お試しにも程がある 177
「そうと決まれば、最後にもう一度練習だ、チェイサー。」
「いやいやマークツー、切る食材なくなるからやめとこう。」
「それはマズいな。
予備の予備の予備まで無いと、何かあった時に困るからな。」
マークツーとチェイサーの掛け合いは、コントのようだ。
「お試し用のドワーフ包丁も予備あるの?」
「そこは残念ながら用意できないので、死んでもなくさないようにチェイサーに言いつけましたよ。」
俺の問いに、マークツーが残念そうに応える。
「予備無いと困るでしょう。
これどうぞ。
合わせても2本にしかならないけどね。」
俺はウエストポーチから、包丁を取出す。
テーブルに置いて、危なくないように渡す。
「えっと、商売道具なので購入させて頂きますね。」
マークツーは困った顔でそう言った。
そうか、そうなるのか。
そのまま渡そうと思っていたので、クレスタを見ると、ウンウンと頷いている。
「拓海さん、何でもあげるのは良くないですよ。
最後の収支が合わなくなりますしね。」
「でも、販売してるわけじゃないから値段なんて無いよ。
餞別ってことで、貰ってもらえるといいんだけど。
何時でもあげてるわけじゃないよ、皆からすれば売物だからね。
だから、カムリさん達にも買うように勧めたし。」
クレスタとマークツーは顔を見合わせ、肩を竦める。
「しょうがないですね、拓海さんは。
マークツー、諦めてそのまま貰って下さい。
経費計上は不要だ。
その代わり、売上の中から感謝の印を出すのは止めませんよね、拓海さん?」
ニヤッとしたクレスタにそんな事を言われては、俺の方が困る。
「別にいらないよ、俺が思ったことを口にしてやってくれてるのは皆なんだから。
寧ろほら、ありがとうの印かな、うん。」
そんなやりとりを見て、みさとはくすくす笑っている。
「クレスタさん、たっくんが言い出したら意地でも受取らないよ。
また何か突拍子もない事を言い出すかもしれないし、その時の迷惑料として貰っといて下さいよ。」
「みさとさんまでそんなこと言って。
わかりました、これからも存分に頼らせてもらいますので、どうぞ宜しく。」
「迷惑料って…うん、強ち間違ってないな。
楽しいこと思いついたら、また相談するよクレスタ。」
「勿論、楽しみにしてるよ。」
その光景を見ていたチェイサーとマークツーは、内緒話をしていた。
「最終的に強いのはみさとさんだな。」
「うん、何かあったら相談はみさとさんだな。」
話をしている内に、武道大会の中休みの時間が近くなってきた。
必要な物は全て持ち、実演販売の場所に向かう。
クレスタ達が先に進み、俺達は後ろから付いて行く。
「みさと、前に渡したペンダント、今日してる?」
「勿論、貰ってからずっとしてるよ。
どうしたの?」
「俺になら念話使えるようになってるから、何かあったら知らせてね。
チェイサーの左右に分かれて見守る形になるからさ。」
「わかった、ありがとう。
今日はシビックはたっくんの方だね。
テイマーって思い出してもらえるかもよ。」
「うーん、俺としてはそんなことどうでもいいから、みさとの方にいて欲しいな。
何かあったら俺が心配だし。」
「いやいや、そんな大層なもの来ないでしょ。」
「何もないことを願うね。」
現場に着くと、1区画の大きさは決まっているようで、1段高くなった台の上に演説用の台だけが置いてある。
周りは既に営業しているところに、ポツンと空間があるような状態だった。
開始時間まで、通行人にこれから何かが始まるよとお知らせするかのように、設置を進める。
その間も、俺とみさとは左右に分かれて客側を向いて護衛の態勢。
シビックは、俺の肩の上にちょこんと座っている。
俺のことよりもシビックを覚えていた人の方が多かったらしく、立ち止まる人が少し増えた。
「おい、あれって前回優勝のちびドラゴンじゃないか?」
「いやいや、大きくなっててもおかしくないだろ。」
「今回は出てないらしいから、本物かも。」
そんな声を聞きつつも、我関せずとじっと立っている。
開始時間少し前に、カムリ・ターセル・ラッシュの3人が来た。
「拓海、何してんだい?」
「カムリさん、ここの護衛ですよ。
カムリさん達こそ、どうしたの?」
「あぁ、買い物さね。」




