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ため息


 ため息をついた。


 貴族としてはとても行儀が悪いけれど履いていた華奢な靴を放り出して、ドレスのままごろりと寝台に仰向けに転がる。白い天井がとても綺麗だ。


 目を開けても、目を閉じても、思い浮かぶのは先日の夜会で見たザックとその令嬢の姿だ。


「綺麗だったな」


 わたしと違って、生まれながらの貴族令嬢なのだろう。やや濃い目の茶色の髪をハーフアップにして大ぶりの宝石の付いた髪飾りをしていた。遠目だったから細かいところまではわからないけど、それでも彼女の美しさは伝わってきた。そんな彼女を優しく見つめるザックは王族にしか許されていない意匠の上着を着ていた。


 体を転がして枕に顔を埋めた。


 参加した夜会では色々と知ることができた。


 ザックが国王陛下の側室の息子であること、幼いころからの婚約者候補がいること、ようやく王城に戻ってきたこと。今ではきちんと王族としての務めを果たしていること。


 結婚を意識してようやく現実と向き合ったのだろうと貴族たちの評判はとてもいい。

 今まで社交界に出てこなかった第3王子が夜会に参加するようになって、夜会の度に同じ令嬢と踊っている。エスコートまではしていないようだが、婚約するのも時間の問題だろうという声が多かった。


 2年間、会えなかった理由は単純だった。ザックは街に住むのをやめて、本来の身分に合った場所に帰っていた。時間を考えて会いに行っても、会えないわけだ。


 王子に戻ったザックが養女とはいえ侯爵家に入ったわたしに会いに来ない現実に、胸がしくしくと痛む。侯爵家の養女であれば、ザックが王子であってもわたしに連絡をすることなど簡単だったはずなのに、手紙さえも一度ももらっていない。

 知りたくない現実はわたしの心を押しつぶしそうだった。


「ベス、少しいい?」


 ノックの音と共に、お母さんの声が聞こえた。今は誰にも会いたくなくて、慌てて頭からすっぽりと布団の中に潜る。入ってこなければいいなと思いながら息を凝らして黙っていたけど、扉は小さな音を立てて開いた。


「ちょっと話しましょう?」


 丸くなって寝たふりをしていたけど、お母さんは勝手に入ってきた。ぎしりと寝台が音を立て、そっと布団の上から撫でられた。わたしの気持ちを慰めるような優しい手にぎゅっと目を瞑る。寝ているふりをしていれば、出て行ってくれるのではないかと期待して。


「ザックはね、アイザック殿下と言って、第3王子なのよ」


 知っている。夜会でみんな話していた。


「わたしが知ったのはこの家に来て、1年ぐらいしてからね。旦那様から教えてもらったの」


 そんな前から知っていたのなら教えて欲しかった。

 ザックに会いたくて、浮かれて教会に通っていたのがバカみたい。


 ザックはもう街の教会に行くことはないのがわかっていたら行かなかったし、これほど思いを募らせたりしなかった。

 お母さんは無反応なわたしを気にすることなく、ゆっくりと体を撫で続けた。


「ザックはベスのために一生懸命頑張っていると思うの。ベスは侯爵家の人間になってしまったわけだし、ザックもそれなりに地位を持たないと認められないと考えたのよ」


 そんなの信じられない。

 もしそうだとしたら、どうして会いに来てくれないの。

 どうしてわたし以外の女性とほほ笑みながら踊っているの。


 ぎゅっと両手を握りしめ、唇を噛みしめた。そうしていないと声を上げて泣いてしまいそう。


「だからベスは彼を信じて待ってあげてほしいの」


 お母さんの言葉はとても残酷だ。でも、わたしにできることなどそれくらいしかないのも本当だ。

 知らないうちに涙があふれた。


 なんだかよくわからないけど、胸が苦しくて辛い。


 気がつかれないように体を固くしていると、控えめに扉がノックされた。お母さんが動く気配がする。


「何かしら?」

「奥様。ご主人様が探しておりました」

「ありがとう。すぐに行くわ」


 ソフィアが声を小さくして用件を話した。どうやらお義父さまがお母さんを探しているらしい。お母さんはもう一度、優しく撫でてから離れていった。お母さんが出て行く音と、扉が閉まる音がして、ほっと息を吐く。


「お嬢さま」


 ソフィアの声がする。出て行ったのはお母さんだけで、ソフィアはこの場に残っていたようだ。放っておいてほしくて無視した。


「お茶を用意しました。王都で人気の菓子もすべて買ってきました」


 菓子?


 どう反応していいのかわからず、困った。このままふて寝していようかと思ったけど、ソフィアはお母さんと違ってこの部屋にい続けられる。出て行ってほしければそう言わなくてはいけないけど、そうするとふて寝していることがバレてしまう。


 悶々としていれば、ソフィアは淡々と続けた。


「失恋には菓子が一番です」

「まだ失恋していないわ!」


 失恋と言われたことがショックで、思わず体を起こして否定してしまった。

 意外と近いところに立っていたソフィアに固まった。彼女は冷静な目でわたしを見ていた。涙で濡れた目を見られて恥ずかしくなる。


「あ……」

「やっぱり起きていましたね。さあ、隣の部屋に来てください。今日はお嬢さまにとことん付き合います」

「……菓子で?」

「ええ、菓子で」


 ソフィアに促されて渋々起き上がる。床に転がした靴を探せば、ソフィアが揃えてくれた。足を突っ込み、隣の部屋に移動する。テーブルには沢山の種類の菓子が所狭しと並んでいた。


「いつの間に……」

「お嬢さまが不貞腐れている時に用意しました」


 きりっとした表情で言われているが、単純にソフィアが食べたいだけじゃないかと疑いの眼差しを向ける。ソフィアは少しだけ表情を緩めた。


「菓子を食べたら、作戦を立てましょう」

「作戦?」

「そうです。恋愛は狩りです。戦略を立てて、逃げ場のないところへ追い込み、捕獲すべきです」

「……」


 真面目に聞いてはいけない気がする。ソフィアはわたしに気にすることなく続けた。


「お嬢さまはもっとハンターにならなければ。折角美しく生まれたのです。活用しなければ勿体ない」

「えーと」


 何を言ったらいいのかわからず、言葉が続かない。ソフィアはぐっと胸を逸らした。


「お任せください。わたしは沢山の事例を知っておりますから、きっとお嬢さまのお役に立てます」

「とりあえず、お茶を飲みながら聞くわ。淹れてもらえる?」

「畏まりました」


 ソフィアは手早くお茶を淹れた。そして自分も向かいの席に座る。そして沢山のソフィアの知る事例を聞いた。恐ろしい数々の手段と失敗談、反省点と改善点を聞いた。


 先ほどまでの行き場のない思いなど吹っ飛んでしまうほど衝撃的な内容に震えた。

 貴族令嬢って怖い。


 ……絶対に実行することはないと確信した。




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