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白姫物語  作者: 空見雪
4/12

「真白」

 心がポカポカと温まる懐かしい声に目を覚ます。闇夜よりも暗い世界に真白と『彼』の二人だけが、この世界に存在した。

 『彼』はどこか懐かしく、思わず抱きついてしまいたくなるような大切な何かだった。

(行かないでくれ)

 去ろうとする背中を引き留めようとするが、体が動かない。しかし、そんなことお構いなしに『彼』との距離はみるみるうちに広がっていく。

 まるで手を伸ばせば伸ばすほど遠ざかっていく月のように、『彼』は手の届かない存在になってしまった。

(置いていかないで)


  

――



「夢……か」

 記憶にない人間が目の前に現れ、急に去っていくという不思議な夢を見た。もしも記憶喪失になる前の知人なら、なぜ今になって夢に見たのか。

 両腕で目を覆い、ため息を吐く。着物に染みがついてしまうが、誰かに見られるよりは断然マシだ。

(所詮は夢だ。どうでもいい)

 それなのに、得体のしれない喪失感が胸を襲う。

「おはよー!」

「こら健!寝ているのにわざわざ起こすものじゃありません!」

 夢の感傷に浸ってる間もなく、襖がスパーンッと良い音を立てて開かれる。

 着物の裾でゴシゴシと目元を拭い、襖に視線を向けると五人の男女がそこに立っていた。

「だが相馬さん。ガキは既に起きてるぜ」

 闇夜にも負けない漆黒の長髪を一点に纏めている男が言うと、相馬と呼ばれたこの場で一番の年長者だろう人間が目を見開き、ずんずんとこちらに歩いてくる。

「そりゃすまなかった!体の方は大丈夫かい?」

 真白は突然手を握られ、困惑しながらも首をコクコクと縦に動かす。

(この人、でかくね?)

 真白の手の二倍以上ある男の手と大人である真白よりも大きな体を持つ男を見つめていると、青みがかかった黒髪を顎ラインで切り揃えた青年が布団に腰を下ろした。

「だめだよ宗一郎。ガキ怖がらせちゃ」

 「俺じゃねーよ」という反論を無視して私の頭を撫でている青年の言葉に引っ掛かる。

(ガキガキ言いやがって、私はお前よりは歳上だぞ)

 じとーっと青年を睨むと、「ガキも宗一郎帰れって言ってるよ」と突拍子もないことを言い出した。

 「それはテメェだろ」

 松本と呼ばれた男が額に青筋を浮かべている。

「美浦さんも松本さんも子どもの前で喧嘩しないでください」

 二人の険悪なムードに間に割って入ったのは、艶やかな黒髪を肩まで伸ばしている少女。

「昨夜は救けてくれてありがとう」とふわりと微笑む少女に、ペコリと会釈する。

(彼女が気絶していた人間か)

 暗闇の中では顔はよく見えなかったので、すぐには判別できなかった。

(それにしても、ここは巨人どもの巣窟か?)

 真白よりも遙かに大きな人間が真白の周りを囲っている。思わず眉をしかめていると、「ぐへっ」と蛙の潰れた声と同時に昨夜、真白の手を掴んでいた青年の顔がドアップで目前に映し出された。咄嗟に身を引いたが、美浦という青年にぶつかってしまい距離を作ることは叶わなかった。

「お嬢ちゃん、その身体で大人の女とはいえをその身一つですくい上げるなんて大したもんだよ。良かったら俺と」

「ガキをてめぇの遊びに巻き込むな」

 青年が言い終える前に松本という人間が遮る。

(ガキ…お嬢ちゃん…その身体…)

 人間たちの言葉に嫌な予感がして、背中に冷や汗が流れる。

「……あの」

 クイクイと一番手鏡を持っていそうなこの場で紅一点の少女の裾を引っ張る。

「ん?どうされましたか?」

「鏡、お借りしてもよろしいですか?」

 そう言うと着物の裾から丸い手鏡を取り出し、真白に向け、その姿を映し出した。

(あぁ、やっぱりか)

 記憶があれば断定できたが、鏡には真白の幼少期時代の姿が映っていた。

 ゴロンと布団に寝転び、毛布を顔を隠すように頭上まで掴み上げる。

(力は吸い取られたと思ったが、まさか体までも奪われていたなんてな)

 聴力も脚力も以前のような力を出そうと意識しても、全て飲み干したコップのように力が一滴も残っていない。

 五歳頃の見た目では、どこも雇ってはくれないだろう。

 力を失った挙げ句、幼児化してしまった体。これから先どう生きていくか悩んでいると顔まで覆った毛布をバサッと奪われた。

 突然毛布をもぎ取られた真白は目を白黒させる。毛布をもぎ取った青年はにやりと悪巧みを企んでいる笑みを浮かべている。

「俺と勝負」

「しねーよ」

 ゴンッと松本の拳骨を喰らい、地に伏せた。



−−−



「遅くなったが、自己紹介からだな」

 収集がつかなくなっていた場が相馬という人間の一声により真白を取り囲むように腰を下ろす。真白も人間たちに倣い、横になっていた体を起こした。

「俺は武装警察の相馬龍明だ。よろしくな嬢ちゃん」

 人当たりの良い笑みを浮かべているのは相馬龍明。根っからの良い人オーラが溢れ出ている。

「…松本宗一郎だ」

 無愛想に名前だけを告げる二十代ほどの男性は松本宗一郎。子どもが嫌いなのか、彼だけが襖から離れずにいる。

「僕は美浦寅之助。相馬さんと同じ武装警察だよ」

 青みがかかった黒髪を耳にかけながら話す二十歳手前であろう青年は美浦寅之助。中性的な見た目をしている。

「ちなみにこっちは林健」

 美浦は立ち上がり、拳骨を喰らい意識を飛ばしている林の頭を鷲掴む。前髪を後ろにまとめようとする美浦に苦笑を溢す。

(拷問か?)

 美浦の大人しそうな顔からは想像できない意外な一面に(まじか)と驚く。「次は私ですね」と少女が一歩前に歩み出た。

「八雲癒月。八つの雲に癒やす月と書いて八雲癒月です。よろしくね」

 親切に漢字まで教えてくれる少女に感嘆する。

(身近に小さな子どもでもいたのか)

 少女に対してイメージを広げる。

「ちなみにここにいるのは全員武装警察だよ」

 八雲ののほほんとした雰囲気で伝えられた情報に、「え」と固まる。

(八雲は人を疑えるのか?)

 どんな悪行を犯した極悪犯とでも身の上話になれば、一緒にポロポロと涙を流しそう人間じゃないか。体にある水の量と同じぐらい優しさで出来た人間じゃないか。絶対に人疑わない疑えない心してるよこの子。

 しかし先程の美浦の件があり、八雲も想像とは百八十度違う性格をしているのかもしれない。

(それにしても)

 八雲と同じぐらい信じられないのは、襖に寄り掛かっている松本だ。あれは手錠をかける側ではなく、かけられる側だろう。疑う側じゃなく疑われる側。手配するよりも手配される側。顔はいいのに、私を横目に睨む目が人を殺さんばかりである。

 ぶるりと背筋を震わせる。

「さて、それでは癒月君頼んだよ」

 相馬が八雲の肩に手を置いた。

 「任せてください」

 笑顔で返事をする八雲は真白の手を優しく掴む。

「それでは行きましょう」

 どこにと口を開くのも束の間、八雲は真白を抱え部屋を後にした。







「……二人だけで大丈夫かな」

 真白と八雲の背中を相馬は心配げに見つめながらポツリと溢す。そんな相馬を横目に見ていた美浦は呆れていた。

「癒月が言ったんですよ。てめぇのケツはてめぇで拭うって」

「癒月ちゃんはケツなんて汚い言葉使いません!」

「女は男がいないところじゃケツケツ平気で言ってますよ」

 「そんなんだから相馬さん、未だに独り身なんですよ」と真顔で毒を吐く美浦。

「くだらねぇこと言ってねぇで追いかけるぞ」

 襖にもたれ掛かっていた松本はいつの間にか二人の背後にいた。美浦の後頭部を鞘で小突く。

「何してくれんのセクハラで訴えるよ」

「てめぇは女か」

「今の時代、男も女も関係なく相手の了承もなく身体に触れたらセクハラだよ。知らないの?」

「それならさっき俺を気絶させる拳骨を落とした相馬殿と美浦殿のこの手は何ですか?」

 意識を取り戻した林は自分の頭を鷲掴みする美浦に問いかける。

「愛の鞭だ」

 百人中百人が仲が悪いと答える二人が声を揃え答える。「メンヘラ上司かよ」と林が嘆いた。

「早く追いかけないと二人を見失うぞ!」

 声を張り上げる相馬に三人がバッと顔を向ける。

「原因はあんただ!」 

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