷へ共に戻り、執事により開けられた玄関の扉から見えたホール奥の光景に驚き、思わず足を止めてしまう。
(此処に居るなんて珍しいわね……お客様かしら?)
馬車を待つ間、いつも使用している玄関ホールに用意された簡易的な執務用の椅子には、お茶会の日は執務室に籠って仕事をしている父が珍しく、同じ年代くらいの男性と話をしていた。
「申し訳ございません、馬車をお待ち……」
「ボイティ!!待っていたぞ!今こちらで話が決まった所だ。」
「……。」
(お相手が見えているはずなのに、……余程急ぎなのかしら?)
仕方なく相手には場所の変更をお願いしようとしたが、奥の方から嬉しそうな表情を浮かべた父が手を上げながら、声を掛けてきた。
この状況でと疑問を感じながらも、父の様子に仕方なく、隣の相手に顔を向ける。
「……申し訳ございません。父の話を聞いて参ります。侍女に別のお部屋を案内させますので、そちらでお待ちいただけますでしょうか?」
「……ご迷惑でなければ、家長様の元までご一緒にしてもよろしいですか?」
「え、えぇ?……構いませんが……。」
(一緒に来てどうするのかしら?)
その申し出を不思議に感じたが、断る理由もなく、顔合わせ相手と共に父の元へ向かう。
すると、父と男性が椅子から立ち上がり、二人共目尻を下げたとても優しげな表情を浮かべてこちらを見つめた。
「それでお父様、一体どのようなお話ですか?」
「この度……両家の話し合いにより、お前と彼との婚約が決定した!!」
「…………!!!???」
「……。」
(一体何故!!!??嫌です!無理です!あり得ないです!!)
「こちらがお相手の父君だ。そして婚姻後は、お前のお義父君となるお方だ。」
「初めまして、ヴェルトロース侯将家家長の……」
上機嫌な父のあまりにも突然すぎる話に異を唱えようとしたが、思っていたよりも衝撃が大きく声を出せずに固まっていると、先程まで父と話しをしていた男性が顔合わせ相手の父親だと説明され、そのまま紹介された。
どうせ断るからといつも通り聞き流していた相手の家名をその時初めて知り、更に衝撃が走った。
(侯将家……なん?……冗談じゃない!あり得ないわ!!)
自分の家よりも遙か上のその家格に、何故顔合わせをする事になったのか疑問にも思ったが、そんなことよりも、いつものように何の理由も無く断る事が出来ない縁談だったことに、急に焦りを感じた。
(この場での決定に、私が何を言っても無意味じゃない!!唯一言えるとしたら……。)
チラッと横目で確認した、同じように少し驚いた様子を見せながら、黙って話しを聞いている相手。
彼も急な婚約に異論があるだろうと思い、その言葉を待った。
(貴方だって嫌よね!お願い!断ってちょうだい!)
「……突然の事で驚いております。」
「「…………。」」
(それはそうよね!!)
「しかし、例え両家同士で決定した話だとしても、明日正式に、ボイティ嬢へ私から婚約を申し込みたいと考えておりました。」
(……え?)
「おぉ……そうか、分かった。ボイティ未来の旦那様は素晴らしい方のようだ、良かったな。」
「…………。」
意外にも相手は婚約の決定を承諾し、尚且つ、家同士の話ではなく、各々の意思で決めたかのような婚約を結ぼうとしてきたことに、絶句した。
「ボイティ嬢、お嫌でなければまた明日伺います。宜しいでしょうか?」
(……そんな!家で勝手に決められたものより解消が難しい条件なんて!!宜しい訳ないじゃないのよ!!!!)
「……ええ、お待ちしております。」
しかし、もうすでに両家で決定した婚約に対する相手からの問いかけへの答えは、心の声とは裏腹な了承しか、口から出すことができなかった。
ーーボンッ!バンッ!ドザッ!
「……聞かれた時に嫌だと伝えれば良かったのに!!でもあの場では言えないわよ!お父様だってなぜ今になって私の意思を無視するような婚約を勝手にっ!!!!!」
婚約者に決まった相手が帰った後は、上機嫌な父により豪華な晩餐が用意された。
しかし、全く湧かない食欲に一人先に部屋へ戻ると伝え、寝室に引き籠もり、やりきれない怒りに枕を投げ散らかしていた。
「はあ、はあ、はぁ、はぁ、……はぁっ。」
(そう言えばお茶会も嫌だと伝えたけれど、結局は開かれたわね……。)
「……でも……今回は酷すぎるわ。」
怒りが落ち着き、疲れを感じ始めた身体をベッドに預け、残り一つとなった枕で、心の中に空きそうな穴を、塞ぐように抱え込む。
(今は不利な状況だけれど、直接伝えずに相手に伝わるようにすれば、難しくてもまだ解消される可能性は残っている……わよね?でも……どうやって?)
そして決定した婚約の早期解消を目論み考え始めたが、良案は全く思い付かなかった。
(う〜んよく分からないけれど、……本に書いてあった‘’氷の令嬢‘’のように、冷たくすればいいのかしら……?)
この婚約が不満だと相手に伝わり易いように、最近物語で読んだ登場人物を真似て、顔を合わせる度に無表情で冷たい態度で接しようと決意すると、急に感じ始めた瞼の重みに抗うことなく、眠りに就いた。




