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白姫物語  作者: 空見雪
10/12

徒桜 2

「てめぇ、病室抜け出してどこ行ったかと思えば一人で花見とは」

 目が吊り上がっている松本の拳に力が入っていることに気がつき、ハッと息を呑む。

(これはもう一発やられる)

 拳骨を喰らう前に逃げ出そうと、足を半歩下がらせる。

「ちゃんと敷地内にいるじゃないですか」

 屋敷を抜け出したわけじゃないのに、何をそんなに怒っているのか。皆目検討もつかず、理不尽に拳骨を落とした松本を睨む。彼が握る拳からぎりぎりと嫌な音が鳴り始めた。

(あの拳が落とされたら、確実に頭蓋骨にヒビが入る)

 背筋に冷や汗が流れ、ダッと桜の木に走り出す。しかし何ヶ月も動いていなかった身体には無理があったのか、足がもつれてしまい身体が斜めに傾く。

(これ、終わったな)

 雪が溶けた地面は固く、顔から衝突した痛みで悶絶している少し先の自分を想像しながら目を閉じる。

「ギリギリセーフ」

 お腹が締め付けられる痛みに襲われ、乱目する。美浦に帯を掴まれ、宙吊り状態にされていた。

「ありがとうございます。もう大丈夫ですので、降ろしてください」

「降ろしたらまた逃げ出すでしょ」

「屋敷を散歩していただけです」

(誰もいなかったら逃げ出そうとは思ったが)

 結果的に幻夢組に見つかってしまい、初の脱出は失敗に終わった。

 美浦の顔面目掛けて足を振り上げる。驚いた美浦が帯から手を離し、体は再び地面に落下した。振り上げた足を勢いのまま一回転して着地しようとするが、着地する寸前に誰かに受け止められる。

「お嬢さんゲットー」

 ギューッと抱きしめてくる人は林。見た目とは裏腹に力加減は出来るようで苦しくない。しかし周りから見たら抱き潰されているように見えるのか、八雲と美浦、松本が慌てて引き離そうとする。

「お嬢さんを離してください!」

「バカが伝染るだろーが!」

「俺はバカじゃありませーん」

 三人から逃げるように庭を駆ける林は私を横抱きに持ち変え、痛くない程度に力を込める。三人は林の後ろを追いかける。相馬は私たちを眺めながら縁側で酒を飲んでいた。

(あれ、この匂い)

 林から香る匂いが何処かで嗅いだことがある気がして、彼の胸元に鼻を擦り寄せる。

「え、お嬢さん?」

 ブレーキをかけた林の背中にぶつかる三人組。

「急に止まんな!」

「危ねぇだろーが!」

「鼻折れたかも」

「あんたら、止まれって言ったり止まるなって言ったりどっちすか」

 喧嘩をする四人を放って林の匂いを嗅いでいると、私の様子が気になったのか八雲が困惑した声で私を呼ぶ。

「お嬢さん?」

「林さんから良い匂いがします」

 クンクンとさらに鼻を近付けようとすると、グイッと肩を引かれた。

「落ちる落ちる落ちる!」

 慌てて林にしがみつこうと手を伸ばす。しかし、その手はある二人に掴まれた。

「はーやーしー」

 二つの地を這うような声が耳元で聞こえ、ビクッと肩を震わせる。

 恐る恐る顔を見上げるとそこには私の肩を引き、バックに吹雪を荒れさせながら私の手を掴んでいる美浦と松本が笑顔でそこに立っていた。

 両手両肩から骨が軋む音が聞こえ、「いっ!」と喉から声が漏れ出る。

(私を殺すつもりか!)

 なんとか逃れようと身体を捩るが、二人の手がビクとも動かない。メキッと身体の中から鳴ってはならない音が聞こえ、堪らず悲鳴を上げる。すると私の叫び声に驚いたのか力を緩めた二人から手を振り解き、林にしがみつく。二度と離されないように背中に手を回し、ぎゅっと服を握る。直後、両肩が外れるほどの強さで引き戻される。

「嬢さん」

「嫌です」

「何でそんなに林にくっつくんだよ!」

「林さんが一番安全そうだからです」

「こいつが一番危ねえだろーが!」

 二人の引っ張る力が予想以上に強く、林の隊服を掴んでいた指が一本、また一本と剥がれていく。

(このままだと、また骨が軋む!)

 今度こそ完全に骨が粉砕する未来が想像できてしまい、ぶるりと身体を震わす。 

「林さん」

 風のような速さで走ることが出来る林ならこの状況から逃げられるだろうと期待して彼を見上げる。

「…何してるんですか」

 彼は空を見上げていた。プルプルと震える彼に何かあったのかと心配になり、背中に回していた腕を戻し、肩をトントンと叩く。林の様子がおかしいことに気がついたのか、私の肩を掴む松本と美浦の手は離れていた。

「…俺、病気かもしれない」

 林の爆弾発言により、縁側に沈黙が落ちる。

「…りありぃ?」

 なぜか英語で話す美浦の手にはライターが握られ、ボッボッと着火を繰り返していた。

「大変だね。俺が消滅させてあげるよ」

「おら、今すぐ服を脱げ」

 脱げと言っているが、斬り刻むつもりなのか抜刀する松本。林は私を抱えながら危険な二人からじりじりと後ずさりをする。

「絶対そのライターで直火焼きしようとしてますよね?!俺の肌炙ろうとしてますよね?!」

「安心しろ。単細胞のお前なら何度でも蘇る」

「誰がアメーバーですか!」

 林は斬り炙る気満々の二人に叫び、ダッと縁側を駆け出す。その際、私を抱える手に力が籠もり、心臓から離していた顔がまたもや彼の胸元に当たる。顔を離し彼の顔を見ると、逃げることに必死な表情をしている。

(さすが警察だな)

 見ていることに気がついていないのであろう彼の胸元に顔を預ける。きっと今までに数え切れないほどの人を救ってきたのだろう。どんなに速いスピードで駆けても落とさない彼の腕の中は暖かい。何度もこの腕で人を抱えて救けてきたのだろう。

 彼に初めて出会った時、この暖かい腕に支えられた。

(だから安心して身を任せられるんだろうな)

 彼なら一度掴んだ手を絶対に離さない。

 今までにこれほど強い第六感は感じたことがない。だからこそ、彼はそういう人間だと信じることが出来る。

(あの匂い、どこかで嗅いだ気がするんだよな)

 第六感を感じたのも、彼の匂いが大きな原因だ。記憶にないのに何処かで嗅いだ匂い。失くした記憶の中で名も知らぬ誰かがつけていた香りだろう。それもきっと、記憶喪失以前の私にとって大きな存在。

(彼といたら記憶が戻るのか)

 もしかしたら、林健はその存在と関係があるのかも知れない。

(私は記憶を取り戻したいのか)

 私が取り戻すものはたくさんある。その中でも、失くした記憶の優先順位は低い。

 誰か一人でも記憶喪失以前の私と交友があった人間が存在したら、記憶を取り戻すことの優先順位が上がったかもしれないが、八年間各地を転々と放浪してきた私にそういう情報が耳に入ることは無かった。

 誰も私を探していないのだ。誰も必要としていない記憶に何の意味がある。

 私が今取り戻すべきなのは自由な生活とかぐやに奪われた聴力と脚力、身体。

(一つずつ取り戻していこう)

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