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守護者の恋バナ


 私は恋らしい恋をしたことがありません。

 初恋、と呼べるのでしょうか、好きな男の子は小学生の時にいました。仲が良くて、一緒によく遊んでいましたが、中学生に上がる少し前から、あんまり遊ばなくなり、疎遠状態になってしまいました。

 少し寂しいものもありますが、思春期の男の子は色々と難しい、なんて友達が知った風な事を言っていたので、まぁそう言う物なんだろうと思っておくことにしています。


 それでも、気になります。クラスは違います。だから、見かけるのは登下校の時か、全校集会か、お昼休みくらいで。

 向こうも、目を合わせてくれたり、目礼くらいはしてくれますが、声を中々かけてはくれません。

 かくいう私も声をかけないのですが、私から声をかけたら、彼が他の子たちからからかわれたりするんじゃないかと、心配もあったりします。


 お母さんが、最近遊びに来てくれないわね、なんてこっちをちらちらと見ながら話題を振ってくるので、その度にその話をしては、青春ねぇなんて言われます。


 そして今日も彼は私に声をかけず、私からも話しかけず、下校時間になりました。

 校門を出て、通い慣れた通学路を歩いていると、人の姿が徐々に少なくなっている事に気が付きました。


 人払いの類ですね、もう慣れました。

 もうすぐ中間テストがあるというのに、彼女たちは全く気にもかけてくれません。


 さて、今日はどのような登場の仕方をするんでしょうか。

 昨日は鋼鉄の暗殺者さんでしたから、アイオーンさんですね。


 綺麗で優しいけれど、異世界の万屋「ばるばどす」に所属する凄い人です。

 普段は私を守ってくれる人にすぐ退場させられてしまうので実感はわきませんが、この星をたった一人で制圧できるくらいには強いそうで、本来なら私が逆立ちしても勝てる相手ではありません。

 それでもこうやって余裕の態度でいられるのは、何と申しあげましょうか、守ってくれる人への信頼と信用と、それから慣れです。


 あ、来ましたね。

 十メートルほど手前に降り立った、令嬢風のドレスを纏った女性が、後ろでまとめた金色の髪の毛の中から、一振りの刀を取り出し、鞘から抜き放ちます。


「こんにちは」


 言い終わるのと同時に斬りかかってきましたが、刀は甲高い音を発して弾かれ、私を傷つけることはありませんでした。


 目の前に、薄く発光する、鱗を重ねた膜のようなものが出現しました。

 私を守ってくれている人は二人いて、そのうち一人が授けてくれた、加護、と呼ばれる力です。


 これのおかげで、異世界の刺客たちからの攻撃のほとんどを無効化できています。そして、副次効果なのか、今まで目で追う事すらできなかった彼女たちの動きが、少しだけわかるようになりました。日常生活でも通用し、集中すれば飛んでいる蚊が止まった見えるので、対峙しやすいのです。


「私、やっぱり蚊と同じ扱いなのぉッ?!」


 私の思考を読んだのか、アイオーンさんが悲鳴を上げています。顔にはショックだ! と感情がありありと浮かんでいます。


「いえ、アイオーンさんはアイオーンさんですよ。全然違います」

「そ、う? そうよねぇ」

「ただ、流石に中間テスト前にこう毎日来られるのは少し困りますので、一撃でヘルさんに倒してもらいます」

「やっぱり厄介者扱いじゃないのぉ!」


 厄介な事してくれているじゃないですか。

 私の命を狙っている人が何を言っているんですか。


 と、アイオーンさんの背後に、突如として青いドレスに身を包んだ女の子が現れました。

 しかめっつらで、不機嫌そうな目が爛々と輝いて見えます。


 彼女の名前はヘル・ディースゼロ。

 私の事を守ってくれる、守護者の一人です。


「アイオーンさん」

「ん、なぁに?」


 ダメ押しに私の方へアイオーンさんの気を逸らせるのとほぼ同時に、彼女の姿が掻き消えました。

 上を見上げれば、雲を突き抜けて、きらりと輝く星が一つ。


「月まで打ち上げてやった。ダメージ回復込みで、戻ってくるのは明後日だろう」


 冷え切った声音が、私の耳朶に届きます。

 買い物袋を手に持ったヘルさんは、さっさと踵を返して歩き出していました。

 その後を追いかけながら、私はお礼を言います。


「ありがとうございます」

「構わん」


 いつでも不機嫌な様子ですが、本当はそうでもないことを、私は知っています。

 この人は喜怒哀楽のうち、喜哀楽だけ表に出さないだけです。


 もう一人の守護者さんは感情がすごくわかりやすく、親しみやすい方です。その人は、ヘルさんの仲間で、彼女の事をすごく気に入っている様子なのですが、ヘルさんからは邪険にされています。

 それでも、互いの事を信頼しているようで、連携して私の事を守ってくれているのです。


 家に帰ると、ヘルさんは買い物袋をお母さんに渡し、リビングで寛ぎ始めました。

 対面で携帯ゲームをしていたお兄ちゃんがヘルさんと私に「おかえりー」と言うと、ヘルさんは「ん」とだけ返答しました。

 この人、そう言うことをしなさそうで、しっかりする律儀な人なんです。

 私もただいまーと返して、自室で着替えてから、勉強道具を以てリビングに入ります。


 昼下がりの団欒を過ごしながら、テスト勉強をしていると、お母さんがまたもあの子は来ないのー? と話題を振ってきました。

 勉強中ですよ?


「今は、勉強中だから」


 そう言って話題を切ろうとしますが、こうなったお母さんは中々しつこいです。恋バナ大好き人間なので、こうなったらお兄ちゃんに助けてもらうしか……。


 しかし、お兄ちゃんはゲームに夢中、のフリをして無視しているので、宛てになりません。今度、プラモの箱の中にある本をお母さんにバラしてやりましょうか。


 そんな事を考えていると、ヨルムンさんがやってきて、話題に加わってきました。この人、今までお兄ちゃんの部屋でゲームをしていました。お兄ちゃんがリビングにいる理由を作った人です。

 そして、私の守護者のもう一人で、北欧神話の最強の戦神と相打ちになったヨルムンガルドです。

 今は背の高いとても美しい女性の姿をしていて、我が家のムードメーカーをしてくれています。


 ここは、ヨルムンさんに話しを振ってしまいましょう。ヘルさん同様、異世界からやってきた存在です。恋バナの一つや二つ、斬り返してくれるでしょう。


「え、恋バナ? うーん、そうだなぁ、えへへへへへへへ」


 物凄く引っかかりました。そして、顔を真っ赤にしてデレデレと照れはじめました。

 やっぱりいるんですね。もしかして蛇仲間でしょうか。


「うぅん、ちゃんと人の姿をしてるよ」

「あ、はい」


 ヨルムンガルドに目をつけられた異世界のどなたか。存じ上げませんが、私の護衛が終わったらヨルムンさんはそちらへ戻りますので、もうしばらくお待ちください。

 心の中で遠い世界の誰かへ念を贈るイメージをしていると、ヨルムンさんはさらに続けます。


「私はママさんや陽太郎の恋バナも聞きたいなー」


 あ、またお母さんののろけが始まりますね。

 それと、お兄ちゃんは恋バナなんてできません。その人、彼女さん、いないんです。


 最近、家に綺麗所さん二人が来たので、恋愛感情はなくても、肩身の狭い思いをしている感じなんです。

 お父さんみたいに、家族が増えたーって素直に喜べるような精神土壌持ってないんです。


 そう言えば、ヘルさんはどうなんでしょうか。

 北欧神話では、ヘルヘイムという世界の管理者という立場ですが、この人は(ヨルムンさんもですが)それに類似したまた別の世界出身だと聞いています。


 もしかしたら、私の知らない神話の原典や、誰も知らない秘密の恋があったりしたのかもしれません。

 それを聞く勇気は、ない訳ですが。


 ヨルムンさんが話題を振らないということは、それがヘルさんにとっての禁断の話、ということなのでしょう。

 それくらいは察せるようになりました。


 体に、温かい部分と、そうでない部分があって、それでもとても綺麗で、強くて、心がまっすぐな人。

 でも、いつもしかめつらで不機嫌奏で、死神を想起させるような大きな鎌を持っているので、中々人は寄りつかないでしょう。


 ふと、私の脳裏に、以前見た夢の登場人物が浮かんできました。

 私が夢を介してヘルさんの過去を見ていたのですが、そこにいた若い紳士さんも、同じようにしてその時のやりとりを振りかえっていたようなのです。


 夢の中でのヘルさんの言動は普段通りに見えましたが、紳士さんが報酬の話を振った時、確かに笑いました。

 まるで狩人のようでした、アイオーンさんたちを前にしても、あんんた表情を浮かべたことはありません。


 紳士さんは、ヘルさんの事を、とても信頼しているようでした。

 あれ、もしかして、いや、これは話の流れで無理やり私の感情がこじつけているだけで、きっとそうではないのでしょうけれど。


 ヘルさんの好きな人って、もしかして、あの紳士さんでは……。


「……気のせいかな?」

「何が?」


 ヘルさんが珍しく私のつぶやきに反応しましたが、怒っている様子などはありません。

 よかった、この人、地獄の女王なので、心を読んでいるんじゃないかって思うときが多々あるんですよね。


「いえ、なんでもありません」


 これ以上考えるのはやめにしましょう。

 それから、小一時間ほどお母さんののろけ話を耳にしながらテスト勉強をしていました。


 聞いていて恥ずかしくなるような内容でしたが、ヨルムンさんの加護が効いていたようで、テストではちゃんと良い成績を取ることができました。


「学年一位なんですけど……」

「教科書の内容をしかと理解していれば、当然の話だ」

「頭に、お母さんののろけ話が浮かんできて、それと関連して……これ、暗記ですよね?!」

「それも才能の内だ」


 ヘルさんの投げやり気味な説明に、私は釈然としない思いを抱きながら、もし自分が将来子どもにそう言った話しを聞かせるなら、あまりのろけないようにしようと考えました。


お読みいただきまして、ありがとうございます。

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