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公園のエインヘルヤル

第三話ですわー!

「死を恐れず戦う意志を持つものは、どの世界でも勇者といわれる。だが、お前はその勇者には程遠そうだ」

「私、勇者とか英雄とか、なりたいわけじゃないです」

「死を恐れるゆえか」

「人助けをするのに、英雄とか、そんな大層な肩書きはいりません」


 道端でごみを拾うのに、近所の公園掃除をするのに、迷子になった子どもへの対応をするのに、普通の中学生じゃないといけない理由はないでしょう。


「ほら、ヘルさん、そっちも片付けお願いします」


 なので、私たちは近所のゴミ拾いに来ています。月に一度、地域で行うもので、私は毎月参加しています。今日はヘルさんも一緒に来ているので、いつもよりも捗りそうです。


「何故ゴミなぞを拾わなければならんのだ、私が」


 ヘルさんはいつものように青と金の衣装を纏い、箒と塵取りを手にぶつくさ文句を言っています。少々ミスマッチな出で立ちですが、本人は気にしていないようです。

 家を出る前に私の予備のジャージを試着してもらいましたが、色々とキツいのでやめると言われました。

 キツいのは胸だけで、お腹周りじゃないといいんですが……。


「落ち葉や木の実ならともかく、タバコの吸殻や空き缶なぞ何故拾わねばならないんだ」

「タバコの吸殻はもしかしたら火災の原因になりますし、空き缶は踏んづければ転んじゃうかもしれないじゃないですか」

「・・・・・・」


 私の言葉に、ヘルさんはちらっと公園を見渡し、ぽつりと、でもはっきりとした声量で、


「たとえば、だ」

「え?」

「たとえば自分の部屋に空き缶や吸殻、ペットボトルやビニール袋が散乱している状況を思い描いてみろ。それをしたのが自分でなかったら・・・・・・」

「怒るんじゃないですか?」

「そうだな。殺してしまいたくなる。ゴミ箱を置いてある意味がない」

「過激ですね。怒る気持ちはわかりますけど」

「そう言う奴らは別に、こんな状況でも困りはしない。何せ、こうやって誰かが捨ててくれるんだから、気にも留めないだろうな」

「その通りよー」


 どこからか聞きなれた声がしました。ヘルさんが顔を向けた方向へ私も視線を移動させると、象さん滑り台の上で肉まんを食べている美女が仁王立ちしていました。


 今年の春頃に私を襲ってきた最初の刺客で、名前はアイオーンさんです。


「この近所の人間で公園にポイ捨てする年齢は大体二十代半ばから三十代半ばが多いですわー。空き缶やマクドの空袋を捨てる人には四十代後半になる輩もいましてよー! 主な理由はゴミ箱がないからとのことでしたが、そこに種類別ゴミ箱があるのでそこを問いただしたところ、ただただゴミ箱に行くのが面倒くさいというのが本当の理由でしたわー!!」


 アイオーンさんは肉まんを食べ終えると、紙袋にバーガー紙を入れてからくしゃくしゃに丸め、ポイッと放り投げます。それはきれいな弧を描き、私たちお近くにあった燃えるゴミ用のゴミかごへと入りました。


「スリーポイントシュートってところかしらー? あ、外したらちゃんと拾っていれるわよー?」

「誰かに当たったら迷惑なので普通に捨てていただけませんか?」


 私の言葉にアイオーンさんは「日向(ひなた)ちゃんは厳しーわねー」と苦笑しながら滑り台から飛び降り、私たちの前に着地。

 直後、その体が吹き飛び、視線で後を追うと、滑り台の前で大の字になっていました。


 たぶん、ヘルさんが殴り飛ばしたんだと、ワンテンポ遅れて気がつきました。


「いきなりなにするのよーぅ・・・・・・?」

「今すぐ逝ね」


 ヘルさんはアイオーンさんへと近づき、問答無用で蹴り始めました。


「きょ、今日はオフだから日向ちゃんを殺したりしないわよー!」

「ほかの奴らがそうだとは限らないだろ」

「皆オフよー!」

「ならばいい。今日、貴様だけでも我が地獄へ送ってやろう」

「嫌に決まってるでしょー!」


 ガシガシと蹴り続けるヘルさんの攻撃力は絶大なもので、とんっと突き出した手の指先に触れたコンクリートの壁が文字通り粉々に砕け散り、蹴りに至っては軽く地面を小突いただけでコンクリートごと岩盤が引き裂かれ、地割れがおきます。


 そんなヘルさんの蹴りを受けてまだ話せる余裕がアイオーンさんにあるのは、彼女が普通の人間ではないからです。


「公園の掃除をしているって聞いたから手伝いに来てあげたのにーぃ!」

「誰も頼んでいない」


 冷たい、まるで汚いものを見るような目つきでアイオーンさんを見下ろすヘルさんは悪役以外の何者にも見えませんが、ヘルさんは私を守るために異世界より派遣された、ガーディアン・ギルドと呼ばれる組織の人なのだそうです。

 そしてアイオーンさんは、私を殺すためにやってきた万屋「ばるばとす」の構成員なのだとか。


 ヘルさんは正義の味方で、アイオーンさんは悪の味方になるはずなのですが、この情景だけ見れば勘違いする人は多いかもしれません。

 ヘルさん、顔をいつもしかめていますし、目付きも悪いですし。

 対して、アイオーンさんは陽気でムードメーカーな性格で、一応暗殺者なのに、標的の私に出会ったら挨拶をしてくれるので、一見悪い人には見えません。


「こ、このぅ! やめなさいよ、泣くわよ!」


 うるっとした顔でアイオーンさんがヘルさんを見上げましたが、ヘルさんは眉ひとつ動かさず、足の動きを早めました。


「げふっ、ごふっ、このドサドー! 日向ちゃん助けてー!」


 なお、これだけ騒いでも誰も二人のことを気にも留めないのは、周囲の人はこの二人のことが認知できないからです。

 そして、ドサド発言でヘルさんの攻撃もどんどん凶悪化しました。象さん滑り台を背にしたアイオーンさんが動けない事をいいことに情け容赦のない蹴り攻撃を続けています。

 アイオーンさん、遊具が壊れないように衝撃を全部受け止めているのではないでしょうか。滑り台が揺れている様子がないですし。


 アイオーンさんは、抹殺の対象である私以外には、基本的に無関心と言いましょうか、優しい方で、私以外の人間を巻き込まないようにしています。また、建物や設備にもなるべく被害を出さないようにされています。


 ヘルさんも同じように無関係な人物は巻き込まないというポリシーを持っているようなのですが……相手も同じ信念を持っている場合、そこを逆手にとって攻撃もできる人です。


「も、もうその辺でやめてください」


 流石に見てられなくなり、ヘルさんの後ろから抱きしめて止めようとしますが、非力な私では彼女を止めることはできません。というか、この地球上に彼女を止められる存在なんてないでしょう。

 ですが、何を私が触れたことでヘルさんは「邪魔よ」といいながらも動きを止めてくれました。


「あ、ありがとぅ日向ちゃん、おぇぇ」


 危なかったです。もう少しでアイオーンさんが公共の場でケロケロするところでした。彼女の尊厳と掃除の手間を守れたことに私は胸を撫で下ろしたい気分でした。


「何をするの日向。こいつはお前をいつも殺そうとしている敵だぞ」

「でも、流石にあれは、いくらなんでもやりすぎです」

「日向ちゃん・・・・・・」


 アイオーンさんがよろよろと上半身を起こし、目を輝かせて私を見つめてきます。


「わかった」


 ヘルさんは先ほど殴りつける時に放り捨てた箒を拾い上げ、


「こいつを燃えるゴミに出そう」


 アイオーンさんをまるで綿ボコリのように軽やかに掃きます。まるで漫画の一コマのようです。一体どんな力の加え方をしているのでしょうか。


「ひー! 何するのよ今度はー!」

「ヘルヘイムが嫌なら煉獄へ送ってあげる。知り合いにそこの出の奴がいるから、お前をそこへぶち込む」


 こんなやり取りを、お二人は掃除が終わるまでしていました。

 ヘルさんが「お前は掃除に専念していろ」と言うので、結局一人で掃除することになってしまいました。

 なお、私が掃除を終えて再び止めに入るころには、アイオーンさんは顔を真っ赤にして「悔しいのに・・・・・・」と言いながら体を何度か痙攣させていたので、あわてて手当てをしたのはここだけの話しです。


「日向、そいつ敵」

「ですから、やるなら痛みと苦しみをなくです! 蚊をたたく時はそうします!」

「え、私って蚊と同じ扱い?!」


 アイオーンさんが何かショックを受けた顔をしていますが、今はヘルさんへのお願いが先です。


「そうか。ならば次からはそうしよう」

「是非そうしてください。一撃必殺ですよ?」

「日向ちゃーん?!!」


 その後しばらくの間、アイオーンさんが私を見るたびに「ひぅっ」と悲鳴をあげるようになりましたが、その分命を狙われる回数が減りました。ただ、偶然街中で顔を合わせたときまで怯えられるので少し困っています。


「日向、お前いつの間にあの輩から怖がられるようになったんだ?」

「私にもさっぱりなんです」

「ふむ、あいつを生身で臆させるとは。もしかしたらエインヘルヤルになれる素質があるのかもしれないな」

「何です、それ?」

「勇者のことだ」

「私、勇者よりも僧侶がいいです」

「ひ、日向ちゃん、今日も襲わないから見逃してー!」




アイオーンさんは公園でポイ捨てした人たちに理由を聞いた後、ゴミ箱に捨てるように誘導してから、記憶を消していたそうです。


                          ――――日向ちゃんの日記より一部抜粋。

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