届いた心
ザックに抱きしめられて、気持ちが緩んだ。ぐりぐりと額を彼の胸に押し付ける。
「2年も会えなかったから、迎えに来てくれないと思っていた」
「うん、ごめん。色々やることが多くて」
「初めての夜会で、ザックが王子だと知って、婚約者がいるって聞いて、二人で微笑みあっていて……」
支離滅裂だ。もっとちゃんと言わないといけないのに、文章にならない。言葉を羅列しているだけなのに、ザックは優しく相槌を打ってくる。
「それで、それで……」
「遅くなってごめん。ずっと見ないふりをしていたことを始末するのが大変で、ベスに危害が加わりそうだったから、会うことを制限されていた」
制限されていた、と聞いて顔を上げた。
「どうして?」
「母上が死んだとき、王子であることに嫌気がさしてすべて放置して祖父の家に行ったからだ。本当はベスが平民のままだったら、俺もすべて捨てて平民になって結婚しようと思っていた。でも」
彼はばつが悪そうに言葉を切る。
「わたしが侯爵家の養女になってしまったから?」
「そうだ。放置していた俺が一番悪いんだが、すぐに終わらないほど大変だった」
そう言いながら遠い目をするザックに、わたしではわからない大変なことが沢山あったのだと理解する。ザックに抱きつこうと思ったけど、すぐに動きを止めた。
「ベス? 抱きついていいんだぞ?」
「ダメよ。わたし、ドレスが汚れていて……」
促されたけど、ドレスには先ほど零されたワインで汚れている。抱きついたりしたら、ザックの服を汚すことになる。
「気にしなくていい。俺は抱きしめたいし、キスもしたい」
「え」
素直に気持ちを伝えてくるザックに恥ずかしくなる。優しい目で見つめられて、息が苦しい。そっと彼の胸に頬を寄せた。先ほどとは違い、ぎゅっと抱きしめられる。
「殿下はもうちょっと人の目を気にしてください」
二人してぱっと声のした方を向けば、呆れかえったお義兄さまがこちらを見ていた。
「お義兄さま!」
わたしが声を上げて、ザックは舌打ちをした。お義兄さまはにやにやと笑う。
「残念でしたね、殿下。流石に婚約前にそれ以上の接触は許しませんよ」
「いいじゃないか。あと少しで婚約は調う」
不機嫌そうに言い返すザックであったが、全く意に介されない。
「エリザベスも一番きれいな格好でちゃんと求婚を受けたいよな?」
「求婚?」
「そう。殿下は全部飛ばして、既成事実を作ろうとしているんだ。それはちょっと兄としては許せないな」
既成事実と言われて、頬が徐々に熱くなる。ちらりとザックを見れば、彼は唇を結び不機嫌そうだ。お義兄さまの言葉は図星なのだろう。
「ザック」
そうだ、とドレスの中から首にかけていた指輪を取り出した。首から外すと、ザックに渡す。ザックは驚いた顔をしてそれを受け取った。
「これ、ずっと肌身離さず?」
「流石に前回の夜会に参加した時は外していたけど、今日は首まであるドレスだから」
ザックは手のひらに乗せた指輪を黙って見ていたが、すぐに皮ひもを外す。指輪を右手にとり、左手でわたしの左手を取った。ゆっくりと左手の薬指に指輪を通す。2年前はゆるゆるだったその指輪もわたしに誂えたようにぴったりだった。
「エリザベス、大好きだ。結婚してほしい」
「わたしも好きよ。ザックとこれからは一緒にいたい」
ザックの熱い眼差しに思わず目を伏せた。じっと見つめられて、なんだかとても恥ずかしくなったのだ。それにザックは2年前よりももっとかっこよくなっていて、意識したらとてもではないが見つめ返せなかった。
「明日には結婚を申し込みに行くから」
記憶にある声よりも少しだけ低い艶やかな声に体が震えた。こんな言葉をもらったのは初めてで、体中が熱い。乾いた唇をそっと舐めた。呼吸を整えて、そろそろと視線を上げた。すぐにザックと視線が絡む。
「愛している。ずっと一緒にいよう」
「嬉しい」
ザックに抱き寄せられ、そっと唇を合わせた。
初めてのキスと同じように、そっと触れるだけの優しいキスだった。
Fin.