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白姫物語  作者: 空見雪
7/12

幻夢組 2

「痛って」

 ポニーテール侍に意識を飛ばされてから何分過ぎたのか分からない。錆びた鉄の臭いが広がる薄暗い地下牢の中では、太陽が昇ったのかすら、知ることはできない。子どもの体重にも絶えられそうにない音を立てる床に転がりながら嘆く。私以外誰もいない地下牢にカン、カンと階段の音が響く。両手を耳に当て、ごろんと寝返りを打つ。

(またあいつらか)

 しつこく変わり番をする彼らに悪態を吐き、部屋の隅にゴロゴロと転がり込む。

 体当たりでもしたら壊れそうな脆い格子。今にでも抜けそうな床。

 ここは田舎町の町外れにある地下牢だろう。団子屋に来ていた童が、幽霊が出ると噂していたことを思い出しながら、ツーッと床に指を擦り付ける。管理が行き届いていないはずの牢が掃除されているのは八雲のおかげか。

(そういえば、雑用ばかり押しつけられるとかなんとか言っていたな)

 部屋の角を擦ったが埃一つ付かない指先に感嘆の声を漏らす。

(引っ越しする時の掃除、八雲に頼むか)

 ふーっと埃が付いていない指先に息を吹きかけ、パッパッと手を叩く。

「牢の中で手拍手たァ、ガキのくせに早くも狂っちまったか」

「童を刀で気絶させて牢にぶち込むイカれたポニーテール侍ほど狂ってはいませんよ」

 「ポニーテール侍じゃねぇ」と口を尖らせる相馬に「ならロリテ侍ですか」と告げる。

「口の減らねぇガキだな」

「ガキじゃない」

「ガキだろ」

 幼児化した容姿のせいか、ガキやらお嬢さんやら子ども扱いをされる。まだ幼い子どもの身体では育つものも育っておらずお嬢さんと間違えられてしまう。性別がないというのに女性と間違えられてしまうのは何故だろうか。

(あれか、私の顔が良すぎるのか)

 あまりに美形すぎると男か女か見分けがつかないとどこかで耳にしたことを思い出し、そういうことかと一人納得する。

「いい加減てめぇが何で人斬りに狙われるのか、言う気になったか」

 壁に凭れ掛かり睨みつけてくる松本に背中を向け、無言を貫く。

「余計なことはベラベラと話すくせに、都合が悪くなればだんまりか」

 「だからガキは嫌いなんだ」と忌々しげに告げられ、ゆっくりと瞼を閉じる。

(私だって子どもは嫌いだ)

 くぁーと欠伸をしていると、またもやカンカンと階段を降りてくる音が地下牢に響き渡る。顔だけを格子に向ける。

 八雲ならこっそり脱獄の手助けをしてくれるかもしれないと希望を抱いていると、青色がかかった黒髪が格子の前に現れる。顔を壁に向け、眠りの体制に入る。

「松本さんのマンツーマンの事情聴取を受けて狸寝入りかます被疑者は君が初めてだよ」

「なんでお前がんなこと知ってんだ」

「被疑者の顔を見たら一目瞭然っす」

 人の牢の前で騒ぎ出す二人を背に「何しに来たんだこいつらは」と呟く。冷たいコンクリートの床に手をつき立ち上がり、格子に近づく。

(このまま喧嘩が続いたら格子が破壊しそうだ)

 強い衝撃を与えれば崩れ落ちそうなほど脆い鉄の格子。触れてみればパラパラと格子の表面が剥がれ落ちる。

 喧嘩を止めたいわけではないが、格子が壊れ脱獄不可能な格子に入れられることを防ぐため、二人に声を掛ける。

「私はいつになったらここから出れますか?」

 胸元を掴まれているのに涼し気な顔をしている美浦に問いかけると、松本の手が離れた。

「そのことなんだけどね嬢さん。君、幻夢組の保護下におかれることになりました」

 「はぁ?!」と叫ぶ松本に「ついさっき決まったよ」と付け加える美浦の顔にはしてやったりと書いてあり、掴まれて寄れている胸元を整えている。

(こいつも幻夢組じゃねーのかよ)

 ガキが嫌いな松本は真っ先に反対しそうだが、どうやら松本の意見は無き物にされたようだ。

(幼気な子どもの体を乱暴に扱うからだ)

 ざまぁみやがれと心の中でほくそ笑んでいると、牢の鍵が開けられる。保護下におかれるということは、四六時中誰かと共にいなければならないだろう。

(冗談じゃない)

 自分の身は自分で守れる。爺さんがなくなってからは衣食住だって今まで自分の力で掴んで生きてきた。今更、幼児化しただけで困ることなんて何一つない。

 それなのに、力を奪った次は自由を奪うというのか。しかし、脚力も聴力もかぐやに奪われ無力なガキの体になってしまった私に、大人に抵抗したところで勝機は限りなくゼロに近いだろう。刀さえあれば少しは勝機が掴めたが、その刀も幻夢組に人質ならぬ刀質に取られてしまい、丸腰で立ち向かわなければならない。

(そういえば、人斬りが幻夢組はかぐや殺し集団だと言っていたな)

 幻夢組の跡をつければ、あのかぐやに会えるかもしれない。あの夜、かぐやと乱戦していたのは幻夢組であり、あの男についての情報もそれなりに持っているのかも知れない。だが、もしもあの男が現れることも何の情報も無いとなれば、無駄な時間を過ごすことになる。たとえ死んでも、体も力も自由でさえも取り戻す事はできないだろう。

 天秤にかけるにはどちらも犠牲が大きすぎる。

 どちらにも見える未来は、真っ黒に塗りつぶされるまでの犠牲が隙間なく詰め込まれている。どちらも同じに見える天秤皿は、地上まであと一センチのところまで傾き、再び空に跳ね上がる。

 どちらの犠牲を受けるか、結論が出ずにいると一つの犠牲に小さな穴が開く。そこから黒い靄が抜け出し、グラグラと揺れていた天秤が一気に傾いた。

「こんな寒いところ、早く出ましょう」

 いつの間に降りてきたのか、牢に入り私の手を握っている八雲が隣で真剣な顔をしていた。

「お嬢さんは私たちが必ず護りますからね」

 その言葉に、どの口が言っているのかと呆れる。どうして私が人斬りに狙われていることを知りながら、私を護るなんて命知らずなことを言うのか。幻夢組に救けられたが、彼女は私と歩いていたせいで危ない目に会っていたというのに、反省していないのか。

 「あんたは大人しくしてろ」という言葉を飲み込む。私の霜焼けした手を自らの両手で包み込むように覆っている八雲から目を逸らす。

 格子の前には男四人組がこちらの見つめている。

(本当に大事にされてる)

 そこにあるのはいつか終わりを迎える恋愛感情ではない。どんなに切っても斬れない糸とやらか。少なくとも、松本とは違い八雲の意見を聞く耳は持っていそうだ。

 誰かの保護下におかれるなんて耐えられそうにないが、いざとなれば八雲の目を盗んで逃亡してやろう。

 どっちを選んでも暗い未来しか待っていないというのなら、人がいる方を選ぼう。決められた未来も、人と関わることで新たな別の未来を斬り開けるだろう。叶うのなら、それが他人さえも巻き込んでしまう絶望に墜ちた未来じゃありませんように。

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