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白姫物語  作者: 空見雪
6/12

幻夢組

(本当にあの娘は子どもでしょうか)

 八雲は暗い雪景色に消えていく真白の背中を静かに見守っていた。

 身の丈に合わない大人の着物を羽織り、食事をとっていないのか痩せ細った身体。童とは思えない大人びた言動をする真白は何処か異様で、目が離せなかった。

 着物の裾を何度も踏んでは転び、その度にプルプルと我慢するように堪える真白に何度も手を差し伸べたかった。しかし、真白を抱き上げたときの嫌がる様子を思い出しては何も言えず、伸ばした手は何も掴めなかった。

 大人サイズの着物や草履を着用しているのか尋ねてみたが、上手くはぐらかされてしまう。買いに行こうと訊いてみたが、いらないの一点張りだ。

 指の先まで凍えている真白におしるこをプレゼントしたが八雲の怪我を悟られ、逆に気を遣われてしまいみっともない姿を晒してしまった。それなのに、真白は呆れや慰めをするでもなく、何もなかったかのような振る舞いで立ち去った。わざわざ裾から霜焼けしてしまった手を出して後ろ手を振る小さな背中は、靄のように儚く消えてしまいそうに見える。昨夜救けられたのは自分だというのに、どうしようもなく抱きしめてしまいたくなった。

 しかし、真白は困るだろう。湧いて出た感情を胸の奥に閉じ込め、自宅に向かっているであろう真白を家まで見送ろうと立ち上がる。

(親御さんに心配をかけてしまいましたね)

 童が夕暮れになっても帰ってこなければ、親は心配するだろう。しかし八雲はあることに気がついた。

(よくよく考えてみれば、お嬢さんは昨夜から私たちと一緒にいたわけで、家には一度も帰っていませんでしたよね?)

 もしや誘拐紛いのことをしているのではと顔を青くさせていると、ヒュンッと銀色に光る何かが顔の横を飛び抜けた。直後、外気よりも熱がある液体が頬をつたう。

「外しましたか」

 腰に手を伸ばすが、常ならばそこにある刀は差していなかった。まさか隊服を着ていないときに人斬りに遭遇するとは予想外だったため、刀は旅館に置いてきたのだ。その判断が今、悔やまれる。

「癒月!」

 馴染みのある声に振り向くと、鞘に収まった一本の刀が一直線に飛んできた。

「みなさん、どうして」

 刀を受け取り、目を瞬かせる。その目には四人の仲間が映っていた。

 「まさか……」と言いかける八雲に「そんなまさか!」とあからさまに驚く相馬。彼の目は泳いでいる。

「たまたまだよね宗一郎?!」

「言ったのは相馬さんだ」

「私、まだ何も言ってないんですが」

 墓穴を掘ったと後悔する相馬と首を傾げる八雲。「喧嘩両成敗だよ」と松本に斬りかかる美浦。険悪な二人に「俺も混ぜてよ」と入り込む林。

「あなた達が噂の幻夢組ですか」

「こんな田舎町まで名を知られるとは…。一体どんな悪事しでかしたの宗一郎」

「悪事しでかしてんのあっち!」

 敵を前にしても普段と変わらない幻夢組の姿に、人斬りは刀を鞘にしまった。戦う意思を感じられない人斬りを幻夢組は訝しげに睨む。

「ここは一つ、交渉をしませんか?」

「交渉だと?」

 人斬りは「えぇ」と口元に弧を描き、目を細めた。

「あの童を頂けないでしょうか」

 刹那、八雲が人斬りに襲い掛かる。

「癒月!」

「交渉決裂ですか」

 「残念です」と眉を下げ、人斬りが鞘に収めていたはずの刀が八雲の首に向けられる。相馬たちが駆け出すが、既に刀は八雲の首に触れていた。しかし、刀が八雲を斬ることはなかった。

「お嬢さん!」

 脚に衝突してきた小さな人影はつい先程別れたはずの真白だった。地面に倒れた八雲は間一髪のところで刀を躱す。続けざま刀を振り上げる人斬りよりも速く、美浦が人斬りの首に吸い込まれるように剣を振るう。美浦に気がついた人斬りは剣を受け止め、後退る。避けられたことに舌打ちをする美浦。

「お嬢さんは逃げてください」

 昨夜の傷に響いたのか、顔を顰めながら告げる八雲に首を横に振る真白。どうして戻ってきたのか問うと、真白は手のひらを倒れている八雲に差し伸べる。自分よりも小さな手。

 その手に八雲が手を重ねると、「そうじゃないです」と真白は眉を眉間に寄せた。

「私の刀を返してください」

(刀……?)

 八雲が首を傾げていると、松本が鞘に収まった刀で真白の後頭部を小突く。

「ガキに刀は早ェ。おしゃぶりでも振り回して大人しく家に帰れ」

「刀の使い方を知らないあなたこそ、お家に帰ってママのハンバーグをもっぐもっぐしたらどうですか」

 真白の煽りに、松本は額に青筋を浮かべて口角をピクピクと痙攣させる。 

「生意気なガキだな」

「やぁ〜だ!生意気なガキの挑発に乗っちゃうなんて何歳ですか」

 抜刀する松本をたしなめる相馬。人を煽る真似をする真白に目を丸くしながら立ち上がる。

「意外です。お嬢さんが人を煽るなんて」

 「口が勝手に」と口に手を当てる真白に苦笑いを零し、人斬りに目を向ける。

「随分と彼らと親しい様ですね、お嬢さん」

 「どこがですか」と無表情に言い放つ真白。

「そういうわりには、そこのお嬢さんBを身を挺して守ったようですが」

(私、村娘Bならぬお嬢さんB?)

 いつの間にかモブキャラ認定されていることに、少なからずショックを受ける。

「あれは守ったというより傷口を開けただけじゃない?」

 「巨大な雪玉がぶつかったかとびっくりしたわ」と真白の頭に手を置く林。

「重いです」

 彼の手を払い除ける真白。気がつくと真白の周りを幻夢組が囲っていた。

「どうやら幻夢組はお嬢さんを渡したくないようですね」

 「幻夢組?」

 八雲に首を傾げる真白に人斬りは目を瞬かせると、ニヒルな笑みを浮かべた。

「全国大名織田信長とその民を守る武装警察を表向きの顔とする。しかし本職はかぐやの殲滅を謳う対かぐや殲滅組織。通称幻夢組。鉄の匂いを四六時中撒き散らすかぐや殺し集団だよ」

 齢五歳にも及ばない見た目の真白に難しい言葉の意味は理解できないだろう、或いは真白に知られようがどうでもいいと気にも止めない相馬たち四人は人斬りから目を逸らさない。唯一、八雲だけが子どもにしては表情を崩さない真白に目を向けている。

 八雲は勘づいていた。真白が八雲の知る子どもとは違うことに。人斬りが真白を狙う理由が、そこにあるかもしれないと。

 冬の凍てつく風が隊服を揺らす。真白の一つに纏めた髪が、横顔を隠すように風に靡く。

「あなたは勘違いをしています」

 風が静まり、凜とした声が八雲たちの耳に届く。

「幻夢組の皆さんが護りたいのは、どこの馬の骨か分からない私じゃない。彼らの大事な八雲さんですよ」

 「はぁ?!」と後ろを振り返り声を上げる男四人組。

「あれ、違いましたか?」

 真白は小首を傾げる。その隣に突っ立っている八雲は口をぽかんと開け、言葉を失っている。人斬りに至っては「おやおや」と興味深げに六人を眺めていた。

「八雲さんの跡をつける様は、親が子の初めてのおつかいを見守る様子に似ていたものだったので。それに八雲さんと知り合いになったばかりの私がチーンとお陀仏になっちゃったら、八雲さんが拗ねちゃうじゃないですか」

 「みなさん大変ですね」と他人事のように言う真白に幻夢組は目を点にする。人斬りは「そういうことですか」と納得している。

「ならば一つ訂正を。ロリコン警察集団よりも僕のほうが安全ですよ。さぁ、僕の胸に飛び込んできてください」

「身長が胸まで足りていないのが見えませんか?」

 「まず飛び込まないでください」と真白の肩を抱き込む八雲の耳は仄かに赤く染まっている。

 突然抱き着かれ、「離してください」と八雲の腕から逃れようとするが肩に顔を埋める八雲の耳が目に入り、諦めたのかため息を吐く。

「俺はロリコンじゃねぇ!」

「ロリコンとは何だい?」

「俺と八雲は二歳差だからね」

「それを言うなら俺もだよ」

 口々にロリコンを否定する四人組。彼らを見上げる真白の目は冷めていた。

「仕事放棄してまでストーカーしている相手のことを大切じゃないと否定しますか。可哀想に。愛情表現とやらが出来ないあなたたちのような人間は大抵女に殺されます」

 「ファイトです」と拳を固めて親指を立てる真白に「んな目で何をファイトしてんだ!」とキレる松本。美浦は腕を広げている人斬りに斬りかかっていた。 

「無鉄砲に剣を振り回す男は女にもフラれるんだよ」

「残念ながら、僕は一度ロックしたターゲットは必ず落とす主義なので」

 人斬りは美浦ではなく、その後ろにいる真白の目を真っ直ぐ見つめる。

「諦めませんよ」

 美浦の剣が届く前に、人斬りは屋根の上に飛び上がり、夜の闇に姿を消した。

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