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16歳になりました


 ファリントン侯爵家の養女となって、2年はあっという間だった。


 平民から侯爵家の養女となったため沢山の勉強をする羽目になったが、最小限必要とされることは身についたと思う。最近になって、家庭教師の先生から及第点をもらえたところだ。


 環境の変化は目まぐるしいが、それでも何とかやっていけたのは侯爵家の人たちが優しいからだ。誰からも平民だからと蔑まれることなく、さりげなく教えてもらいながら貴族らしい生活していた。


 お母さんはお義父さまに振り回されているけど、それなりに幸せそうだ。毎日毎日、お母さんの細い腕でパンを捏ねるのは、体力的にも難しかったのかもしれない。


 生活が楽になり心配が少なくなったせいなのか、それともお義父さまに愛されているせいなのか、お母さんの色気が半端なくなっていた。美しいドレスを着て、質の良い宝飾品をつけたお母さんは平民だったとは思えないほどだ。

 娘としてはとても複雑だけど、お母さんには幸せになってもらいたいからこれでよかったのだと思う。


「今日もいなかった」


 誰もいないサロンの長椅子に腰を下ろし、がっくりと肩を落とした。庭の花の見えるサロンであるが、今日ばかりは落ち込んだ気分の慰めにはならない。


 今日こそザックに会えないだろうかと、期待半分、不安半分でお昼ぐらいに教会に行ってきた。1カ月ぶりに教会に行けば、教会長やララは気持ちよく迎えてくれた。


 ただ、会いたい人はいなかった。今までは会いに来ていることが知られるのが恥ずかしくて、お義兄さまの用事を前面に押し出して訪問していた。今日こそは、と思いながら訪れたので、恥ずかしさを押し殺してザックのことを聞いてみた。


 二人は不思議そうに首を傾げながら、わたしが侯爵家の養女になった後から全く来ていないと教えてくれた。ララには二人はどこで逢引きしているのだと問われて愕然とした。彼と会えていないとは言えなくて、恥ずかしいから秘密だと誤魔化してしまった。


 日に日に不安は大きくなる。

 約束の日まであと少しだけど、この約束は口約束だ。


 好きだから結婚したいと言われたのは14歳の時。

 その時彼はすでに16歳で、この2年の間、一度も会えていない。

 こんな希薄な関係で結婚の約束は守られるものだろうか。


 ザックがわたしに何も言ってこないのは、わたしが侯爵家の養女になったことを知ったからかもしれない。

 平民同士でいた時は気にしたことはなかったが、この2年で色々と勉強して身分差というものは簡単に超えられないのだと知った。


 一人暗くしていれば、ぽんと頭を撫でられた。驚いて顔を上げれば、お義兄さまがいた。


「随分思い悩んでいるようだと聞いてね」

「お義兄さま」


 扉の方へと顔を向ければ、ソフィアが心配そうに見ていた。こっそりとため息をつく。


「今度の夜会が不安なのかな?」

「それもあるけど……」


 どうしようか。

 言ってしまおうか。


 きちんと言っておかないと、お義父さまに結婚相手を見つけに行ってしまいそうだ。お義父さまよりもお義兄さまの方がまだ相談しやすい。


「ここに来る前に16歳になったら迎えに来ると約束していて」

「……迎え? 結婚の?」


 頷けば、大きくため息をつかれた。お義兄さまはお茶を用意するようにとソフィアに指示すると、前の席に座る。


「相手の人はずっと小さい頃から知っている2つ上の人なの。わたしが何をしても文句を言いながらいつでも付き合ってくれて」


 説明しているうちに懐かしくなってくる。


 ザックは初めの頃はそんなに優しい子供ではなかった。母親が亡くなったばかりで、親類に預けられたと言っていた。どこか尖った雰囲気があって、ザックの不幸を背負っているんだぞという様子が気に入らなくて、よくわたしが突っかかっていた。わたしが5歳で、ザックが7歳の時だった。


 わたしとザックが喧嘩をするたびに、仲裁するのはお父さんだ。お父さんは体格のいい人だったので、暴れるザックに拳骨を食らわせていた。はじめは反発していた彼も徐々に落ち着いていって、大人しくなった。


 角が取れたザックはとても面倒見がよく、拍子抜けしたほどだ。なんでも考えなしでどこかに行ってしまうわたしをよく連れ戻したりしていた。ザックが迎えに来るから安心して色々なところへ出向き、余計に迷子になったこともある。


 好きだと言われて信じられない気持ちも大きかったけど、とても嬉しかった。


「初恋は眩しいねぇ」


 どこか遠くを見るように呟いているのがおかしくて、小さく笑った。ごそごそと胸元から貰った指輪を取り出した。


「これがぴったりになったら結婚しようって」

「ちょっと見せてもらっても?」


 お義兄さまが許可を求めたので、するりと首から外す。お義兄さまの手の平に指輪を乗せた。


「これ、彼のお母さんの形見なの。多分結婚指輪だと思うのだけど」

「ああ、そのようだね」


 じっと指輪の模様を見ていたお義兄さまはそれをわたしに戻した。


「大切にするといい。彼はきっとエリザベスを迎えに来るよ」

「そう? ちょっと今は自信ない。ここに来てから一度も会っていないし」

「16歳になったばかりなんだ。もう少し待っていてもいいんじゃないか? 彼だって頑張っているかもしれない。その間、父上の暴走は押えてあげるから」

「……ドレスももう少し値段を抑えてもらえると嬉しいです」


 無理だと思っていてもとりあえず言ってみる。侯爵家の収入がどれほどあるのかわからないけど、たかが夜会に1回出るだけで高いドレスを用意することはないと思うのだ。


「ドレスは諦めてほしいな。父上を止めるのは面倒くさい」

「そこを何とか」

「うん、諦めようね」


 優しく断られて、がっくりと肩を落とす。高価なドレスは着ているだけでも緊張してしまう。ようやく普段着としてのドレスに慣れてきたところなのに。

 先日、布を沢山持ってきた商人と針子たちの意気込みについていけなかったことを思い出し、ため息をついた。


「思い出作りだと思えばいいんじゃないかな。夜会も一度は必ず出ないといけないけど、その後は好きにしていい。よほどのことがない限り、結婚だって自由だ。その約束した彼と結婚しても問題はない」

「本当に?」

「ああ。元々貴族ではない君に、この家のための政略結婚なんてさせないよ」


 少しだけ安心した。血のつながりはなくても侯爵家の養女になったのだから、家の利益を考えて政略結婚をするのが義務だと家庭教師の先生から聞いて、気になっていた。


 ドレスと宝飾品の譲れないところは頑として突っぱねて迎えた当日。

 お義兄さまにエスコートされて王城で開かれた夜会に参加した。


「あれは」


 ふと顔を上げた先に、知った顔があった。記憶にある彼よりもずっと精悍で素敵になっていた。柔らかい笑みは記憶のままだ。


「ザック」


 最後に会った時よりもずっと体も大きくなって、すっかり男らしくなったザックがいた。

 彼はとても綺麗な令嬢と微笑み合っていた。



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