お試しにも程がある12
「帰りは早かったなぁ。」
「転移魔法は使えるのに、何故思ったところに行けないんだ!」
「そんな時もありますよ。短い距離から練習でもいいんじゃないかな。」
「練習ではうまく行ったんだ。おかしいだろう。」
「…何故かをレジアスに相談してみたらいかがです?」
「そうだな、そうしよう!善は急げだ、早く行こう。」
良かった、方向音痴って言わなくて済んだ。後はレジアスに任せよう。
魔法協会の屋上に着いた俺達は、レジアスの部屋に向かった。
扉の前に立ち、身だしなみを整えるアイシス。大きく深呼吸してから、丁寧にノック。
返事を貰い中に入ると、90度のお辞儀。
何回見ても律儀な人だなぁと思う。礼儀正しいのかレジアスへの尊敬なのかは、今までの言動からすると後者が勝ると思われる。
「只今戻りましたレジアス様!罠の確認とエルフ族の族長と話をつけてまいりました。研修の受入も了承頂いてます。」
「アイシス、ご苦労じゃったな。そこまでしてくるとは、流石じゃの。お前に頼んで良かったわい。」
「当然のことをしてきたまでです。レジアス様のお力になれたこと、嬉しく思います。」
「先ずは休むがよい。疲れたじゃろ。」
「報告書をまとめて、早急にお渡しします。それでは、御前失礼致します!」
「じゃあ俺達も失礼しますね。」
「拓海達もご苦労じゃったな。」
扉から出る前に、続けて念話も飛んできた。
(アイシスを部屋まで連れて行ったら、話を聞かせてくれんか、拓海。)
(わかったよ。すぐ戻ってくる。)
部屋を出てアイシスの副会長室に向かう。先頭は俺。アイシスは転移魔法に悪態をついてた時とは打って変わって崩れんばかりの笑顔で、周りは見えていなさそうだ。尻尾が付いていたら、ブンブン振っていることだろう。かなりご機嫌の様子。
「報告書をまとめてから、転移魔法の相談しよう。後は研修の一団の取り纏めと、日程調整だな。やっとレジアス様の近くで仕事ができる!」
「アイシスさん、お疲れ様でした。任務完了でいいですかね?署名お願いします。」
俺は、タイミングを逃したらアイシスは自分の世界から戻ってこないとみて、ここぞとばかりに書類を出す。
「拓海・みさと、今回はとても助かった。ありがとう。また何かあったらよろしく頼む。」
「こちらこそ。まだお忙しいんでしょう?この辺で失礼しますね。」
「あぁ、またな。」
書類の内容は見たのだろうか?アイシスは言われるままに署名をし、更に次の仕事を始めだした。休めとレジアスから言われていたが、早く会いに行くほうが先らしい。
アイシスの部屋を出て、再度レジアスの部屋に向かう。歩いて向かったけど、転移魔法使っても良かったのかな。
「拓海・みさと、本当にありがとう。アイシスも無事戻ってきて助かったわい。道中何もなかったかな?」
「罠はアイシスが完璧に調べ上げてたよ。エルフの国では知り合いもできたし、族長も優しそうだった。アイシスも転移魔法教わったけど、やっぱり迷子だった。」
「それは興味深いな。なぜ目的地以外に行けるのか。」
やっぱり目的地以外には行けないのか。レジアスは面白がっているが、本人には大問題だろう。
「後でレジアスに相談に来ると思うよ。俺は何も言ってない。
族長がね、移動が早くなるように教えてくれたんだけど、あの調子じゃあアイシスでは難しいかもね。」
「そうじゃろうなぁ。挨拶も兼ねて、私が行くかの。」
「知らない人は入れないかもよ。俺達もついていこうか?」
「それは助かるな。」
「ねぇレジアス、転移魔法ってこっちでは珍しいの?例えばさ、転移できるスポット用意しておいて、そこから固定の場所を選んで行けるようにできたら、そんなに技術要らないんじゃないかな。」
意外に利用できる人が少なさそうなので、今まで楽しんてきたゲームの感覚で提案してみる。
ゲームの中では行きたい場所を選択するだけだが、こっちでは念じればできそう。
補助があれば、使える人も増えるはず。
「設置場所を作るところからか。街ごとに作れば、国内の移動は格段に早くなるのぅ。面白そうじゃ。研究対象にしよう。」
「それが出来れば、運搬も早くなるよね。」
「たしかにな。他の国でも、許可が下りればできるかもな。」
「レジアスは、行ったことないところにも転移できる?」
「やったことないな。地図上で確認した位置に行けるか試してみるか。何があるかわからんと不安なところはあるがな。」
「俺もやってみよう。地図あるよね?」
「国内は網羅している。」
「じゃあ…この山はどう?」
「国内ではないし、その山は魔族領じゃぞ。止めておけ。」
「ほんとに居るんだね、魔族。」
「話のわかるやつから下っ端迄様々じゃ。用が無いなら関わるでない。知り合いもおるが、其奴も管理しきれんと嘆いておったわい。」
「レジアスは顔広いな。そんなとこにまで知り合い居るとは。」
「長く生きとるからのぅ。魔族も長命なんじゃ。良い奴なんじゃよ。」
「魔族関連で困ったら、声掛けるね。首突っ込む予定もないけど。」
「そうしてくれ。拓海達は、どの辺行ったことあるんじゃ?私はそれぞれの街には行ったことあるからなぁ。」
「流石だね。訪問はこの首都含めて5箇所。途中通った街はカウント外。」
「成程。まだそんなに移動はしてないんじゃな。」
「こっちに来てから1年くらいだしね。」
「1年でこのてんでんばらばらな移動なら、多いほうじゃろ。あの乗り物なら納得じゃがな。」
「車、いいでしょ?何処か遊びに行くときは転移じゃなくてドライブしたいね。」
「それもいいのぅ。私は乗ってるだけだから、快適じゃ。」
「私も!空の旅楽しいし。」
「それは良かった。またみんなで行こうね。
それはそうと、転移の実験は後にして、ギルドに報告行かないと。まだ何か確認必要なものある?」
「そうじゃな、訪問の日程が決まったら知らせるから、その時は宜しく頼むの。」
「了解。」
ギルドに向かい完了報告すると、あまりの早さに驚かれた。しっかりアイシスの署名あること確認して、不信顔ではあったが受領してもらえた。
日数がかからなかったこともあり、次の依頼が振分けられてしまった。日数がかかると都合が悪いことは伝えたが、先の依頼もあり得ない短期決着したので、問題ないだろうと。
一応内容を聞くと、依頼人と一緒に人探しだそう。時間かかりそうだけど、何とかなるだろう。報酬が思ったより高いことは気になるが、取敢えず受ける事にした。
依頼主はヌエラ・フードを目深に被った、身長高めの女性だった。
話を聞くと、その人を連れて地元に戻らないといけないそう。土地勘もなく人も多いので、困っていたそう。
探し人の特徴を聞くと、少し迷った様子を見せてから、宿屋に来てほしいとの事。一緒に向かい部屋に入ると、フードを脱いでくれた。
「街の中で正体を明かすのは危険かと思いまして、ご足労いただきました。
ご覧の通り私は魔族でして。坊ちゃんのお付きをしていたのですが、逸れてしまいました。 お忍びなので他の共は連れておりません。
騒ぎを起こしてくれれば見つけやすいかと思ったのですが、その様子もなくて困ってます。」
「攫われた可能性もあるんじゃないですか?」
「そんな物好きがいるとも思えませんが。
坊ちゃんは一応バレないように、人間の姿になっております。」
「魔族と思わず連れてかれたかもね。」
「なんですと!それであれば、攫われたのを楽しんでいるかもしれません。」
「坊ちゃんは好奇心旺盛なんですね。」
「本当に困ったものです。
いつもこんな感じで、振り回されております。」
盛大なため息をつくヌエラ。お察ししますよ、子供はヤンチャだからね。
「大変ですね。早く探しましょうか。」
「宜しくお願いします。」
「因みに、何か連絡手段はないんですか?」
「念話もありますが、通じないのですよ。」
「あとは、特別なもの持ってたりしません?水晶とか魔石とか。」
「いつも身に着けているペンダントには、魔石が入ってます。確か…闇魔法増幅の機能があるはず。あとは見た目で気に入って指輪もしてます。そっちは聖魔法増幅でしたか。
全く役には立たないんですけどね。」
「成程、ありがとう。ちょっとまっててね。」
脳内地図で、魔力反応高い所を確認する。
魔法協会は除いても、やはり多くの反応がある。単体でやたら強い反応がある場所があったので、そこかなぁ。姿は変えても魔力は抑えてないなら、可能性は高い。
「魔力反応高い所に当たってみましょうか。」
「はい、宜しくお願いします。」
「念の為ですが、これから色々魔法使うことになるんですけど、俺が使える魔法については他言無用でお願いします。」
「わかりました。坊ちゃんが見つかるなら、お安い御用です。」
「じゃあ、行きますよ。」
目的地に、転移魔法で到着。散歩途中に通ったことあったから知ってたけど、誰のお屋敷かは知らない。
ま、取敢えず声を掛けてみよう。
「こんにちは~、誰かいませんか。」
すると、執事らしき人が出てきた。
「どちら様でしょう。」
「拓海といいます。ギルドの依頼で人探ししているのですが、男の子来てませんか?」
「男の子ですか?…確認致しますので少々お待ち頂けますか。」
扉を閉じて中に戻る執事。少しして戻ると、笑顔で中に入れてくれた。
「お待たせしました。旦那様が子供を連れてきたのは知っておりましたが、女の子だとばかり。こちらへどうぞ。」
執事は、広い屋敷の中を歩き出す。かなり大きな屋敷で、いくつもの扉の前を過ぎていく。まさかこの人も方向音痴なのかと疑いたくなる頃、大きな扉の前で立ち止まった。
「旦那様、失礼致します。お連れしましたが入って宜しいでしょうか。」
中から返事があり、執事が扉を開ける。
旦那様と呼ばれていた人は、恰幅がよく笑顔で迎え入れてくれた。
一緒にいた子供は一生懸命おやつを食べているようだ。ちょっと長めの髪で、ワンピース着ている。あれ、女の子?
「おぉ、良くいらっしゃった。
私はウィンダム。独りで歩いていたので、保護したところだ。
食事をさせたら食べっぷりがいいので、眺めて楽しんでたとこだよ。
良かったら君達も、一緒にどうだい?」
「保護していただいてありがとうございました。
では、お邪魔しますね。」
3人でソファに座り、お茶を頂く事に。その間も、おやつを食べる手は止まらない。
「坊ちゃん、探しましたよ。戻りましょうね。ウィンダム様、この子を保護していただきありがとうございました。何とお礼を言っていいやら。」
「なになに、困ってる人を助けたかっただけですよ。皆さんも、お茶とお菓子をどうぞ。」
「頂きます。」
ひと口飲んだ瞬間、ナビからの声がした。
『睡眠薬を検知しました。無効化します。』
おやつを食べてたみさとにも、ナビの声が聞こえたらしい。食べる手が止まり、俺の方を見ている。
「実は急ぎの用がありまして、そろそろお暇しないといけません。本日はありがとうございました。」
「それはそれは。お連れ様はお疲れの様子ですよ。もう少しゆっくりしても大丈夫ですよ。」
ヌエラを見ると、既にこっくり船を漕いでいる。前においてあるティーカップの中身は、半分位になっていた。
おやつを食べている坊ちゃんは何ともないようだ。
「連れて帰りますので、ご心配なく。さ、そろそろ帰るよ。ご馳走になったお礼を言おうね。」
「ちょっと不思議な味もしたが、美味しかったのだ。御馳走様なのだ。」
「あれだけ食べて効いていないだと!大食いの見世物にしようと思っていたが、別のものにも使えそうだな。」
「何も見なかったことにしようと思ったけど、正体表しちゃったな。後で通報しとくぜ。」
ヌエラはみさとが支えて、坊ちゃんも一緒に扉の外に出る。その後すぐ転移魔法で宿屋まで。
魔族でも睡眠薬効くんだなぁ。そんなことを思いながら、自警団にどう通報したらいいかを、みさとと坊ちゃんの会話を聞きながら考える。
「坊ちゃんはいっぱい食べてたけど、眠くなんなかったの?」
「うん、何ともないのだ!まだまだ食べられたのだ。」
「魔界の食べ物とは違う感じ?」
「そうなのだ。家では食べられないものばかり出てきたのだ!」
「そっか~。まだお腹空いてるの?出てきたら食べるだけ?」
「食べ溜めが出来るのだ!でも、食べるなら美味しいものがいいのだ。」
「凄いねぇ!シビックも同じなのかな。」
「ぼくは貯められないなぁ。みさとの美味しい料理は、その時食べないとね。」
「お前は料理できるのか?」
「出来るよ。すぐ食べられるものも出せるけど。」
「美味しいものはいくらでも入るのだ!」
「じゃあ取敢えずカレー食べようか。」
みさとはリュックから寸胴とご飯も出して、食器も用意する。
「たっくん、温められる?」
「いいよ。ほい。」
カレーもご飯も他のおかず類も、魔法で温めて湯気が立ち上る。途端に良い香りがしてきた。
「俺も食べたいなぁ。」
「ぼくも食べる!」
「みんなで食べるのだ!」
「はいはい、用意するね。」
気が付けば、テーブルの上は色々な食べ物で満載だった。坊ちゃんもカレーは初めてだったようで、夢中で食べている。まるで、シビックと兄弟のようだ。
食べながら、レジアスに念話で相談してみた。
(レジアス、ちょっといいかな。)
(どうした拓海。)
(ギルドの依頼受けたら人探しだったんだ。
無事に探せたんだけど、居たところが人攫いしてたみたいで。迎えに行ったら、俺達も睡眠薬で眠らされるとこだった。レジストしたから問題ないんだけど、攫った子を見世物にしたかったって言っててさ。自警団にどう通報したらいいかを相談したくて。)
(それは災難だったな。其奴の名前はわかるのか?)
(ウィンダムって言ってたな。恰幅のいいおっさんだったよ。)
(ウィンダムだと?人違いではないのか?資産家で有名な人物じゃぞ。)
(確かに大きな屋敷で執事もいるとこだったよ。そういう商売で稼いでたとか?)
(一理あるかもな。物理的な証拠がないと、捕縛は難しいじゃろう。)
(成程。だからあんなに堂々としてたのか。助けた子に証言してもらうのはどうかな?)
(子供1人の証言では、信じてもらえんかもな。地下牢に囚われてる者はおらんかったか。)
(そこまで探索する余裕はなかったよ。)
(慈善家としても名が知れている人物じゃ。迷子やお腹の空いてる子を家に連れて帰っても不思議がられまい。)
(常習犯かもな。実害は依頼人が眠らされただけだからまだいいけど、また関わるようなら今度は捕まえる。)
(私も気に留めておこう。報告ありがとな。)
拓海達の居なくなったウィンダムの家では、手下達が家中を懸命に探し回っている。そんな様子を横目に、ウィンダムは執事に話しかけた。
「あいつは何者だ。」
「街では見かけない者でした。魔法が使えるところを見ますと、冒険者の可能性もありますね。」
「ふん、冒険者か。子供の痕跡は何も残してないな?」
「勿論でございます。」
「様子見で孤児院に入れて買手を探そうと思っていたのに。とんだ邪魔が入ったものだ。」
「左様でございますね。」
「顔も良かったし丈夫そうだし、高値がつく子供。惜しいことをした。次は早めに孤児院に送るか。何、また捕まえればいいだけだ。」
ヌエラが目を覚まし、ご飯を食べ終わりお茶にしている坊ちゃんを見て、改めてほっとしたようだ。
「坊ちゃん、無事で何よりですが、いつも言ってますよね?独りでふらふらしないで下さいと。特にここは魔族領ではないので、いつもの最終手段を使うわけにいかないんですよ。
探してもらえたから良かったものの、売り飛ばされるかもしれなかったんですよ!
魔王様に内緒で探し回る私の身にもなってくださいよ。」
「そうか、楽しかったのだ。食べ物をいっぱい出してくれて、親切だと思ったのだ。」
「体よく釣られましたね。そういうのをいいカモって言うんですよ。」
「特に騙されたりしてないのだ!」
「坊ちゃんは毒耐性あるからですよ。別の攻撃だったら、眠らされてたかもしれないですよ。」
「むむ、わかったのだ。ごめんなさいなのだ。」
「わかっていただければいいですよ。次はしないで下さいね。」
何とも聞き分けの良い坊ちゃんだが、いつまで覚えているやら。無事に帰ってきたこともあり、お小言は一先ず終了。
「二人はこのあと、すぐ帰るの?」
「そうですね、本来の滞在期間は過ぎているので、早めに帰るべきかと。」
「それって転移魔法がなにか?流石に歩いて帰らないでしょ?」
「不可視化して飛行魔法使いますよ。」
「良かったら送りましょうか?いつもよりスピードは遅いかもしれないけど。」
「魔族領に用事ですか?」
「特にないけど、行ったことないから行ってみたいだけです。」
「それであれば、お言葉に甘えさせていただきますね。」
「やった、ドライブだ!」
「「ドライブ?」」
「移動手段が車という乗り物で、その移動をドライブと呼ぶだけですよ。
今まで特に危なくなかったので、安心してくださいね。」
「くるまとはどんなものなのだ?」
「乗ってからのお楽しみだよ。因みに何日くらいで到着予定ですか?」
「3日くらいでしょうか。」
「わかりました。」
街外れまで行くより、魔法協会の方が近そうだ。車を出す場所が必要なので、レジアスに相談する。
(レジアス、今いいかな。)
(なんじゃ、拓海。)
(例の依頼者を車で送ってこようと思うんだけど、魔法協会の屋上借りてもいいかな?)
(仕方の無いやつじゃ、私に用事があると言って入ってこい。)
(ありがとう!)
魔法協会まで徒歩で向かい、一旦レジアスの部屋に行く。
「レジアス、邪魔するね。」
「おぉ拓海、よく来たな。車で送るということは、お偉いさんかの。」
「魔族の方だって。行ったことないし、最後まで送ってこようかと。」
「なんじゃと!…よく見たら、 んとこの息子ではないか。名前は確か…」
「ユーガなのだ。なぜ父上を知っているのだ?」
「昔からの知り合いじゃよ。
ユーガ、大きくなったな。」
「レジアス様、お初にお目にかかります。ユーガ様のお目付役のヌエラと申します。
好奇心旺盛で目が離せないくらいです。」
「そう言うことなら、これ上げるよ。いいよね、レジアス?」
「連絡用水晶か?勿論だ。こっそりあやつにも送ってやろう。」
指輪・ピンバッジ・ネクタイピン・ペンダントと、いろいろな形に加工してあったものを取出す。二人に1つずつ選んでもらい、使い方をレクチャー。
ヌエラはペンダント、ユーガはピンバッジをピアスにして付けていた。その発想はなかったな。
「それなら無くさないね!ユーガ君、いいじゃん。」
「拓海様、ありがとうございます。」
「ではそろそろ行きますか。」
「折角じゃ、私も連れて行け。久し振りに会うのもいいだろう。」
「仕事はもういいのか?」
「何、問題ない。
あの速度なら明日の朝には着くじゃろう。」
「そんなに早いんですか?凄いですね。」
「距離がわからないからなんとも言えないな。」
「さ、屋上へ行くぞぃ。」
「「ドライブ〜!」」
車を出し、3人が乗ってから不可視化。ゆったり座れているようだ。俺とみさとも乗込み、ナビをセットして出発。
空中を走り出した車に、ユーガとヌエラはびっくりしている。
「拓海様、これも魔法ですか?」
「魔法ですね。便利ですよね。」
「飛行魔法で自分は飛べるけど、乗り物ごと飛べるのはびっくりなのだ!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。」
「レジアスが自慢するのもどうかと思うけど。あ、窓から出ないでね!」
「一緒に飛んでみたいのだ!」
「誰かさんと同じ事言ってるよ。」
「オホン、ユーガや、今は急いでいるからやめるがいいぞ。置いていかれては元も子もない。」
「坊ちゃん、お願いだから大人しく帰りましょう。もうバレてるかもしれないんですよ。」
「むむ、次回は遊ぶのだ。」
「そうしてくださいね。怪我はしないと思いますけど、逸れて迷子はゴメンです。
魔王様に何と言い訳をしたらいいやら。」
「どこの子供もわんぱくじゃの。子供らしくていいが、あまり心配かけんようにな。」
「ちゃんと勉強もやってるのだ!偶には息抜きが必要だから、見聞を広めに出ているだけなのだ。」
「それも大事だね!」
「勉強より息抜きの方が多いと思うんですがね、坊ちゃんは。」
「気のせいなのだ!」
「そういう事にしときましょうか。
それにしても、こんなに快適に帰れるとは思ってもみませんでした。車とは凄いですね。どこの産物ですか?是非取寄せたいです。」
「これは、異世界製なので無理かな。」
「異世界とは!拓海様、渡れるのですか?」
「逆だよ。迷い込んだだけ。そのうち帰してくれるとは言われてるけど、いつのことやら。」
「まぁまぁ拓海、ゆっくりするが良い。まだ教わってない魔法がたんとありそうだしの。」
「方法がないから、焦ってもしょうがないしね。楽しめるうちは楽しむよ。」
そうこうしている内に、日が暮れてきた。まだ建物が多くある所を飛んでいるので、ライトをつけると怪しまれそうだ。
暗視カメラ的に見えるようにできないかな。
『かしこまりました。窓からとミラーで見る画像を切替えます。』
ありがとうナビ!俺が魔法を使うまでもなかった。
すると、窓から見える景色が変わったことに一番に気づいたのは、みさとだった。
「あれ、外見やすいね。夕焼けの色が変わった。」
「気付いた?暗視カメラバージョンだって。」
「暗いのに見やすいとは不思議じゃの。これも魔法か?」
「魔法…かなぁ。多分。」
「暗いと見えないのか人間は。不便なのだ。」
「坊ちゃんは暗くても見えるの?ヌエラさんもかな?」
「私共は暗闇でも見えるようになっております。」
「便利だねぇ。暗くても足ぶつけなさそう。」
「みさととは違うと思うよ。明るくてもぶつかるじゃん。」
「そんなことない!」
日も落ち真暗になり、更に見えやすくなった。飛んでくるものは何もないが、眼下の建物は屋根や建物の形もわかるくらい。
試しに窓を開けてみたら、開けたところからは真っ暗で何も見えなかった。ナビ偉いぞ!
夕食はみさとがリュックから出したサンドイッチで済ませ、毛布も出したので後ろからは寝息が聞こえる。
流石に自動操縦は無理だよね…と思っていたら、『可能です。』と返ってきた。マジか。
説明を聞くと、目的地がセットしてあるので、今の速度でそのまま走ってくれるそう。何かあったら、アラームでお知らせすると。俺も寝ようかな。
「みさと、寝て大丈夫だよ。自動操縦出来るみたいだから、俺も少し寝るね。」
「そーなんだ、凄いねぇ!毛布出したよ。」
「ありがとう。起きたら着いてるかな?」
「楽しみだね、寝台特急みたいだね。」
「本当だ。もっと早くこの機能知りたかったよ。じゃあお休み。」
その後は、アラームで起こされることなく朝を迎えた。陽の光で目覚めたってことは、暗視モードは解除されてるらしい。フロントガラスだけのようで、後部座席は暗くなっていた。
ナビは気が利くなぁ。
『お客様を起こすのは不躾かと。』
その心配り、素敵です。ありがとう。
地図上では、もうすぐかな。暫く走るとナビの表示も魔族領になっていて、ちょっと面白い。境界線手前で、一度停止。
空中でもできるのは物凄い不思議だけど、今はそんなこと言っている場合ではない。
「みんなそろそろ起きて。もうすぐ魔族領だよ。このまま入っていいのかな?攻撃されない?」
「あと5分…なのだ…」
「坊ちゃん起きてください!
拓海様、このまま進んで大丈夫ですよ。私共が認識されれば、問題ございません。」
「それは良かった。じゃあ入るけど、何処に向かうか指示をください。」
「正面の一番大きな建物まで行って頂けますか?」
「了解!進むね。」
「そうそう、結界があるので魔族領に入ると不可視化は消えますが、お気になさらず進んでくださいね。」
確かに大きかった。近づいたら更に大きくなってきた。山だよね⁉と言いたくなる大きさだ。
聞くところによると、山と城を融合したことで、難攻不落となっているらしい。やることが違うなぁ。
「建てるの大変だったんじゃないの?」
「何代か前の魔王様の号令の元、魔族による建築だと聞いてますよ。
出来てから、壊れない魔法か自動修復の魔法かをかけたとか。修繕については、聞いたこともありません。」
「そんな大規模魔法は聞いたことないぞぃ。」
「かなり前のことだそうです。どこまで本当かもわからないですけどね。」
「全て事実だったら凄いよね。」
城の不思議も確かめたいが、人ん家を勝手に壊すわけにはいかない。
「坊ちゃんは壁とか壊したことないの?」
「あるけどナイショなのだ。
勝手に直ってたから、怒られないのでノーカンなのだ!」
「坊ちゃん、それノーカンじゃないよね。
ヌエラさん聞いてたんじゃないの?」
「拓海様、そのとおりです。そもそも壊した現場にも居合わせてたので、全部知ってます。
報告に行ったあと戻ると、元通りなので何度恥をかいたか。」
「あはは、本当に直るんだ。家にもかけてみようかな。そんな発想はなかった。」
「拓海、家にも頼むぞ。」
「レジアスは自分でやんなよ。」
「試してはみるが、できるとは限らん。まだまだ楽しめそうじゃの。」
「お掃除もしなくていい魔法にしてよ。」
「それくらいは一緒にやろうよ。家を大切にね!」
近くまで来たものの、どこから入るのかはさっぱりわからない。正面入口は何処かな?そもそも正面から入っていいのか?
「ヌエラさん、どこから入ります?車は空中で停められるから、窓からでもできるけど。」
「それは助かります。坊ちゃんの部屋から入れればごまかせるかと。」
「父上に見つかったら煩いのだ。」
「私は奴の顔を見に来たんじゃがな。挨拶してくるぞい。」
「昨日のうちには帰っていたことにして頂けませんか?」
「わかったわかった、口裏を合わせよう。」
「じゃあ、坊ちゃんの部屋はどこかな?」
「父上がいるとこなのだ。」
「「えっ⁉」」
見ると、1つの窓から男性がこちらを見ている。早速バレたね。
「じ、じゃああそこに行くね。」
頭を抱えたヌエラを余所に、ユーガは手を振っている。
「父上、ただいまなのだ!」
あちらからも見えたようで、手を振返してくれている。あれが魔王様かぁ。
窓の横に車を停めて、室内に入る。車をウエストポーチにしまいながら、いつから待ってたのかが気になった。
「ま、魔王様。戻るのが遅くなり、大変申し訳ございません。」
「ユーガと出掛けた割には、早かったと思ってるぞ。ご苦労。」
「恐れ入ります。」
ずっと頭を下げていて、まともに魔王の顔を見られないヌエラ。
優しそうに見えるが、怖い方なのかな?
「父上、今回も楽しかったのだ!」
「見聞は広められたか?」
「美味しいものや不思議なものが見つかったのだ。父上の知合いも連れてきたのだ。」
ホウレンソウは大事だね。忘れずレジアスの紹介。
驚く様子もなく、レジアスの方へ向く魔王。
「レジアス、久し振りだな。よく来た。久し振り過ぎて道に迷ったのではないか?」
「そんな訳あるかい!今回は連れてきてもらったので、楽ちんじゃったわい。」
「確かに不思議な乗り物に乗ってたね。君が御者かい?」
「はい、魔王様。はじめまして、拓海と言います。こちらは妻のみさとです。」
「宜しくお願いします。」
「よく来たね。息子達を無事に連れてきてくれてありがとう。今回は特に問題はなかったかね?」
問題ね。いつものことなのかな?
「問題というか…迷子になってたので、探すの手伝っただけです。」
「はっはっはっ、またか。色んな経験をしろとは言ったが、毎回迷子にならなくてもいいんだぞ。偶には決めた期間どおりに帰ってこい。」
「また出掛けていいってことなのだ?」
「直ぐではないぞ。次の機会にと言うことだ。暫く城内で大人しくしてなさい。」
「ハイなのだ。」
ユーガは見るからにしょぼんとなった。勉強が待ってるのかな。
「レジアスと君たちは、お茶にでもしよう。立ち話も何だし。」
「なんだ、気が利くようになったのう、オロチ。」
「煩い、以前から気は利いてたさ。お前は対象外だっただけだよ。」
「そういうところが気が利かないのじゃ。」
話しながら部屋を出ていく二人。俺達は、その後をついて行った。
レジアス曰く、こじんまりした部屋に通された。こじんまりと言っても、2〜3部屋分はありそうな広さ。
テーブルと椅子のある一番小さい部屋らしい。他の部屋を見るのが、怖い気がする…流石魔王城。
メイド風の装いをした人が、お茶とお茶菓子を用意してくれた。お茶もいつも飲んでるお茶とは香りからして違う。お茶菓子も見たことないものだらけ。坊ちゃんが珍しい食べ物と言ってた意味がわかった。
「本当に久し振りだな、レジアス。いつ以来だろう。」
「息子が産まれたときには、お祝いに来たじゃろ。あれ以来か。息子はいくつになったんじゃ?」
「やっと50を過ぎたくらいだな。まだまだ思いやられるよ。」
「後継は一人だけだったか?」
「そうだな。王妃が可愛がりすぎて困る。レジアス、家庭教師に来ないか?」
「魔王の息子に帝王学は教えられんよ。魔法ならいざ知らず。」
「魔法でもいいし、外界の常識でもいいし。魔王の息子という自覚があるか確かめてほしいんだ。」
「親バカじゃの。」
「うっさいわ、優秀な息子が居るんだから手伝えるだろ。」
「どうかのぅ。親の背を見て育つもんじゃろう。」
「耳が痛いな。」
魔王の威厳方なしである。親はどの世界でも子供が可愛いんだな。
「話は変わるが、魔族がそちらの国に行ったという話は聞いてないかい?国境沿いに張ってある結界魔法に、何度も行来している形跡が見られる。何も厄介なことを起こしてなければいいんだが。」
「はて。拓海達は何か聞いてるかの?」
「キューブで起こった魔物召喚の時に、犯人が魔法を教わったと言ってた。国内ではあそこまでの召喚は中々ないよね。誰に教わったのかなとは思ってたけど、どうかな?」
「確かに、兄貴が言ってたな。
国内だとテイムはするが召喚はあまり見ないの。」
「召喚魔法か。一般的すぎて違いがわからないぞ。」
「キメラの召喚は、確かに中々聴かんのぅ。」
「キメラ召喚はそっちでは珍しいのか。確実にうちの奴らとは言い難い部分はあるが…
人種の魔法は、お前基準で考えてはいけないのだな。」
「そうじゃの。私よりできるのは、この拓海位じゃ。」
「この御者が?やるなぁお前。」
「たまたまですよ。」
「たまたまでは魔法は作れんよ。
ベゼルの弟子2号じゃ。」
「拓海といったか、魔法でこいつをコテンパンにするときは、見に行くから呼ぶんだぞ!」
「おい、ドサクサに紛れて何させるんじゃ!
油断もスキもあったもんじゃない。拓海、騙されるなよ。」
「あはは。
お二人は仲いいんですね。」
「なに、こいつが魔王になる前からの知己なだけじゃよ。」
「どんなに年数経っても、ホント変わらねぇなお前。」
「お互い様じゃろ!」
「あ、皺が増えたみたいだな。」
「きちんと歳をとっとる証拠じゃわい。羨ましいじゃろ。」
「うちの親父は、見た目若いまま逝っちまったからなぁ。先々代みたいに隠居して譲ってくれれば楽できたのに。なんもかんも俺が判断しないといけない。
息子にはこんなことはさせられん。」
「やっぱり親バカじゃの。お前ができてるんじゃ、息子も何とかなるわい。
そもそも、まだピンピンしてるじゃろうが。心配しすぎじゃ。何が家庭教師じゃ、お前の背中が一番の教材じゃろうて。」
「そうだと良いんだがな。」




