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白姫物語  作者: 空見雪
8/12

幻夢組 3

 いつまでも手を撫でている八雲の手を解き、暗い牢から一歩踏み出る。すると両脇に手を入れられ、身体が宙に浮いた。

 突然のことに目を白黒させ、コンクリートの壁しか見えなかった視界を下へさげると、屈託のない笑みを浮かべる相馬が私を持ち上げていた。

「嬢ちゃんは軽すぎるな」

「降ろしてください!」

 しっかりと支えられていることは理解しているが、妙な浮遊感に血の気が引く。声を張り上げると、相馬は笑い声を上げた。

「何笑ってるんですか!」

「お嬢ちゃんはそのくらい元気があったほうが可愛いぞ」

「これが元気に見えますか?!」

 人が恐怖で取り乱している様を元気で可愛いなんて言う悪魔のような相馬に、実はとんでもないサイコパスだったのかもしれないと考えを改める。

(私、女でも男でもないから可愛さ求めてねぇっての)

 ぶるりと寒イボが立つ。

 次いで牢から出てきた八雲が助け舟を出してくれたおかげで相馬から解放された。だがまだ身体には浮遊感が残っていて、足元が覚束ない。

(なんてことをしてくれたんだ。このおじさん)

 しかし、ふとあることに気がついた。八雲が吹っ飛んできたあの日、相馬に持ち上げられた高さ以上の場所にいたが恐怖心は抱かなかった。ならばなぜ今、恐怖を抱いたのか。

(幼児化した身体に何か関係しているのか?)

 頭を捻らせていると、相馬が首の後ろに手を遣りながら謝った。

「お嬢ちゃんは大人以上に大人びているから子どもとは思えなくてな」

 その言葉に、ドクンと心臓が嫌な音を立てる。

 「こいつはどっからどう見てもガキだろ」とつまらなさそうに言う松本の声も遠く聞こえる。

 別に隠しているつもりなんか無かった。勝手に童扱いされ、未だに童だと思い込まれている。この姿なら仕方がないとは同情するが、賢すぎる子どもは気味が悪いだろう。その点で言えば、悪目立ちをするかもしれない。しかし、急に子どもらしくなろうとしても、生憎子ども時代が記憶に一切ないので子どもが一体何を考え、何の遊びを好んでしているのかなんて知る由もなく、演じることが出来ない。それに今さら子どもらしさを演じようと、彼らには通じないだろう。無理に若くなろうとしても、こっちが恥ずかしいだけだ。

 この姿は齢五歳ぐらいだろう。五歳児を演じ、無力だと思われ、常に誰かが側にいては情報を得ることも叶わない。

 それならば正体を明かさず、不気味な子どもと思われた方が都合が好く、単独行動を取れるだろう。

 しかし、子どもではなく大人だと見破りそうな人物がまさか鈍そうな相馬だったとは。 

「お嬢さん、顔色悪いけれど大丈夫?」

 八雲に顔を覗かれ、「大丈夫」と答える。八雲は納得していないようだが、身体だけでなく脳が揺れている状態ではボロを出してしまう。八雲には申し訳ないが何も言わず、地上に続く階段を登る。

 

(寒いな)

 地下牢を抜け外に出ると、太陽が南に昇っていた。裸足のまま雪に突っ込むのはチリチリと足が痛み、引き摺り踏んだ着物はボロボロに綻び、破けた布の部分から直に外気に触れる肌は雪のように冷たい。

 昨夜、投げ出した草履はどこに飛んでいったのかと考えながら凍える腕を抑え、熱い吐息を吐く。

 今の体ではサイズが合わないが、高値はしたのだ。体が元に戻った時、必要になるだろう。それに比べ、子どもサイズの着物や草履を買ったところで元に戻った時に着れず、金銭の無駄遣いになるだろう。着物一着買うだけでもかなり出費が出る。家賃、水道代、ガス代、電気代、エトセトラ……。

 ボロ雑巾になったこの着物を再利用して、子どもサイズの着物に作り直すか。裁縫なんてしたことはないけれど。まず、裁縫道具が自宅に無かった気がするが。あれ、裁縫道具ってどこに売ってるんだっけ?そもそも、裁縫道具なんて買わず帯で裾上げして安全ピンで破れた部分を合わせて留めればなんとかなるのでは?

(よし、そうしよう)

 自宅に向かおうと一歩踏み出すと、襟元を掴まれた。「うえ」と声を漏らし後ろを振り向くと、存在をすっかり忘れていた人たちが私を見下ろしていた。

(すっかり忘れていた)

 また考え事に没頭してしまっていた。

 この人たちを連れて自宅には行けない。一人暮らしをしているあの家に知らない子どもと大人が入るところを店長に見られたら、怪しがられるだろう。それだけで終わるのならばまだ良い。もう会うことはないだろうから。だが、店長と幻夢組が顔を合わせるのは非常に不味い。

 今日は本当に頭が痛い。

「何でお嬢さんは草履を履いていないの?」

 私の襟元を掴んでいる犯人、林が首を傾げて問いかけてくる。八雲をちらりと見上げれば、不安げな顔で私を見下ろしている目と視線が合う。咄嗟にふいと視線を反らしてしまう。

 八雲が刀に斬られそうだったので無我夢中で走ったら、いつの間にか草履が脱げていました。

(なんて口が裂けても言えねぇ)

 身体が気がつけば動いていたのだ。聴力も脚力もないのに、考えなしに身体が勝手に動いていた。その結果、八雲の傷口を広げてしまい、最終的に私は迷惑しかかけていない。そもそも、八雲が危ない目に合ってしまったのは、理由は知らないが私を狙う人斬りのせいだ。もっと格好良いシーンがあれば、自慢気に「英雄は現場に爪痕を残すもんさ」なんて言えたが、私が残したのはサイズが合わず脱げた草履だ。

「……犬に襲われ、犬の糞を踏んじゃったので捨てました」

 自分でも苦しい言い訳だとは思うが、他に何も思い浮かばなかった。

「なんて犬だ!」

 カッと目を見開き、オーバーなリアクションをとる林に馬鹿にされると身構える。

「そんな凶暴な犬がこの町に存在するのか!ぜひ手合わせ願いたい!」

 風のように私の横を一瞬にして走り過ぎ、町に消えて行く林の小さな人影を呆然と見つめる。

「バカだ」

「てめぇもな」

「林は戦闘狂のバカなんだよ」

 私の呟きに喧嘩を売ってくる松本。

「あんたは命知らずのバカだね」

 私の頭を撫でる美浦の手から逃れるように、八雲の側に駆け寄る。

「私はバカじゃないし、子ども扱いしないでください」

 八雲の影に隠れながら顔だけをひょっこりと出し、ベーっと二人に舌を出す。

「てめぇ、ガキだからって調子に乗りやがって」

「一体どんな教育してきたの宗一郎」

「俺じゃねぇよ!てか、癒月も頬緩ませてんじゃねぇ!」

「え、飛び火ですか?!」

 なんと松本は八雲にまで絡み始めた。

「だるんだるんに緩んでるよ。もう少し引き締めたらどう?その腹も一緒に」

「張り飛ばしていいですか?」

 美浦の失礼な発言に、温厚な八雲も食い付いた。幻夢組は女性にモテないだろう。顔はいいのに勿体ない。

 騒ぎながら前を歩く三人の背中を眺める。

「言わないんだな」

「何がですか」

 いつの間にか隣に並んでいた相馬に聞き返す。

「本当は犬に喰われたわけじゃないだろ?」

 確かめるようにゆっくりと話す相馬の声を聞きながら、裸足の足元に視線を下ろす。

「一昨日の夜、癒月を庇うときに」

「恩を返しただけですよ」

 相馬の言葉を遮り、雪の上に寝転ぶ。太陽がサンサンと照らしているというのに溶けることなく冷たい雪が着物の破けた部位から触れて、熱を持った身体に丁度いい。

「恩?」

 相馬は、わけがわからないという顔をして隣に腰を下ろす。

「一緒にケーキを食べてくれた恩です」

 緩んだ口元から熱い吐息をもらし、白い靄となって青い空に消えていく。

(熱あるな、これ)

 両手を広げ、雪に触れる面積を増やす。

(あれ、身体を温めなきゃいけないんだっけ?)

 拾われてから一度も風邪を引いたことがなく、熱に関しての知識は一ミリもない。何が正解か分からず、とりあえず気持ちいいからこれでいいやと目を閉じる。

(お腹空いた) 


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