ある鉄ちゃんの生き方
本作はこんな長距離列車があったらいいな、という妄想を織り交ぜて書きました(笑)。
ご意見、ご感想をお待ちしております。
春休みが近づいたある日の放課後、テッペイとアキラは休み中の旅行のことで話をしていた。
「今度の休みはよぉ、オホーツクの方行って見ねぇ?」
こう言うのは茶髪で太っちょのアキラ。
「へ? オホーツク? 何で?」
そう聞き返すのは、黒髪でスラッとした少年のテッペイ。彼ら二人は鉄道好き同士気が合う小学生時代から大の仲 良しである。
聞かれたテッペイはスマートフォンにあるSNSを映し出して見せる。それには海に大きなこぶかドームのようなものと思われる写真が添付されている。その下には、「オホーツク海に謎の巨大生物出現か?」というセンセーショナルな文が掲載されていた。
「ん、何これ?」
「ん、ああ。これに書いてあっけど珍しい生き物なんじゃね」
そんな話をしていると、髪に青いメッシュを入れた少女が声をかけてくる。
「よっ、テッパク。相変わらず鉄オタしてんの?」
このクラスの中には、テッペイをこんなあだ名で呼ぶ生徒もいる。テッパクとは埼玉県さいたま市内にある鉄道博物館のこと。つまり、テッペイとそのテッパク(鉄博)をかけたものなのである。
「おう、リエか。今な、オホーツク行こうかって話してたとこだ」
「あー、あれかぁ。確かに行きたいよね~」
すらっとした容姿のリエはクラスの中でよく知られたキャンプ好き。しかもソロキャン派ときている。彼女もスマホを取り出して、オホーツクの写真を見て同意する。
「お、何だよお前らも行くのか? だったらさぁ……」
「えぇ、でもお金ないじゃん」
「そこを何とか! 金なら出すから!」
「じゃあさ、ちょっと待っといてくんね? あたしらも親に相談すっから」
「おっけー、頼むぜ!」
こうして、三人は計画を立てた上で両親に相談した。すると……。
「いいじゃない。行ってきなさいよ」
意外にもあっさり許可が出たのだ。
「マジで!?」
「うん。だってあんたら、去年は修学旅行行けなかったんだしさ。せっかくだから行ってきたら?」
「ありがとう母さん!」
「うわーいやったね♪」
「っしゃ! じゃあ計画立てるぞ!」
こうして三人組は、早速計画を練った。
そしていよいよ迎えた出発当日。
この日は20時上野発の寝台列車――おおとり号に乗る予定である。
この列車名「おおとり」は、1964年頃登場して函館ー網走間を約10時間で結んだ気動車特急であった。それが何十年もの時を経て、今やこの列車の看板として返り咲いたというわけである。
彼ら三人は予定より少し早く上野駅の一階にある広いホームに入り、
その列車が来るのを今か今かと待ちわびていた。
やがてその列車は13番線に現れた。まず名鉄のパノラマカーDXかJR北海道の
リゾート気動車の親戚筋と言えそうな前面の大きな窓が彼らの視界に入った。
「やけに大きな窓だねえ。しかも何というか……運転手さんが低いとこに
いるような……」
と、エリは不思議そうにしている。
「お、何でかわかるか?」
「うーん、わかんない」
「それはな、この車両はスイートルームでよ。しかも運ちゃんの後ろが
展望室のようになっているからさ!」
「ああ!なるほど!」
「まあともかく乗ろうぜ」
車両の側面を見てみると、上下は銀色、窓の部分は583系の如く青が帯状についている。
ブルートレインの色を受け継いでいるかのようだ。出入り口の扉のわきには北海道を模ったイラストがついている。
彼らは荷物を持って車内へと入った。中に入るとすぐ左側にトイレがあり、右側は通路になっている。
しばらくすると、JR北海道の特急のものに似たチャイムが聞こえた。
タンタンタンタンタンタンタララン
『皆様こんばんは。本日はご乗車いただき誠にありがとうございます。この電車は、網走行き寝台列車おおとり号でございます』
そこで一旦言葉を切ると、再び話し出した。
『まもなく発車いたします。ご乗車の方は車内でお待たください』
それからほどなく発車ベルとアナウンスがホーム中に響き渡る。放送が終わるとドアが閉まり、ゆっくりと走り始めた。
アナウンスの通り、列車はゆっくり加速し,上野駅を離れる。
おおとり号は上野駅からどんどんスピードを上げていく。
「もうこんなところまで来たんだね~」
「早いもんだよなあ」
エリとアキラがそんな会話を交わしながら、流れる景色を見つめている。次第に町の風景が見えてきた。王子を過ぎた辺りだろうか。その時だった。
「あれ?何か来るぞ!?」
「えっ?」
次の瞬間、それは彼らの目の前を通り過ぎていった。一瞬しか見えなかったが、どうやら機関車のようである。
その後に続いて銀色の車両が視界に入る。
「おいおいまさか……これが噂に聞くカシオペアだよな?」
「うん、多分そうだと思うけど……」
などとテッペイとアキラが感嘆しているうちに、その列車はぐんぐん遠ざかって行った。
その後も、京浜東北線と湘南色など様々な列車が次々と通り過ぎていき、 やがておおとり号は
最初の停車駅、大宮に停まる。
ここで彼らはふとあることに気づいた。
「そうだ。エリ、お前電車で長距離旅初めてだろ?」「うん」
「部屋に案内すんわ」「ホント?ありがと、アキラ」三人はまずエリが指定された個室へと向かった。
「切符にQRコードがあるだろ? それを読み取り機に当てな」
エリがアキラに言われたようにすると、ガチャリと扉のロックが解除された音が聞こえた。
「へぇ。ちょっと狭いじゃん!」
「ああ、ま、ソロってのはこんなもんだぜ」
そこは、一人用の客室である。ソロには上段と下段がある。彼女の部屋は上段である。階段を上がった先にベッドがあり、上がカーブした窓のすぐ下には小さなテーブルがついている。
「まあとりあえず荷物置いとけよ」
「落ち着いたらラインするから、よろしくね」
「はーい」
個室を出たテッペイとアキラは、指定されていた二人用個室、デュエットへと向かう。ちなみにデュエットもソロと同じく上段と下段があり、彼らの部屋は下段である。中に入るとT字型の空間になっており、左右両脇にベッドがある。
「俺らの部屋はここだな。ま、座ろうや」
「あ、うん」
二人は部屋の奥にあるソファに腰かけた。
「ふう……。あと十何時間くれえかあ、先は長えなあ……」
「こんな時は車内の探検!と行きたいとこだけど、この時間じゃほかの人に迷惑だしね。」
「だよなあ……」
こうして一休みすること十数分。アキラはエリにラインでメッセージを送る。
アキラ〈エリ、今大丈夫か?〉
エリ〈大丈夫だよ。どした?〉
アキラ〈今から展望室行かね?〉
エリ〈お、いいねえ。どんなとこか見てみたいし〉
アキラ〈おっけー。今からむかえ行くわ〉
ソロにいたエリを迎えると、テッペイはすかさず彼女に声をかける。
「もう寝る時間になるから静かにね」
「わかってるよ」
少年二人は、エリと一緒に先頭の車両へ向かう。そこには、展望室があった。
周囲には天井に届くほどの大きな窓があり、前方も運転席より先が広く見える格好で眺めがよい。その窓の向こうには真っ暗な闇が広がっている。
「うわぁ……!すごいね!」
「だろう。こんな暗い中でもさ、ゆっくり外を眺めるってのも乙なもんだよ」
「ああ。北海道はもっと広いから楽しみにしときな」
しばらくして、車内にお休み放送がかかる。
タンタンタンタンタンタンタララン
「皆様、ご乗車お疲れ様でございます。遅い時間になりましたので、緊急の場合を除き、翌朝函館到着の15分前、6時55分まで放送をお休みとさせていただきます。」
この後、周りへの配慮と貴重品お注意などのお願い事、翌朝以降の到着予定時刻の案内を最後に、この日最後の車内アナウンスは終了した。
「うん、でも今日はもう遅いし、そろそろ戻らないとね」
「そうだな。明日は朝食のことがあっから、ちゃんと寝とかねえとな。」
「そうそう」
そうして彼らは、自分たちの部屋へと戻った。
「そういえば、私一人で個室使うの初めてかも」
「そうなのか?」
「うん。いつもは高速バスに乗ることが多かったんだ」
カンカンカンカン・・・・・・
突然聞こえる音にハッとするエリ。
「えっ⁉ な、何、いまの音・・・・・・」
「ああ、もともと在来線を走ってるんだから踏切多いんだよね」
「あ、そうなんだ」
「ここら辺はそんなでもないけど、線路がカーブしてるとこだと結構あるよ」
「へぇ~」
「まぁ慣れちゃえばどうってことないんだけどさ」
「ふーん」
エリにとって電車での旅行は初めての経験であり、初めての光景だった。
「ねぇ、また乗れるかな?」
「そりゃ乗ろうと思えばいつでも乗れるんじゃない? だって僕らまだ学生だし」
「まして俺らみてえな電車好きなんか町中の電車はもちろん、こういうのにだって何時間乗っても苦にならねえしよ」
「う、うん! だよね!」
そう言う彼女の顔には笑みがあった。
「それじゃあおやすみなさい」
「おう、おやすみ」
こうして、三人はそれぞれのベッドに横になった。 だが、彼らは楽しみで興奮しているせいか、すぐには寝付かれなかった。ベッドで横になっているテッペイがアキラに声をかける。
「どうした、アキラ。眠れない?」
「ん?ああ……、ちょっとな」
「君ってさ、枕が変わると眠れない人だったっけ?」
「いや、そんなことねぇけど、なぜか、な……」
あ、そうだ、と言ってアキラは思い出したようにスマホを取り出した。
アキラ〈よう。今起きてっか?〉
「こんな時間だし、ラインが返ってくるわけないじゃん。明日にしなよ」
テッペイがそう突っ込んでいると、予想に反してエリからの返信がきた。
「あれ、エリも起きてたんだ……」
エリ〈うん。いやー、あたしも眠れなくってさ〉
そこでテッペイはこんなメッセージを彼女に送信する。
テッペイ〈じゃあ、今から窓の外をよく見てて〉
エリ〈何、なんかあるの?〉
程なく目の前に駅らしきものが見えた。
エリ〈え、何これ!?こんなところに駅あんの?〉
テッペイ〈そう。今じゃ滅多に止まらないけど、以前は駅の見学なんかできたんだって〉
アキラ〈ちなみに今通過したのは竜飛海底って駅。んで、この先もうひとつ駅があんのよ〉
そのまましばらくすると、そのもう一つの駅が目の前に現れた。
エリ〈ホントだ。ってこりゃあ、寝台列車乗ってるのにまるで地下鉄みたい!〉
テッペイ〈だね(笑)〉
アキラ〈たった今通過したのは吉岡海底駅ってんだわ〉
エリ〈なんか長距離旅なのに地下鉄のようなものがこんな海の下なんて、不思議だけど面白い〉
テッペイ〈こういうのはおそらくこの海底トンネルだけだろうね〉
エリ〈あ!今思い出したんだけど、この青函トンネルって世界一なんだって?〉
アキラ〈何年か前まではな。けど今じゃとある国のもんがトップになってんぜ〉
エリ〈へ、マジ? それってどこ?〉
テッペイ〈スイスのゴッタルドっていうトンネル。だよね、アキラ〉
アキラ〈そ。今じゃそっちが世界最長ってわけよ。それも全長57キロときてんだからすげぇよな〉
エリ〈へえー。上には上があるんだね〉
テッペイ〈だろうね〉
エリ〈あたしそろそろ睡くなつてきたかも〉
アキラ〈俺も〉
こうして、三人は眠りについた。
翌日、3人は起床した。寝ぼけまなこになっているそばで、おはよう放送が聞こえてくる。
「おはようさん」
「おはよ」
「おっはよう!!」
「朝っぱらから元気いいなお前は」
「いや~それほどでもあるかな?」
「はいはい。とりあえず準備しようか」
そして3人は身支度を整えた。こうしているうちに、列車は函館駅に到着。
ここでおおとり号はしばらくの間停車する。その時間を利用して、発車までの間、三人はホームに出た。
「おー、ついに来たぜ、函館まで」
「僕なんか今になって北海道に来たって実感がわいてきたよ」
感慨に浸っているテッペイとアキラのそばで、リエは表情を変える。
「ねえ、これ網走まで行くんだよね?」
「うん。でも僕たちこれに乗るのは遠軽までだけどね」
なにやらエリの中では、ふとある疑問がわいたようだ。
「なんかここ行き止まりになってるみたいなんだよね」
「ああ。それなら大丈夫。ここから方向転換するからよ」
「そうなの?それでもっとさきにいくんだ……」
疑問が解けたのか、エリの表情が緩んだ。すると今度は別の疑問が浮かぶ。
「あ、そういえばさ、この列車って特急なんだよね?」
「ああ、そうだがそれがどうかしたか?」
「普通、特急ってもっと速く走るもんじゃないの?」
「ああ、そういうことか。まぁ速さだけを求めるなら新幹線のほうが速いからな」
「えっ!? そうなんだ……。あれ?」
「どうしたのエリちゃん」
「いや、なんでもないよ」
(そうか、私は勘違いしてたんだ。新幹線があるからこそ、こうやって特急列車ができて、そして今も走ってる。
だから新幹線が通っていない場所では、まだこういう列車が走ってるってことだよね)
エリがそんなことを考えていると、
「まもなく発車時刻となります。ご乗車の方はお急ぎください」
アナウンスが流れ、3人は車内に戻った。
こうしておおとり号は逆方向に走り出して、函館駅を後にした。
おおとり号は八雲、森、長万部、東室蘭、登別と止まっていく。
彼らはラウンジでのんびりし、その後、食堂車へと向かった。苫小牧に差し掛かったところで朝食タイムとなった。
「おお! これだよこれ!! 北海道名物の石狩鍋!!!」
「アキラ、少し落ち着け」
「大丈夫、 落ち着いてるぜ!」
「いや、絶対嘘だろ」
「それにしても本当に美味しいね。この鮭といい、出しのきいた味噌といい、これも絶品ね」
「だろ! ちなみにこの食堂車で石狩鍋が出るのは期間限定なんだぜ!」
「確かに美味い。味噌もしっかり味出てて最高だよ」
三人はそれぞれ北海道ならではの鍋料理を堪能し、舌鼓を打つ。
「は~食った食った」
「本当だね。こんなに満足したのは久々かも」
「僕も同じ意見だね。でもやっぱりご飯が恋しくなってきたかも」
「わかるわそれ。俺はラーメン食いたくなってきちまったぞ」
「あたしは寿司食べたい気分だな」
「僕はカニ食べたいかも」
「みんなバラバラじゃねーかよ」
「でも北海道に来たら一度は海鮮丼を食べてみたいね」
「あ、それは賛成かも」
「よし! 次回北海道に来たときゃ小樽で決定!」
こうして彼らが喋っているうちに、おおとり号は苫小牧を離れた。
「ご乗車お疲れ様でございます。当列車はこの先追分、岩見沢、美唄、滝川、旭川の順に停車いたします」
ここでまたしてもエリの脳内にはてなマークが浮かぶ。
「あれ、これ札幌へは行かないの?」
「ん、ああ、もともとそっちは通らない電車なんだ」
「そうそう、苫小牧からも引き続き室蘭線走行すんだ。網走方面はそっちが最短ルートだからよ」
「へぇ~、そういう電車もあるんだね」
室蘭線の単線区間をおおとり号はひたすら走る。
車窓には一面の緑が広がっている。ときにはポツポツと建物が見えたり、田畑が姿を現したりと、都会とはまるで違うローカル線そのものといった風情である。
やがておおとり号は追分に停車。対向列車が来たのを見計らい、数分間停車の後、追分を離れた。
岩見沢から函館線に入り、東へ向かう。美唄、滝川、旭川を経て、サラニ東旭川から石北線に入ってまたしても単線をただ突っ走る。
上川、白滝に止まるほかは、東に向かっていくつもの駅を素通りしていく。それはもう、電車の良さを発揮して疾風のように駆け抜ける。
途中で電車が丸瀬布に止まったとき、テッペイはぽつりとつぶやいた。
「あー、SLに乗りたいなぁ……」
「まぁ気持ちはわかるけどよ、そっちは予定にねえし、あきらめろ」
アキラにそういわれると、テッペイはさも残念そうに駅が後ろに流れる様を眺めた。
やがておおとり号での10時間以上に及ぶ旅を終えるときが近づいてきた。
ピンポン、ピンポン、ピンポン、ポロロン
「ご乗車お疲れ様でございました。まもなく遠軽でございます。遠軽に着きます。お降りのお客様はお手回り品をお確かめの上、お忘れ物のないようお支度ください。紋別方面は当駅で
お乗り換えとなります。寝台列車おおとり号をご利用いただき、ありがとうございました」
13時26分、彼らはようやく遠軽までたどりついたのだった。
おおとり号は、遠軽駅の1番線に止まった。ホーム中程に改札が見える。
彼らがホームに出た途端に
「ご乗車お疲れ様でした。遠軽、遠軽です。紋別方面へお越しの方は、2番線にお越しください」
と、3人を出迎えるように放送が聞こえてくる。
テッペイ達一行は近くの階段から跨線橋に上がり、足早に向こう側のホームへと向かった。
反対側の島のようなホームに降りると、銀色の車体に赤い帯をつけたディーゼルカーのキハ54系がガラガラとエンジンを鳴らしながら2番線に佇んでいる。
ワンマン·紋別行きというLEDの表示を確認し、3人は列車に乗り込む。
その車内ではクロスシートが並んでいる。背もたれが垂直の固定されたものである。彼らは中程より少しうしろに陣取り、まずはそのままおおとり号を見送ることにした。
その電車が動き出すのを見るやいなや、エリの表情が変わった。
「あれ、なんか来たときと逆に行ってない?」
「ああ、ここから網走へは更に東に向かうには方向転換しなきゃなんだ」
「え、どういうこと?」
テッペイがエリの疑問に答えるも、彼女の頭にはなおもはてなマークが浮かぶ。すると
「ここの線路はY字をひっくり返したようなかっこうだからよ」
と合掌のようなポーズでその形を作って見せる。
「てか、地図見たほうがわかりそう?」
テッペイはスマホを手にして遠軽駅周辺の地図をエリの目の前で映し出す。
その地図上では、確かに線路が逆さのY字、あるいは人の字形のように見える。そこから地図をズームアウトし、網走との位置関係がわかるようにして見せる。
「こういうわけか……」
これでエリには方向転換の理由に納得いったようだった。
疑問がひとつ解消されたところで、彼女はまたひとつ問うてくる。
「あのさ、もうひとつ気になったことがあるんだよね。電車降りたときに周りを見たけど、電線なかったよね?」
「電線?」
「ああ、架線のことだね」
「そうなの。これって電車だよね?」
「そうだぜ」
「ディーゼルとかだったらわかるけど、電車だったら架線っていうのがなけりゃ走れないよね?」
「そりゃ、いままでのような電車だったらね。けど、最近の電車は蓄電池を使うものもいくつかあるんだ」
「そ、ちなみにこの電車もそうだぜ。架線のあるところではそっから電気とって、走りながら同時に充電もするってわけよ」
「あ、そうなんだね。んで、えっと……、こういうのなんていうんだっけ? え、え、エーブイ……」
「ちょ、おいおい、なんでそこでエロいのが出てくんだよ!」
AVっつったらアダルトビデオじゃねえか、とアキラがボケるリエにツッコミを入れる。
その傍らで、テッペイが口をはさむ。
「ねえ、それってEVのことじゃないかい?」
「そ、そう、それそれ」
「たく、びっくりしたじゃねえか」
そうこうしているうちに発車時刻が来た。軽快なチャイムを鳴らして扉が閉まると、列車はエンジンをうならせて走り出す。
遠軽駅を出てすぐに複数の線路がカーブの所で単線にまとまっている。その先には、緑が広がっており、ところどころに雪が積もっている。
更に、建物がぽつりぽつり姿を見せることもあれば田畑も目に入ってくる。
「あ、ところで北海道って大昔は路線結構あったんだって?なんかあちこち廃止になったらしいけど」
「そうなんだよ。結構いろんなところがなくなったみたいでね」
「ちなみに今走ってるとこは最近復活したところでよ。こっちは名寄本線っつってたもんな」
「そ、んで今じゃ遠軽から紋別までが復活して紋別線になったんだ。地元じゃ流氷ラインとも言われてるよ」
「そっかそっかー」
そう聞いてホクホクするエリなのであった。
列車は北へ向かい、北遠軽、開盛、共進、上湧別と進んでいく。
更にその先の中湧別近辺では、公園らしきものの中に柵に囲まれたようなものと尖ったかっこうの塔についている風車が車窓から見える。それを見て、エリがきいてくる。
「あ、こんなところに公園があるんだ」
「ここはね、湧別じゃ有名なチューリップ公園なんだ」
「ま、そのチューリップが時期じゃねえしまだ咲いてねえけどよ」
「ここ、ちょっとよってみたいかも」
「いやいや、今回の目的忘れてないよね?」
「そうだぜ、ここは我慢してくんね?」
少年二人にそう言われたエリは
ちぇっ、などと言って口を尖らせた。
中湧別を出ると、列車は左に大きくカーブする線路を走行し、オホーツク海に沿うように走行する。
さらに川西、沼ノ上、小向と順に進んで行く。
元紋別の近辺まで来ると、次第にオホーツク海が見えるようになった。
遠軽を出て50分ほど経っただろうか。三人はようやく紋別駅にたどり着いた。
紋別駅に着いて列車を降りると、テッペイ達を出迎えるように、流氷の町紋別へようこそ、と書かれた横断幕が掲げられている。
三人はまずバスの切符売場に向かった。
「ここからはガリヤ号ってバスに乗るんだ」
彼らの視線の先には上に「北紋バスきっぷ売り場」がある。そこには年配の女性が座っている。テッペイが声をかけた。
「すいません。ガリンコ乗り場まで高校生三枚お願いします」
「はい、お一人様200円ですので、合計600円になります」
三人はそれぞれ200円ずつ支払い、窓口から切符を出された。
それを手にして外に出ると、3月であるにもかかわらず、チラホラと雪が見られる。
幸いにも雪が降っていないし晴れているから良いがとにかく肌寒い。改めて北海道の気候の厳しさを実感する。
振り返って駅舎に目をやると、淡く紫がかっている。その前は広く開けた格好であった。
三人は駅舎わきの「ガリヤ号乗り場」と表示された3番乗り場へ向かった。
15時半頃にそのバスがやってきた。運転席の上にガリヤ号と表示された車両に三人は乗り込んだ。
バスに乗ること10数分、「次は海洋交流館ガリンコ乗り場でございます」というアナウンスが流れたところでテッペイはすかさずボタンを押す。
目的の停留所を降りた途端、アキラはもうウズウズしだした。
「SNSで言ってた珍獣が出るのってこっちだっけ……、アキラ?」
テッペイが尋ねているというのに、見たがっていた物が見られるという期待からかただ興奮しているのか、アキラはすっかりうわの空である。
「ちょっと!聞いてるの、アキラ?」
そう言われてやっと我にかえるアキラ。
「おお、わりいわりい。なんかあれが見れると思うと落ち着かねえわ」と、彼は悪びれもしない。
「でもさ、こっちの海ってオホーツク海じゃん。せっかくだからさ、流氷見てこうよ」と、アキラとは別の意味で興味津々のエリ。
彼らは乗船券を買い、砕氷船乗り場へと向かった。その眼の前に、オレンジ色の船体が目立つ客船くらいの大きさの船がある。
「船で海に出るってなかなかないかも。ねえテッパク、これガリンコ号ってゆうんだよね」
エリはワクワクしながらテッペイに声をかける。
「うん、そうだよ」
「なんでなの?」
「あれをみて」
テッペイはそう言って船首を指さす。
「あ、なんかデッカイ棒のようなやつが……」
「あれはドリルなんだ。見ての通り二本あるだろ。あれで氷を割って行くんだよ」
三人は期待を持って砕氷船に乗り込む。
やがてガリンコ号は大海原に向かって出航した。
眼前に迫る巨大な白い塊をドリルで割り、ただひたすら突き進む。
ところどころにワシやアザラシなど、いろんな動物たちも姿を現す。なのに、なぜか曇った表情のアキラ。そんな彼にテッペイはすかさず声をかけた。
「うん? どうした、アキラ?」
「なんかよお、氷と動物ばっかで珍獣ってやつが全然見えねえ……」
「そっかぁ。もしかしてここじゃないのかな……」
「だけどさ、こーんなにデッカイ氷やら動物やら見れんだよ。この際楽しも、ね」と、エリは励ますように言った。
「そうだな、このまま珍獣が見れねえなら明日は網走に行こうぜ」
港に戻って船を降りた三人組は紋別で一泊し、翌日に備えることにした。
あくる朝、彼らは宿を発って紋別駅に入った。
春になったばかりで日が照っているとはいえ、この時期の北海道は空気がキンキンに冷えている。
テッペイ達三人はホームに停まっているキハ150系に乗り込む。
8時32分、列車はディーゼルエンジンを唸らせて走り出した。
紋別線を逆にたどって9時21分に遠軽に到着。乗り換えまで時間があるので、三人は待合室に移動した。
「にしても、マジ寒いなあ……」
「で、ここからオホーツク号に乗るんだよね」
少年二人が喋っている傍ら、エリは電光掲示板に目をやる。
「あと1時間かぁ……」
彼らはひとまず椅子に腰を掛け、特急オホーツク号を待つことにした。
10時29分、青い顔のキハ283系が旭川方面から入線してきた。
彼らは荷物を持ってそれに乗り込むと、3番ホームに到着した。
「網走までならあっちだな」
三人はオホーツク5号の車両に乗り込んだ。
三人と乗客を乗せてオホーツク5号は走り出した。発車してまもなく車窓からは海が見えて来る。だが、その景色はまたすぐに緑へと変わる。そして12時20分、列車は網走駅に到着した。
改札を抜け駅舎を出ると、潮風が彼らを包み込む。
「オホーツク海……、いいな」とアキラ。
「そうだね」
駅を出るとすぐに、3人は観光案内所へ向かった。そこではパンフレットが何種類か置いてあったので、3人はそのひとつを手に取った。
「まずこれだよね」と、エリが指さしたのは『流氷』の欄だった。
三人はさっそく近くのバスに乗ることにした。目指すは砕氷船のおーろら号だ。約10分ほどで砕氷船乗り場に到着する。
料金を払い、三人はバスから降りた。その目の前には大きな砕氷船があった。
「おー、これがおーろら号か……」と感嘆する三人。「乗ってみる?」とエリが提案する。
「乗るに決まってんだろ。俺はあの珍獣が見てえんだよ、マジで」
「ホントにいんの? その珍獣ってやつ」と訝しむエリ。「行ってみなきゃ分かんないだろ」と、アキラは考えもなしに先に船に乗り込んで行った。
「ったくもう……」エリは呆れ気味だ。
二人も乗船して操舵室から景色を見ることになった。アキラは興奮気味に口を開いた。
「あれが流氷か! 紋別でも見たけどおっきいよね!」
「うんうん」
流氷が間近に見えるという状況に、テッペイとエリは目を輝かせている。しかしアキラはそうではない。「でもさ、流氷もいいけどよ、俺はやっぱ珍獣が見てえ……」
そんなアキラをほっといて、テッペイはエリに声をかける。
「エリはなんか見たいものないの?」
「うーん……。あたしは動物も嫌いじゃないけど、やっぱり魚とか見てみたいな」と彼女は言った。
しかし残念ながらおーろら号では一種類の魚しか見ることができないのだという。しかも今日は波が高く船が揺れるので注意が必要だと言われているので諦めざるを得ないなと思った時だった。
「お、おい!」と声を上げたのはアキラである。
「どした? アキラ」テッペイが尋ねる。
「あれを見ろよ……、あのちっこいの……」アキラは流氷の方を指さした。二人はその方向を見やると、そこにはアザラシの姿があった。しかも一匹だけではない。数匹の群れが氷に穴を開けて上陸しているではないか!
「おーっ!!アザラシじゃん!!!」エリも興奮を隠せず叫ぶ。
その時である。
白いこぶのようなものが、海上に姿を現した。テッペイ達がここへ旅立つ前にSNSで見た写真と同じものだ。「もしかして、あれが珍獣ってヤツ?」とエリ。
「そうじゃねえか!?」とアキラ。
アザラシの群れが氷から距離をとった瞬間、それは現れた。流氷の下から出現したそれをよく見ると、もう一つ小さなこぶがある。
そのこぶらしきものがパカっと開いたかと思えば、何と人が姿を現すではないか。
年恰好などはわかりにくいが、その人はメガネをかけている。「ねえ、あれって人間じゃない!?」と言いつつも、エリは興奮気味だ。
「まさか……。ほんとに珍獣!? しかも人だ!!」とアキラも驚きを隠せない。
そんな珍獣たちをもっとよく見ようと、三人はデッキに上がり双眼鏡で観察する事にした。その人はこちらに向かって手を振っている。「おいおい、こっちに手振ってるぜ!」
「ホントだ。なんか嬉しいな」とエリも笑顔だ。
だがその人の後ろにはアザラシが迫っていた。大きな口を開けているアザラシに気づいたのだろうか、その人は慌ててこぶのようなものの中に戻り、小さい方のこぶを閉めてしまった。アザラシは、大きくジャンプしその人を追おうとしたが、時すでに遅し。結局その人に噛みつくことはできなかった。
「すげえ! マジで珍獣だ!しかも人だぜ!」とアキラは大興奮である。
「確かに凄かったな」とテッペイ。
エリも珍しく興奮気味に口を開いた。「あのこぶの中にいた人ってどうやってあんな所まで来たんだろう!?」
そんな会話をしているうちにおーろら号は網走の港へ戻って行く。エリは今日のことは一生忘れないだろう。
おーろら号を降りたた三人は、その後網走駅前までバスで戻った。
「今日の予定はどうする?」とエリがテッペイに尋ねる。
「そうだねえ・・・・・・、今晩の夜行で札幌に向かうけどまだ時間あるし・・・・・・」とテッペイは言った。
3人はバスを降りた後、3人は紋別の町中へ散策に出ることにした。駅前から延びる通りはちょっとした商店街のようになっている。
「それにしても広い町だね」とエリは辺りを見回す。
彼女はまだ北海道に来て間もないので、辺りをキョロキョロと見回している。
「まあ、夏になったらもっと暑くなるからな」とアキラが言う。
その時である。
テッペイがあるものを見つけたのだ。それは商店街にある魚屋さんで売られている干物であった。
「見て!珍しいお魚がいっぱい!」エリはさっそく食いついたようだ。「ねえねえ、せっかくだから何か買って行かない?」と目を輝かせるエリ。
「そうだね。せっかく来たから買って帰るか」とアキラは答えたが、テッペイは少し考え込んでいる。
「どうしたの?」と尋ねるエリに、彼はこう答えるのであった。
「いや……、何かいつもそんな感じで買いすぎる気がしてさ……」
三人はしばらく悩んだ後、結局買うのはやめた方がいいという結論に至った。そこで彼らはそのまま通りを奥へと進むことにした。すると何やら人だかりが見えてきた。
「ねえ、あそこにいる人たち何やってるの?」エリがテッペイに聞く。
「ん?どれどれ?」とテッペイは人だかりの先頭を見た。
そこには観光客らしい2人組の男女がいた。
「何かやってるのかな?」とエリ。
「なになに、なんかくじ引きやってんのか?」とアキラも人だかりの先頭に目をやる。
「行ってみよっか」とテッペイが提案し、3人は人だかりの最後尾に加わった。少しすると係員の合図と共に箱が開いたようだ。
2人の男女は中から一枚の紙を引き当てた所だ。よく見るとそれはペア割引券のようだ。男女はニコニコしながらどこかへ去って行く。
「なるほど・・・・・・、くじ引きでペア割引券が当たるんだね」エリが声を上げる。
「ま、そういうことらしいな」とアキラは言う。
結局彼らはそのくじ引きには参加しなかった。そして人だかりの先頭まで来たテッペイ達はそこで何が行われていたのか理解したのであった。それは、観光客たちがワイワイガヤガヤと盛り上がっているところだった。テッペイ達がそこへ到着すると、ちょうど景品の陳列が終わったようだった。係員は一眼レフのカメラを取り出し、写真を撮っている。
「あの人たち、くじ引きやってるの?」とエリが尋ねる。
「そうみたいだね・・・・・・」とテッペイも同意する。
「だけどちょっと難しそうだね」
彼らの視線の先には何人かの人だかりがあるものの、皆ひっきりなしに声を上げている。どうやらペア割引券が当たる確率はかなり低いようだ。だがそれでもチャレンジする価値は十分あるだろう。なにせ珍獣が見られるかもしれないのだから!
「ねえねえ、せっかくだからやってみない?」とエリはワクワクしている。
「もちろん!」とテッペイも乗り気だ。
「しょうがねえな」とアキラもしぶしぶといった表情で同意した。
3人は人だかりの先頭まで行き、係員にチャレンジしたい旨を伝えた。すると係の人から「ペア割引券が当たる確率は低いですがいいですか?」と言われたので3人は迷わず了承した。
そして彼らは1回500円のくじ引きに参加する事になったのである。エリは財布から500円を取り出し係員に渡す。係員は抽選箱から一枚の紙を取り出した。
彼女は緊張しつつその紙を受け取ったが、なんとそれはペア割引券ではなかったのだ! ガッカリした表情のエリだったが、それでもくじ引きを体験出来ただけで十分だと思ったようだ。
次にアキラがチャレンジすることになったのだが……、なんと彼が引いたくじは大当たりだった! 係員からはおめでとうございまーすと言われ、彼は景品が入った小さな袋を受け取ったのだった。中には立派なジンギスカン鍋が入っていた。
次はエリだが・・・・・・。「テッペイ、これ見て!大当たり!!」と嬉しそうな声を上げた。
彼女が引いたのは景品の目録だったのだが、その中に気になるものがあった。それは『オホーツクの流氷』という文字である。
「なにこれ!?」とエリは興味津々だ。
「おい、どうした?」アキラがエリに尋ねた。
「なんかオホーツクの流氷って書いてあるよ」と彼女は答える。そしてテッペイが口を開いた。
どうやらオホーツクの流氷というのは北海道紋別市にある博物館でのみ展示されているらしいのである。しかしそこは、網走から離れているし、そもそもスケジュール的に無理。ということで、 3人は残念な気持ちで諦めることにし、再び通りを進むことにした。「とりあえずどっかで飯でも食うか?」とアキラが言い、3人は網走駅へ向かう。
駅の周辺を散策していた時、エリは気になるものを見つけたようだ。
「ねえ、あそこのお店行ってみようよ」彼女が指さす先には『流氷屋』と書かれていた。
「なんだこれ?」とアキラは興味深々に反応する。「何か面白そうだな」
3人は店内に入り席に座ったのだが、注文する際に店員にこう言われた。
「3名様ですか?」どうやらこの店では数人以上でなければ流氷を食べる事は出来ないらしいのだ。そして店側が言うには流氷を楽しめるのは夕方からだけらしい。
仕方がないので3人は先に夕飯を済ませることにした。
夜になり、流氷屋へ向かい3人は席についた。まず3人の目に入ったのは、ガラスケースの中に並べられた流氷だった。それらは全て綺麗に切り分けられているものの、まだ生きているかのようにキラキラと光っていたのだ。
テッペイがまず注文したのはカニ雑炊である。彼はカニといくらが入った豪華な一品を注文したようだ。
次に注文したのはアキラが注文した定食セットである。彼はホタテの刺身と、鮭の焼き物、そして厚切りのジンギスカンがセットになった定食を頼んだ。
最後にエリが注文したのは味噌ラーメンだった。彼女はトッピングとしてエビ天とチャーシューを追加したようだ。
3人はそれぞれ流氷を食べることに夢中になっていた。カニ雑炊を食べるテッペイは、その美味しさに感激しており、アキラに至っては食べながらもスマホで流氷を撮影し、SNSに投稿していたようだ。
そしていよいよエリの味噌ラーメンが運ばれてきた。彼女は一口食べると思わず声を上げた。「なにこれ!?凄いおいしい!!」とエリは大絶賛だ。
味噌ラーメンを食べ終えた3人は、会計を済ませ店を出た後再び通りを歩き始めた。流氷屋を出た後にテッペイが腕時計をみていう。
「7時か・・・・・・。夜行までまだ時間があるな」
「それで札幌に向かって新幹線で帰るんだよね、東京まで」
と、エリ。
「うん、そうだよ」
「夜行って何時だっけ?」
「10時発だから、9時半に駅にいる感じでいいと思う」
「うーん・・・・・・。どっか時間潰せるとこねえかなあ・・・・・・」
と悩むアキラ。そこでエリがある提案をした。
「ねえ、カラオケ行こうよ!」
「おっ、それ賛成!!」とアキラも賛同した。
3人は最寄りのカラオケボックスに入ることにした。ここは北海道でも有名なチェーン店であり、部屋数もかなり多かった。3人はそれぞれ好きな曲を歌い始める。最初に歌ったのはテッペイだ。彼はバンド・オブ・ブラザーズの『ダブリュ』を熱唱した。ちなみにアキラはマイケル・ジャクソンのナンバーである『ビリーヴ』を歌ったりしたが・・・・・・。
次に歌ったのはエリだ。彼女はジブリ映画『君をのせて』の主題歌を歌った。「この曲聞くと空飛べる気がする」と彼女は話した。
そして最後はアキラである。彼が歌うのは、クイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』だった。ちなみに彼が一番好きな曲は同じくクイーンの『ウィ・ウィル・ロック・ユー』だとのこと。
カラオケを楽しんだ3人は店を出る事にした。時刻は既に8時半になるところだ。
3人は網走駅に向かう。駅に着いた後、3人が改札を抜けてホームへ向かうと、既にそこには列車の4灯ヘッドライトが見えた。
青い顔のキハ183系だ。
「お、そろそろ電車来るっぽいな」
「よし行こう!」
列車は7両編成。車両は白の地で窓の下に青いラインがついている。
前の3両と後ろの2両は普通座席車。中程の2両はなにやら雰囲気が少し違う。なぜならその車両は、元はブルートレインの客車だからである。その車両も含めて車体の色が統一されている。
3人は客車のほうに乗り込んだ。その車内は、全体がクシェット(簡易寝台)である。切符に記載された彼らは早々に荷物を置く。
そして発車してから少し経つと車内アナウンスが流れた。
3人を乗せた列車はゆっくりと走り出したのだった。
「さあ、いよいよだね!」エリが言う。
「ああ!楽しみだぜ」とアキラも答える。
そして列車は定刻通り22時に網走駅を発車したのだった。
そして車内放送が流れ始めた。車掌のアナウンスはこう伝えている……。『ご乗車ありがとうございます。この列車は急行知床号札幌行きです。えー、列車は7両つないでおります。」
「これ特急じゃないんだね」とエリが言う。
「そうだ、急行だ」とテッペイが補足する。
『知床号』という列車の名前の由来はアイヌ語で『地の果て』を意味するシリエトクという言葉から来ているらしい。『知床』は北海道の北端、そして『地の果て』を意味するシリエトク。まさしくその二つが合わさった列車が、この列車なのだ。
知床号は漆黒の闇の中を、札幌に向かって西へただひたすら走る。列車内は至って静か。ガタゴトと音が聞こえるだけである。車内には暖房が効いていて暖かく快適だ。
「あー、気持ちいい」とエリは嬉しそうだ。しかしアキラは少し不満そうな表情を浮かべている。
「どうした?なんか具合悪いのか?」
テッペイが心配そうに尋ねる。するとアキラは答えた。
「いや、大丈夫だよ。それより明日は早えからよ、さっさと寝ようぜ」
「そうだね、もう遅いし」
このあと、3人はそれぞれの寝台で一眠りし、明朝に備えた。
そして翌朝、列車は7時30分に札幌駅に到着した。
知床号を後にした彼らは、北海道新幹線のプラットホームに移動した。札幌駅からの新幹線には、停車駅の多いしりべし号と速達タイプの北海号がある。
ホームでは彼らが乗ろうとする電車がすでに待ち受けていた。H5系であるその車体は、上が緑、下は白、その境目には紫のラインが入っている。
テッペイ達は8時12分発の北海46号に乗り、その終着駅新函館北斗駅から別の新幹線に乗り換えて東京に向かうことにした。最高速度270km/hを誇る特急列車である。車内に入ると意外と広めなスペースだと感じたようだ。ちなみにこの列車にもシートは2列+3列となっている。
列車は新函館北斗駅に向かって発車した。そして発車してから30分ほどが経過した時、車内アナウンスが流れ始めた。
『ご乗車ありがとうございます。この列車は北海46号、新函館北斗行きです。途中の停車駅は長万部です。』
程なくアキラがある提案をする。
「あ、そうだ!俺トランプ持ってきたからみんなでやろうぜ」
「賛成!」とエリが答える。
「お、いいなそれ」テッペイも乗り気なようだ。
3人は席を向かい合わせて座り、そしてカードを配る。カードは赤の8、9、10、JとダイヤのAだ。最初はババ抜きである。このゲームでは2枚のカードを捨てて1枚だけを引くというルールだ。3人は手札を広げつつ勝負を始めたのだが・・・・・・。結果はアキラの一人負けだった。
「おい、お前なんでババ引かねえんだよ!」
アキラが文句を言う。
エリは「次はアキラ君から引く番ね!」と言いカードを一枚引いた。カードを引いた後エリが次に引いたのはテッペイである。彼はダイヤのAを引いてしまったらしい。
そして次はアキラの番だ。アキラもカードを一枚引いた後、エリはババを引いたようだ・・・・・・。
「あーもう!またババ引いちゃった!」とエリは少し悔しそうだ。
そして3人はトランプを続けることにした。だがエリが突然「ちょっとトイレ行ってくるね」と言って席を外してしまったためにテッペイは一人残されてしまった。
アキラと二人で残ることになった。
手持ちぶさたになったので、とりあえずスマホを手にし、SNSを開くテッペイ。ある投稿を目にした途端にアキラに声を掛ける。
「アキラ! これ見て」
アキラはさもめんどくさそうにテッペイのスマホに目をやる。思わずあっ、という声がアキラから漏れた。
「これって珍獣から出た人じゃね?」
「そう、だね・・・・・・」
このときスマホの画面にあったのは、昨日おーろら号から見えたメガネをかけた人物と、珍獣と思しき白いものである。
あのときはその珍獣が早々に去ってしまい、姿形がよく分からなかっのだが・・・・・・。スマホの画面に映ったその白いものとメガネの人物は、確かに昨日見た人物達に違いなかった。「こいつが珍獣を・・・・・・。本当に!?」
アキラも少し信じられないといった表情である。
テッペイはそこからスマホの画面を少しスクロールした。
「アキラ!これ見て!!」
その文章を読んだ2人は思わず声を上げた。
「えっ・・・・・・!?」
それを見る限りでは、メガネの人物は潜水艦に乗っており、昨日オホーツク海上に浮上した潜水艦に乗り移り、その後北海道に上陸したようである。
「まさかの、潜水艦・・・・・・?」
「そんな・・・・・・」と2人が驚いていると、エリがトイレから戻ってきた。
「あ、2人共なにやってるの?」
「いや・・・・・・ちょっとSNS見てただけ・・・・・・」
2人はそう答えた。そして3人はトランプを再開することにした。その後テッペイがアキラにいう。
「ねえアキラ。今度さ、パレオエクスプレスに乗らない?」
「秩父鉄道の?」
「うん」
「まじか! 是非乗ろう!!」
と、アキラが答えると、エリも嬉しそうな声でいった。「私も行きたい!」
パレオエクスプレスは、秩父地方を走る私鉄である秩父鉄道のSL列車である。
と、ここでアキラが疑問を口にする。
「てか、なんでパレオなんだ?」
「えー、それはね・・・・・・」とテッペイが答えようとすると・・・・・・。
「『パレオエクスプレス』だから!」とエリが先に答える。
「なんでやねん!」思わず関西弁でツッコむアキラ。
「いやー、なんかパレオって響き良くない?」
確かにその列車名は何処か可愛らしい響きである。
「そろそろ続き言ってもいい?」と、テッペイがアキラに聞く。
「おう」
「話によると、ものすっごい昔にパレオパラドキシアっていう海獣がいたんだって」
「それって恐竜ぽいやつ?」
と、テッペイの話にエリは興味津々に食いついてくる。「いや、ちょっと違う」とテッペイは答える。「海の恐竜というより、正確には海獣なんだってさ」
「へー、なんか面白いね!」とエリはテンションを上げながら話す。「あれ?てかその海獣ってどうなったの?」
「それはまだわかってないらしいんだよね・・・・・・」とテッペイは答えた。そして話を続ける。
「で、そのパレオパラドキシアっていう海獣は、もともとは南海に生息してたんだけど・・・・・・」
「どっかに行っちゃったの?」
と、エリがまた質問する。
「どうだろうね・・・・・・」というテッペイ。するとアキラが話に参加する。
「それってさ、どっかで死んだとかじゃね?」と彼は言う。彼のその言葉にエリが反論する。「死んでたのならなんでわかるの?生きてるかもしれないし!」と言うとテッペイは説明する。
「え?だってさ、秩父の湖とかで見つかるかもしれないだろ」
「なるほど!!」とエリは納得する。そしてテッペイも更にいう。
「じゃあ、次回は秩父の湖で海獣探しだな!」
そこにアキラは口を挟む。
「え~っ、もう勘弁してくれ! もう珍獣だの海獣だのはこりごりだ・・・・・・」
「まあまあ、今度さ、一緒に秩父行こうよ」とアキラはエリとテッペイに説得され、行くことにした。
これをもって次回の鉄道旅の予定は決定と相なったのである。
― 完 ー