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ファリントン侯爵家

 馬車で連れてこられたファリントン侯爵家の屋敷を見上げて、あんぐりと口を開けた。


「ベス、口を閉じなさい」


 隣に立ったお母さんが諦めたような口調で注意してきた。大きなお屋敷からお母さんの方へと視線を動かす。お母さんも真っ白な顔色をしていて、いつもの元気がない。


「に、逃げる?」

「ムリムリ。たかが平民が侯爵様から逃げられると思うの?」

「でも、ここで暮らすのも辛そう」


 こそこそとお母さんと話し合えば、絶望しかない。

 平民が突然お貴族様の生活ができるかと言われれば、できるわけがない。しかも望んでいるならまだ覚悟もできただろうが、わたしたちは今までの生活で満足していた。


 動くことができずに茫然と屋敷の前に立っていれば、勢いよく玄関の扉が開いた。


「ああ! 到着したのだね」


 嬉しそうな顔で笑うのはファリントン侯爵様だ。わたしたちの方へ急ぎ足で近寄ってくると、お母さんの腰を抱き、体を密着させる。あまりにもスマートな仕草だったので、ぼーっとしてしまったが、これはお母さんの危機ではないだろうか。お母さんを助け出そうとしようとするが、お母さんが視線でそれを止めた。


「このような立派なところに迎えてもらって、場違いすぎて吐き……緊張しますわ」


 吐きそうというところをうまい言葉で誤魔化したお母さんに拍手したい。気分は本当に吐きそうの一言だ。そんなわたしたちの状況に全く気がつくことなく、彼はお母さんの手の甲にちゅっと軽いリップ音を立ててキスをする。


「エリザベスもよく来たね。さあ、二人とも中に入って」


 嬉しさを隠さない侯爵様に促されて屋敷の中に入った。

 広い玄関ポーチにはずらっと使用人たちが並び、中央には美しい衣装をまとった20歳過ぎたぐらいの男性がいた。彼の面差しは侯爵様によく似て、芸術品のように美しかった。とても同じ人間とは思えない。


「紹介しよう。息子のアーベルだ」

「初めまして。アーベルです」


 彼はとても優雅な仕草で挨拶をした。平民だからと蔑むような目は向けられなかったが、これといった歓迎の色もない。

 敵愾心を持たれるよりも余程いいが、場違いな雰囲気が辛い。緊張にお腹が痛くなってくるけど、頑張って顔を上げ続けた。


「初めまして。リリアンヌと申します。こちらは娘のエリザベスです」

「よろしくお願いします」


 ララに教えられたとおり、丁寧なお辞儀をした。侯爵様とアーベル様はその挨拶の方法に目を見張った。どうやらきちんとできたようだ。ほっと安心したら、またもやお腹がしくしくする。


 とにかく無事に挨拶が終わった。これからどうなるかはわからないが、今まで住んでいた家に帰りたい気持ちでいっぱいだった。


「エリザベス、是非とも私のことはお義父さまと呼んでくれたまえ」

「……え」


 突然のお義父様呼びの要望に顔が引きつる。アーベル様が呆れたようにそんな父親のことを見やった。


「父上、突然すぎます。驚いていますよ」

「お前だってお義兄さまと呼ばれたいだろう?」


 にやにやしながら確信をもって断言する。アーベル様は肩をすくめただけだった。歓迎されていないように感じたのだが、そうでもないようだった。

 もしかしたらお義兄さまと呼ぶべきなのだろうか。二人から期待をするような視線を向けられて思わず体をすくませた。


 初対面から高い要求に泣きそうになる。


「旦那様。そろそろお嬢さまをお部屋にご案内してもよろしいでしょうか」


 にこやかに割って入ったのは初老の男性だ。一歩引いて侯爵様を旦那様と呼んでいるので家令なのだと思う。侯爵様は軽く頷くと、一人の使用人を呼んだ。


「彼女に部屋を案内してもらってくれ。リリアンヌとアーベルは話があるから私の書斎へ来てほしい」


 一人の使用人がわたしの前に立った。彼女は一礼すると、わたしについてくるようにと声を掛ける。ここでお母さんと別れるのがとても嫌で立ち止まっていれば、お母さんがついて行くようにと促してきた。


「大丈夫よ。また後でね」

「うん、わかった」


 仕方がなく彼女についていく。使用人によって案内された部屋に入って、固まった。


「ここここ、ここ?! 何かの間違いじゃないの?」

「いいえ。お嬢さまのお部屋はここで間違いありません」


 お嬢さまと呼ばれて、悲鳴を上げそうになる。14年間、生きていた中で、教会で読んでもらった物語のお姫様に憧れたりした。不遇な姫が王子さまに助けられてのハッピーエンド。


 誰だって夢見ると思う。

 だけど、それが現実になると裸足で逃げたしたいほど居たたまれない。


「もっと、普通の、この部屋の半分以下ぐらいの部屋に変えてほしい……です」

「無理です。心配しなくても、すぐに慣れます」

「えええ……」

「人間、贅沢はすぐに受け入れられるものです」


 きっぱりと言い切られて、まじまじと使用人を見た。年のころは25歳ぐらいだろうか。濃い目の茶色の髪はきっちりと結われて、襟足の所で髷が作られている。お仕着せのドレスは簡素だが、小奇麗だ。表情がやや乏しいが、こちらに害意がないということはわかる。


「あの、名前聞いてもいい?」

「失礼いたしました。わたしはソフィアと言います」


 綺麗にお辞儀をされて見とれてしまった。


「ねえ、侯爵家ってどんな家?」

「その前にお茶でも淹れましょう」

「一緒にお茶を飲んでくれるの?」

「ご要望であれば」


 彼女はわたしを長椅子に座らせ、ささっとお茶を用意する。わたしの前に一つ、そして対座にもう一つ用意した。ソフィアはわたしの前に腰を下ろした。


「それでお嬢さまは何を知りたいのでしょうか?」

「まずはわたしたちって、この家の使用人達にはどんな感じに言われているの?」


 一番気になるところは、わたしたちはどう説明されているのかというところだ。ソフィアは首を傾げた。


「旦那様が一目惚れして、結婚を申し込んだけど子供がいるからと断られそうになったので子供も一緒に引き取った、でしょうか」


 そのまんまだった。


「もっと、こうドロッとしたところはないの?」

「ドロッとですか。ああ、これは一部の使用人の間だけで噂されている話ですけど」


 ソフィアは少し考え込んでから、一人納得して頷いた。ドキドキしながら彼女の言葉を待つ。


「旦那様は実は若い妻が欲しかったのだろうと」

「……若い妻?」

「ええ、そうです。そうでなければ、一目ぼれしたからと言って10歳以上も年下の女性と結婚しようと思わないでしょう。一番この結婚に反対する可能性のあるライザお嬢さまは遠方へ嫁いでいってしまっているので、憂いもなかったと思いますよ」


 何とも言えない微妙な評価だ。でも、彼女の言葉からとにかく初めから邪魔者扱いにされていないことだけは有難かった。

 敵のいない現状を維持して、静かに暮らしていくのだ。16歳になったら、ザックと結婚するからと出て行けばいい。たった2年の我慢だ。


 淡々と説明しつつも、お菓子を次々に消費していくソフィアを見て感心した。

 平民が貴族にかかわって生きていくには、これぐらい図太くないと生きていけないのかもしれない。



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