いただきます
身体の重たさに、夢から目覚め始めたと実感する。夢の中では無重力のように軽い身体も、現実になれば重力に引っ張られ、重く憂鬱な朝がやってくる。
「…仕事行かなきゃ」
まだ布団から出たくないが、仕事をしなければ給料が貰えず飯が食えない。食えないイコール死。出勤しないイコール解雇。解雇イコール仕事がなくなる。仕事がなくなるイコール給料が貰えなず飯が食えない。飯が食えないイコール……。
人間、生きるためなら憂鬱な朝だって乗り越えられる。
だが、もう少し寝ていたい。しかし遅刻をしてしまい説教をされるのは御免だ。
重たい瞼を上げ、今日という日を迎える。
(あれ?)
竿縁天井を見上げ、ついこの間までとは違う部屋の造りに、ぽくぽくぽくと数秒間だけ頭をフリーズさせる。
(そういえば幻夢組の保護下に置かれたんだった。まだ寝てられるじゃん)
幼児化してしまった五歳児の身体では仕事もできない。その真実が初めて自分にとって利になった。
寝返りを打ち、頭の下に敷いていた枕を取り出して抱き枕に変える。
二度寝をしようと瞼を閉じ、夢の世界に足を半歩踏み入れた。しかし悪魔が歩みかけていた私の手を掴み、夢の世界から引き戻した。
「起きてください!」
漫画でよくあるシーンの一つであるフライパンをレードルで叩いているのは八雲癒月。朝の静かな時間にカンカンカンとけたたましい音が部屋に響き渡り、枕で耳を防ぐ。それでも金属音は防ぎ切れず、諦めて枕を置き、ぼやけている目を擦りながら身体を起こす。
「今何時だと思ってんですか」
「夜中に起こしたみたいな言い方はやめてください。もう日昇ってますから。もう八時ですから」
「まだ八時じゃないですか」
「もう八時です!」
口の前に手を当て、くわぁと欠伸をする。
なぜフライパンを叩いていたのか、どうして八雲が私を起こしに来たのかなど聞きたいことは山ほどあるが眠気が勝ってしまい、布団にごろんと倒れ込む。
「早く起きないと女児向けアニメ見逃しちゃいますよ」
「録画しといてください」」
「おめぇも見てるんかい!」
バンッと襖を乱暴に開け、後ろに纏めたポニーテールを揺らしながら部屋に入ってきたのは松本宗一郎。布団に腰を下ろし胡座をかいている。
「女の子はみんな魔法に憧れるんですよ」
「乙女心もわからないんですか?だからモテないんですよ」
「余計なお世話だわ」
松本に口を尖らせる八雲に続けて言うと、松本は私の額にぺちっと優しく手を当てた。
「さっさと食堂来ねぇと朝飯なくなっちまうぞ」
そう言い捨てると立ち上がり、部屋を出て行く。閉められた襖を八雲と二人で見つめていた。
「え、何ですかあれ。気持ち悪いほど優しかったんですけど」
「変なものでも食べたんでしょうか」
「私、朝食パスで」
「今日のデザートはいちごですよ」
「やっぱり食べます」
布団から起き上がり、八雲に手伝ってもらいながら毛布や布団を畳む。
「今日は天気が優れないので押し入れに仕舞いましょうか」
八雲の指示通り布団を押し入れに仕舞い、食堂に繋がる長い廊下を歩く。小窓から外の様子を見てみると、八雲が言っていたように暗い雲が青い空を隠していた。
(雨、降りそう)