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白姫物語  作者: 空見雪
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ブルー・ムーン

時は戦国時代。

 それは全国に様々な群雄が割拠し、互いに争乱を続けていた時代。

 隣国に戦を仕掛け、勝つことで、自国を豊かにしようとする大名が各国に存在していた。

 しかし、それは月の国からの来訪者により一転する。

 月の国は地球を自国の星として得るため、戦を仕掛け勝利。地球は月の国に敗北。

 月の国の人間、通称『かぐや』と共に地球での平和な暮らしを誓うブルー・ムーン協定を結んだ。

 道行く人たちに聞けば、誰もが平和な時代だと答えるのどかな時代。

 それは小さな田舎町でも変わらず、団子屋の看板娘は今日も元気な笑顔で接客を熟していた。

「真白ちゃん、ありがとう」

「姉ちゃんまたねー!」

「ありがとうございました」

 最後の子供連れの客に深々とお辞儀を終え、空を見上げる。この星のことを『青い星』とかぐやはいうが、それは空の青をいうのか、それともまだ一度も見たことがない『海』とやらの青をいうのか。

(今の茜色の空なら『赤い星』なんて言ってそうだな)

 そんなくだらないことを考えながら店の暖炉を片付け、店内の掃除を終える。自宅である二階に続く階段を上るため、一度外へ出る。

「はぁー」と肺に溜まっている息を吐くと、白い靄が体外へとかかる。

(炬燵そろそろ買うべきか)

 客達が「炬燵はいいよ。真白ちゃんも買いな」と口々に言う炬燵に思いを馳せていると、どこからか大きな物音が耳に入る。

 仕事終わりを狙っていたのかと疑ってしまうタイミングの悪さに頭を掻き、物音がしたであろう場所へ向かう。

 いくつかの道角を曲がると、そこには大勢の野次馬が輪になって盛り上がっていた。

(田舎町でこんな夜遅くに何してんだよ)

 酒が入っているのか、周りの迷惑を考えずに好き放題叫んでいる年寄りたちに呆れながら野次馬たちにゆったりとした足取りで歩み寄る。

「勝千代!」

 その悲鳴にも似た声にピタリと足を止める。周りを見渡すと、野次馬の中で手を伸ばしピョンピョンと跳ねながら叫び声を上げる若い女性がいた。

(あの人はさっきの客か)

 絶望に顔を歪ませながら手を伸ばす姿は穏やかな笑顔で手を振ってくれた女性とは似ても似つかない。彼女がここにいるということは、彼女の息子もここにいるのだろう。必死に声を上げているが、残念なことに野次馬の叫び声によって掻き消されている。

 野次馬の中から出て身を屈めながら、じーっと野次馬の中を見つめる。中からだと野次馬に意図的ではなくても邪魔をされ子どもを見つけにくいが、外からなら人と人の隙間を冷静に見れる。

(あそこか)

 約三十秒後、まだ十にも満たないであろう子どもが大人たちに押し潰されているところを見つけることができた。

 ため息をつきながら野次馬の中に入り込む。

 お酒の臭い、加齢臭、汗の臭いの三大野次馬臭コンボを見事に臭わせる人たちに押されながらも子どもの元へ向かう。

(あと少し)

 人と人の隙間に腕を差し込み、勝千代に手を伸ばす。あと数センチという距離で油断していたせいだろう。

 真白を中心にして、周りの人たちが避けていく。その異様な様子に思い当たる節があり、ハッと口を抑える。

(やべ、三大野次馬臭って口に出ててたかも)

『お淑やかな団子屋の娘、三大野次馬臭と発言!』と朝刊に出るかもしれないと頭の片隅で考えながら、勝千代の腕に触れる。

「団子屋の姉ちゃん!」

 見知った顔ぶれが現れ安心したのか、わっと泣き出す勝千代の頭を撫でながら「よく頑張ったね」と微笑みかける。すると、さらに何故か涙が溢れ出してしまい、背中をさすりながら遠巻きに真白たちを眺めている野次馬を見渡す。

(母親はどこだ?)

 真白を中心にして出来た孤立無援の円の面積には母親もいたはずだが、どこにも見当たらない。

(息子が見えないのか?いや、こんなにも泣き声を響かせているというのに気づかないわけがない)

 ならば何故、と眉を顰めていると、突然の金切り声が真白の耳を貫いた。

「勝千代!上!」

 その声は勝千代の母親のもので、反射的に顔を上げると幾千の竹刀が雨のように降りかかっていた。

(なぜ竹刀?)

 そのことについては後で聞くかと後回しにして、勝千代の膝裏と脇の下に手を回し横抱きする。

「姉ちゃん?!」

 突然抱き上げられたことに驚いたのか、涙はもう止まっている。

「舌を噛まないようにね」

 そう告げると勝千代は梅干しを食べたあとのようにギュッと顔を顰めた。その様子にくすりと笑みを溢しながら頭上を見上げる。

(なんとかなる)

 心の中で呟き、脚に力を込める。勝千代に負担がかからないように最低限の脚力と移動範囲を意識しながら跳び上がる。竹刀の先端を足場にしながら上へ上へと跳ぶ。

 地上から大きな図太い歓声と「次郎ー!」という母親の叫び声が耳に響き渡る。

 (この町にも、もう居られないな)

 口元に浮かぶのは自嘲じみた笑みだった。

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