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白姫物語  作者: 空見雪
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夢 2

 連日続いていた雪が止んでいる。積もった雪が道の端に退けられ、太陽の光をキラキラと反射する雪の結晶が眩しい冬日和。

 昨夜の騒動が嘘のように行き交う人々は、薄く残った雪の上に足跡を残しながら歩いていく。

「お嬢さんは嫌いな食べ物ありますか?」

 「ないです」と答えながら雪道を歩く。八雲に降ろしてもらったことはいいが、幼児化した体ではサイズが合わず着物の裾を踏んでしまい、何度も転んだ。その度に八雲が抱えようとしたが断っている。

 幼い頃の記憶がない真白は、人生初の子どもから見える世界に胸を躍らせていた。手のひらサイズの雪だるまを作ろうとしたが、縮んでしまった手では掴める雪の量が少ない。

 なかなか完成しない雪だるまに苦戦していると「あっ!」と隣にいた八雲が声を張り上げた。ビクッと肩を震わせ、彼女を見上げる。八雲の目は近くのレストランに釘付けされていた。

(そういえば、昼飯まだだな)

 食い入るように食品サンプルを見つめる八雲は、グーッと腹の虫を鳴らしていることに気がついていないようだ。

 「食べに行きますか?」

 声を掛けると、キラキラとした瞳を真白に向ける。その子どもらしい瞳にくすりと笑みを溢した。

(これじゃ、どっちが子どもか分からないな)

 レストランに入り、テーブル席に座る。八雲が注文した料理を美味しそうに食べる姿に頬を緩ます。頬杖をつき、窓から外の様子を眺める。

 道を歩いている途中、この町で知りあった人々に声をかけられるかもしれないとひそかに考えていた。だが、真白本人でさえも知らない幼少期を彼らが知るはずもなく、赤の他人のように横を通り過ぎて行った。中にはサイズの合わない着物を着用する真白を好奇な目で見る人もいたが、隣りで歩く八雲の浅葱色のだんだら模様の羽織を見た瞬間、顔色を青くしてサッと視線を反らした。

(この姿じゃ、じいさんも私だって分からないや)

 窓ガラスに映る自分の姿を呆然と眺めていると、「お嬢さん」と八雲に呼ばれる。テーブルを見ると、綺麗に模様が見えている皿が置かれていた。

 彼女はあっという間に和食セットを完食していた。

(私がぼーっとしすぎたのか)

 一つのことに集中すると周りが見えなくなる悪い癖があり、またしてしまったと心の中で反省する。

「お嬢さんはケーキ食べれますか?」

 八雲の脈拍のない質問に「食べれますよ」と答えると、彼女はぱぁと花が咲いたように明るい笑顔を浮かべた。

(素直な子だ)

 真白が水の入ったコップに口付けると、八雲は丁度隣を通りがかった店員を呼び止めショートケーキセットを注文する。

(まだ食べるのか)

 ゴクゴクと乾いていた喉に水分を与えながら八雲の身体の中で渦巻くブラックホールを想像する。そうこうしている間に、店員が机の上にいちごショートケーキセットを二つ並べた。

(まじで胃にブラックホール飼っているな)

 一つだけじゃなく二つ頼んでいたことに、感嘆の声を漏らす。彼女はケーキセットを一つ、真白の前に移動させた。その行動に首を傾げると、フォークを手渡される。

「一緒に食べましょう」

「……私が食べていいの?」

 じーっとケーキを見つめていると、「もちろんです!」と八雲に即答され、袖まくりをしてフォークを受け取る。

「お嬢さんは痩せすぎです!もう少し筋肉を付けないとぽっくり逝っちゃいます」

 その言葉に笑みが溢れた。

「ぽっくりって、私は年寄りですか」

 どこかズレている八雲がおかしく、クックッと喉を震わせる。すると八雲は目を丸くしたあと、優しい眼差しで真白を見つめた。

「お嬢さんもそんな風に笑うんだね」

 八雲の本心から出たような言葉と、真っ直ぐに見つめる眼差しに亡くなったお爺さんを思い出す。その瞳から逃げるようにショートケーキを口に運ぶ。そんな真白の様子により一層目元を和らげながら、八雲もショートケーキを口に運んだ。

「……美味しい」

 一口食べ終え、ポツリと呟いた真白に八雲は「ですよね!ここのお店のスポンジは」とメニュー表を開きながらケーキについて熱く語る。しかし、真白はショートケーキを見つめながら不思議な気持ちになっていた。

(このお店のショートケーキは何度か団子屋の常連さんがプレゼントしてくれたけど、こんなに美味しいと感じはしなかった)

 ならばなぜ、とあの時と今を比べると、一つの違いが目の前にいた。

(……あ)

 目の前で熱くケーキを語っている八雲に目が行き一つの説が浮かび上がるが、「んなガキじゃあるまいし」と打ち消す。今日はいつもよりも職人の腕が乗っていたのだろうと結論付け、食べかけのショートケーキを美味しく頂いた。


ーーー


「冬になると日が落ちるのもあっという間ですね」

 太陽が出ていたときはキラキラと太陽光を反射していた真っ白な雪も、冬茜色に染まっている。

 「どうぞ」と八雲が道の途中に見かけた自動販売機で購入した缶を受け取りラベルを見ると、『おしるこ』と表記されていてまたもやクックッと喉を震わせた。

「何かおかしなことでもありましたか?」

 隣に腰掛け首を傾げる八雲の鼻の頂点はトナカイ鼻となっている。

(そういえば購入していたの、この缶一つだけだったな)

 おしるこを八雲の膝の上に乗せる。

 「おしるこ嫌いでしたか?」と不安げな顔で小首を傾げる八雲に、そうじゃないと首を振る。

「身体を冷やすと傷に触りますよ」

 ズビッと鼻を啜りながら伝えると、八雲は驚いたように目を見開いた。

「いつから…」

「生身の人間が吹っ飛ぶほどの威力を受けて、無傷なわけありませんからね」

「……情けないですね」

 今日一日共に過ごした八雲癒月の声とは信じられ難い破棄の失くした声を聞きながら、耳を澄ます。昨日までは聞こえていたはずの人間の心拍数も、今では風の音しか聞こえず自分は何もかも失ってしまったと改めて痛感する。

「女という性別のせいか周りからは雑用ばかり押し付けられ、前線に立つことさえ許されない。でも、昨日ようやくが立つことができたんです」

 「でも」と言い淀んでいる八雲に何となくだが先のことが読めてしまう。

「……自分よりも歳下の、それも五歳にも満たない子どもに命懸けで救けられるなんて。今日はそのお礼をしたがったんですが、逆に気を使わせてしまいました」

 「すみません」と頭を下げる八雲。俯いている顔と対面している木造ベンチには、ポタポタと水滴が零れ落ちていた。




――



 

(何で私が泣かせたみたいな雰囲気になってんだ)

 白石真白は地平線の更に向こうまで続く静寂の雪景色を眺めていた。しかし、隣で啜り泣く女性によってその瞳には何も映してはいなかった。

(そもそも、あそこで盗み見している人たちは何してるんだ)

 心の中で文句を吐き、低木の影に隠れている相馬達に視線を向ける。隠れているつもりだろうが、幼児化した子どもの目の高さではザワザワと不自然に揺れる低木は怪しすぎた。

 バレバレだが隠れるように子どもの後を追いかける親の行為は何度も目にしたことがある。八雲が追いかけられる側としては過保護な気がするが、それほど相馬達にとって八雲は大切な存在なのだろう。それ故に、真白に微塵も興味がないように接していた松本でさえも、部屋を一室貸し切っていた真白に文句の一つも言わず自己紹介をしてくれたのだろう。八雲がお礼をしたいと頼み、渋々ながら了承している彼らの姿が容易に想像できる。

(恐るべし、愛のパワー)

 ぶらぶらと空中で遊ばせていた足を止め、雪の上にボスッと着地する。自宅に向かって歩き出した。

「……お嬢さん?」

 突然歩き出す真白に驚いたのか、間抜けな声を出す八雲に足を止めず、ひらひらと後ろ手に小さな手を振った。 

「お礼は八雲さんが一緒にケーキを食べてくれたことで、充分頂きましたよ」

 


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[良い点] 非常に優れた小説で、評価は万能宇宙の神から来ている [気になる点] 奇妙な枠組み [一言] 非私はあなたが必要です!
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