お弁当の陰に恋心
「あっ先輩。お疲れ様です」
「お疲れ様」
いつものやり取り。だけれど今居るここはスーパーだ。非常にまずい。今さら手に持つ物を後ろ手にした所で逆に不自然だ。とりあえず微笑む。
「偶然ですね。何か嬉しいです」
「……本当偶然」
嬉しい? その言葉に動揺して、返事をするのがワンテンポ遅れたけれど、大丈夫。落ち着け。いつだったかに見た交通整理の人の動作を思い浮かべる。車の運転手に、スピードを落として走ってくださいって伝える為のあの手を上下させるやつ。よし大丈夫。
「先輩?」
小首を傾げ見つめてくるその顔は、絶対に自分の魅せ方分かっている。あ、交通整理、交通整理。
「ごめん。ぼおっとしてた」
「お疲れですか? 仕事の予定詰まってましたもんね」
「そうだね。つい甘いも……」
ストップ! ストーップ!
「あまいも? お芋ですか?」
自分からそれに繋がることを話してどうするの!
「うん。お芋美味しい季節だよね」
「そうですね。あ、ほら僕カゴに入れていました。お腹空いているタイミングでスーパーは危険ですね」
「わかるよ」
その答えが私のカゴの中身ですから……仕事終わりの達成感、疲労感。そこから考える自分へのご褒美。お弁当におつまみにお酒。そして……マシュマロ。チョコレートの入ったやつ。それに比べて、彼のカゴの中身は料理をする人のそれで、余計に居たたまれない。
「誰かと飲むんですか?」
彼が私の持つカゴの中身を見てそう尋ねているのは明白だった。お弁当が主張しているお陰かマシュマロには気付いていない?
「うん友達とね」
「友達」
彼の声音が心なしかいつもより低く感じられて、見栄を張った嘘がバレたのだと焦る。恥ずかしいやつじゃん。
「じゃあ月曜日にね」
早くこの場を去りたくて、何か言いたげな顔をした彼に背を向けレジへと向かった。強硬手段って感じだけれど仕方ない。
外へと出た所で一つ息を吐いた。彼には気持ち悪いだなんて思われたくないじゃん……
このマシュマロは、彼が以前仕事の合間にくれたものと同じもの。「久しぶりだ」なんて言って食べたそれは、温かくて優しい幸せの味がした。美味しさだけでマシュマロを買い続けている訳ではないことは認める。マシュマロを贈る意味を調べて一喜一憂したことは内緒。
歩を進めない私はどうしたい?
「トーストもおすすめですよ」
彼の声が私を呼んだ。