その犯人は決して許されない
推理要素薄目の、さらっと読める小ネタです。
※公式企画、春の推理2024に参加しています。
ある日の昼休み。その恐ろしい話はミステリー研究会の後輩、水野によってもたらされた。
「ちょっと先輩、聞いてくださいよ! 私、めちゃくちゃ怒ってるんです! あの犯人、絶対に許せない!!」
「ん、なんだなんだ」
「先輩、『変な駅』って読んだことありますか!?」
「ああ、あの話題のやつ!」
『変な駅』は空前の大ヒットを飛ばしているサスペンスミステリー。異例の大重版を重ね、コミカライズにドラマ化、次は映画化する予定である。
「私も読みたかったんですけどお小遣いもバイト代も苦しくて。図書館で予約してずーっと借りられるのを待っていたんです。100人待ちだったんですよ!」
「ほう、それは凄いな」
水野の気持ちも予約が殺到するのもわかる。新書版の本となればたった一冊で2000円オーバーだ。俺たち学生にはなかなか厳しい金額だもんな。
「凄いでしょ!? で、やっと昨日図書館から連絡が来て、私が借りられる番が来たんですよ!」
「お、良かったじゃないか」
「意外と早かったんで嬉しくって!」
水野はえっへん! という感じで胸を張る。ああ、でもそれって多分、今日があの日だから、俺と同じような奴らが何人も予約をキャンセルしたのかも……。
「……でも、それで昨日借りて読んだら……ああっ、もう!! 犯人め!! 許せない!! 食事中にうっかりベロを毎回噛む呪いにかかればいいのに!!」
「えっ、えっ、何?」
『変な駅』の犯人って、そんなに酷い人間として書かれているのか? ていうかベロを噛む呪いって何?
「これ見てください!」
水野が本を開いて見せてくる。図書館で借りてきたであろう『変な駅』の新書版。冒頭の見開きで登場人物一覧が載っているページである。
そこにあったのはボールペンで書き込まれたメッセージ。
「真犯人はこいつ↓ 手口は同じナイフを二本用意していた」
なんと登場人物のひとりに矢印と一緒に犯人のネタバレが……それも犯行手口まで書きこまれていたのだ。
「あっ!?」
「ねっ!? 酷いでしょ!! こんな事する犯人、許せない!!」
「あ、ああ……酷いな……」
「図書館にすぐ連絡して、前に借りた人を確認して貰ったんですけど、個人情報保護の観点から私にはそれが誰なのか教えて貰えないんですよ!!」
プンスカして怒っている水野を横目に、俺はひそかに落ち込んだ……水野に罪はない。悪いのは勿論、こんな書き込みをしたヤツだ。俺もこの犯人は決して許せない。だって。
今日が『変な駅』の文庫本版の発売日だったのだ。新書版が高くて買えなかった俺は今日の放課後、それを買って読むのを楽しみにしていたのに……。
クソッ犯人め!
食事中にうっかりベロを毎回噛む呪いにかかれ!!!
当然ですが、図書館の本に書き込みをしてはいけません。
……ですが、私は図書館で借りたミステリーの人物紹介ページに書き込みを発見した経験があります。図書館の司書さんに報告したら、かなり慌てていらっしゃいました。
なんでこういう酷いことできる人がいるんでしょうね?