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白姫物語  作者: 空見雪
2/12

ブルー・ムーン 2

 騒ぎの根源は、この地の戦国大名の家臣が刀鍛冶に無理難題の要求を押し付け、出来なければ牢屋行きだと宣告されたから竹刀を降らせたのだという。

(いや、全くもって理解できない)

 風呂敷に数少ない私物をまとめながら、小さくため息を吐く。息子を母親のもとに戻した時のあの母親の表情が脳裏を過る。

(やっぱり怖がられたな)

 驚異的な聴力に人を蹴り殺すほどの圧倒的な脚力。

 白石真白。

 彼女は世にいう月の国からやってきたかぐやという種族と特徴が似ていた。違う点といえばうさ耳が生えていない点だが、うさ耳はこの国ではかぐやと地球人を区別する最大点であるため、聴力と脚力を隠せば地球人だと周囲に信じ込ませることができる。

 真白自身、己がかぐやか地球人か知らない。それは、真白が野山に倒れていたところを通りがかったお爺さんが拾ってくれたからである。真白は当時見た目齢十五歳頃であったが記憶がなかった。医者曰く記憶喪失という状態であり、自分の正体も家族についても何も覚えていなかった。ただ一つ。着物に記された『白石真白』という名前以外は。

 初めて聴力や脚力が他人よりも優れていることに気がついたのはお爺さんが亡くなってからだった。

 なぜそれまで気づかなかったと聞かれたら、きっかけがなかったからである。

「真白ちゃんの耳はどんな小さな音も聴き逃さない。誰かが泣いて困っていたらすぐに気づけることができるんじゃ」

「真白ちゃんの脚は速い。誰よりも早く人を救けることができるんじゃ」

 まるで自分のことのように自慢気に話すお爺さんによって、自分が他人とは別の種族かもしれないなんて一ミリも想像しなかったからだ。

 そして、お爺さんは言葉の最後にお約束となっているのかいつも同じ言葉を囁く。

「真白ちゃんの聴力や脚力は確かにわしよりも優れておる。じゃが、それがどうしたっていうんじゃ。他人よりも握力が強い人、他人よりも絵が上手い人。人はそれぞれ自分にしかない何かを持っておる。真白ちゃんはそれが聴力や脚力だっただけじゃ。怖がることはない。大事なのは、それを何に繋げるかじゃよ」

 その言葉に何度も救われてきたが、現実とは冷酷なもので、真白のような他人とは変わった人間を受け止めてくれることはなかった。

 そして真白は聴力や脚力を隠しながら各地を転々と放浪していた。団子屋に働き始めたのだって、二ヶ月前だ。

 この地に名残があるわけではない。ひとつところに留まると身が重くなるっていうことわざがあるが、一度だってそんな現象になった覚えはない。

 風呂敷に私物を包み終え、人間離れした脚力を活用させながら屋根の上に登る。どんなときでも変わらず夜空に輝く冬三日月に手を伸ばす。

(一つだけ心残りがあるとするなら、それはやはり――。)

 その時だった。

 ドカーンッと何かが爆発した音が耳をつんざく。

「なんだ?!」

 慌てて体を起こし、辺りを見渡すが、周囲には何も異変は起きていなかった。

(どういうことだ?)

 闇夜を切り裂く猛烈な攻撃音は今も尚続いているというのに、辺りにはそれらしき様子が見えない。一度部屋に戻り風呂敷の横に置いていた刀を腰に差す。脚力を活かし、屋根を伝いながら電波塔の頂点に辿り着く。

(ここからなら、遠くまで見れるな)

 じーっと目を皿のように凝らす。

 ――刹那。

 小さな物体が物凄いスピードをつけてこちらに向かって飛んでくる。

(おい…)

 その物体がどんどん大きくなればなるほど、物体の輪郭が鮮明に浮き出るわけで。

「なんで人間が吹っ飛ばされてんだよ」

 竹刀が降ってきた次は人間が吹っ飛んでくるなんて、明日はクロワッサンでも落ちてくるのかと苦笑を溢す。

 人間が吹っ飛んでくるであろう位置へ向かう。

(このあたりか)

 ヒューンッと風を切る音が大きくなり、正確な音を聞くため耳を澄ませる。全身に心臓があるのでは錯覚するほど心音が体中で鼓動する。脚と耳に神経を研ぎ澄ませ、万に一つのタイミングを最大限に見極める。

「ここだ!」

 力を貯めていた脚を解放して飛んできた人間を受け止める。グググ…と脚を残して身体がかなり海老反り状態になるが、スピードを緩めることに成功する。

 人間を鉄柱に置き、海老反りになっていた腰に手を着き、横に揺れる。小さいが確かに聞こえる穏やかな呼吸音にホッと胸を撫で下ろす。

「こんばんわ、お嬢さん」

 背後から突然聞こえてきた男性の落ち着いた声に、声にならない叫びを上げる。腰が抜けた。

(こいつ、音もなく現れやがった)

 幽霊かと視線を下に落とすが、足は生えている。高鳴っていた鼓動を落ち着かせるため、深呼吸する。すると、眼鏡を掛け右目に涙ホクロがある男性はクスクスと口に手を当てながら密かに笑っていた。その様子に首を傾げる。

「失礼、君が僕を幽霊だと勘違いしていたようで意外に見た目に反して可愛いなと」

「そうでしたか。しかし、すみません」

 にっこりと口角を上げ、真剣に手を伸ばす。

「私には性別がありません」

 鞘から真剣を抜き、男に斬りかかる。しかし、ぴょんとうさぎのような身のこなしで避けられてしまう。

(やっぱりか…)

 男が逃げた方向に顔を向けると、そこにはふさふさの癖っ毛にうさ耳を生やした人間がうさ耳をいじりながら鉄柱に腰掛けていた。

「あなた、かぐやですね」

「よく分かったね」

 耳が生えているんだから当然だろという言葉を飲み込む。

「けれど君は馬鹿だ」

 真白を見下ろす彼の目は、三日月のように嘲笑っている。

「知らないのか?かぐやに剣を向けることは言語道断。死刑は免れないね」

「知りませんか?地球人にかぐやが襲いかかるなんて即刻帰国ですよ。長い時間をかけて地球に来て下さったのに大変ですね。でも安心してください」

 鋭い剣先を男に向け、両手で真剣を構える。

「一瞬で帰らせてあげますよ。黄泉の国に」

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